77.意の枷 ②
「意の枷?」
「そう。例えばトオルはいつも耳カバーを付けている。トオルはアトランス界に来てもう一ヶ月も経つのに、どうして外せないの?この世界には、色んな種族や人種がいて、それが当たり前なのに」
トオルはすでに、ヘッドホンがなくても心声のコントロールができるようになっていた。
学内には魔獣のようにしか見えない外見の心苗も通っており、彼らと比べれば耳が鋭いという特徴はむしろ地味だ。そう思えば、トオルにはヘッドホンをかけている理由はもうなかった。あえていえば、それは勇気がないだけの話だった。図星を指され、トオルは答えに詰まる。
「それは……み、見られていると、恥ずかしいから……」
「周りにどう見られるかを気にして、怖くなる?」
「奇異の目で見られるのが嫌なんだ」
「そう、それが「意の枷」だよ。トオルは、お父さんが指名手配犯だと知られた時に、周りからどう見られるかを気にして、石井さんの勝負を受けたんでしょう?」
その社会だけの通念や思想、環境、その人の境遇、アイデンティティーによっては、時に偏見やハラスメントに遭っていてもそれと気づかず、疑うことすらしないまま受け入れてしまうことがある。そして、「常識」という枠を信じるともなく信じ、固定概念に囚われてしまう。それは「意の枷」だ。
トオルはクロディスの言わんとすることが少し理解できた。
「そういう意味か……」と呟き、じっくりと考える。
「脅迫されていると分かっていて、どうして彼の提案を拒まなかったの?」
「お父さんのことを知られたら、ぼくが自分の手で掴んだ大切なものが、こぼれ落ちて、失われていくんじゃないかと思った」
「トオル、ここはアトランス界だよ。耳カバーと一緒にその概念を捨てられないのはなぜ?」
「……クロディスは、周りの人にどう見られているか、どう思われているか、全く気にすることがないのか?」
「だって、自分勝手なことをしているわけでもなく、悪いことをしているわけでもない。しっかりと生きている私が、周りになんと言われようと、気にする必要はないでしょう?」
クロディスの答えを聞いても、トオルはまだ、自分の中にある不安や恐れを取り払うことはできなかった。
「……だけど、お父さんが逃亡中の犯罪者だって知られたら、ぼくらはおしまいだろ?」
「どうして?それは地球界の社会の中での概念じゃない?アトランス界では家族や血よりも、個人が重視される。それはね、身内に悪魔や勇者がいて、彼らが大きな罪や功績を持っていても、本人とは全く関係がないってことなの」
クロディスが当然のように話しても、トオルはまだ半信半疑な顔で聞いている。
「トオルが懸命に働いているのを、あの店員さんは見ていた。だから例え従兄弟を名乗る昌彦がどんな悪口を言っても、気にも留めなかったんでしょう」
トオルはホルマットの言動を思い出したが、それでもすっかり気持ちが切り替わるということはない。
「でも……」と中途半端な言葉が口から出ては、続きが言えなくなる。
あの時、昌彦は叔母さんの話ししか、しなかった。もしもお父さんのことまで知られたら……。それはトオルにとって、生まれながらにあった痣のような、何か汚点に感じられていた。ホルマットはあの優しい笑顔を向けてくれないだろうし、ブルーノには破門されるかもしれない。トオルはそういう妄想をし始めると、恐ろしくて抜け出せなくなる。
「トオル、考えすぎだよ」
思いをキャッチしたらしいクロディスが、トオルを安心させるように柔らかい笑みを見せた。
「でも……どうしても気になるんだ」
「そんなに自信がないなら、信頼できるタヌーモンス人に相談してごらん?」
「信頼できるタヌーモンス人……?そんな人いるか?」
「トオルの担任の先生に言ってみて、きっと安心できる答えがもらえるよ」
「オリヴィア先生か?」
「うん、騎士の世界では何よりも誉が重視される。そんな学院を卒業した大先輩の先生からなら、最良のアドバイスがもらえるよ」
クロディスの言葉はきちんとトオルの胸に届いていた。その言葉が心に染みわたった頃、トオルはふと、ホルマットの違和感を思い出した。
「分かった、オリヴィア先生に相談してみる。……それと、配送中に昌彦が来た時のこと、クロディスも見ていたんだよな」
「うん、見ていたよ」
「あの時、あんなに冷静で客観的な取り調べができるホルマット先輩が急に怒り出したこと、ちょっと違和感があると思ったんだ」
「あの時、昌彦は殺されるとか、死についての言葉を言っていたね」
「確かに言った。でも、言っただけだ。それでどうしてあんなに怒り出したんだろう?」
「言葉は、それを使う人の精神や念によって、言霊になる。だから、その言葉を言うことで、事実としてそれを招くことがあるのよ」
言いながら、クロディスは指を動かして、宙に棒人間を描きだす。その図に言霊と章紋が描かれ発動すると、最初に描いた棒人間が倒れた。
「例えば、頭にイメージした内容を詠唱した章紋は、現象を実現させることができるでしょう?それと同じで、縁起の悪い言葉をかけられれば、それが呪いとなって人を襲うことがある。だからあの時、店員さんは怒ったんだよ。悪意ある言葉を自分から遠ざけるのは、普通の反応だよ」
「なるほど……先輩は昌彦から何かの章紋をかけられたと思ったのか……」
「トオルも不要なトラブルを起こさないように、悪い言霊を発さないよう気を付けるんだよ」
「うん、心得た……」
口は禍の元と言うが、言葉だけで人をあんなにも怒らせることがあるのだと思うと、トオルはドキリとした。クロディスに頷きながら、そもそもあまり話さない自分の性格が、起こりえた多くのトラブルを回避してきたのだと知り、ホッとしたような気持ちになった。
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