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71.妹ための親睦会 ①

 貨物配送作業が終わり、夜になった。ベーロコット商店街の主街道から7番通りの街角には一軒のおしゃれな洋風レストランがある。三階建てのそのレストランの二階には、視野の良いテラス席があり、夕食の時間帯はほぼ満席状態になっていた。賑やかなその店のテラス席は、生花や植物で飾られている。その花弁の一つに、一匹のスズメバチが止まった。


 ちょうどその時、近くの6人席のテーブルに、トオル、穣治じょうじ大輝だいき、美鈴が座ったところだ。

 

 この店で働いていた依織いおりは自分のシフトが終わり、控え室で制服の胸元に付いたリボン式の着装ユニットを押した。店の制服は一瞬で私服に切り替わり、着替えを終えた依織がスタッフの控え室から出てくる。できたての料理が置かれているカウンターを通り過ぎると、キッチンで働く若い女性が依織に呼びかけた。


「イオリちゃん、そこの料理、君たちの席の注文なんだけど、代わりに持っていってもらってもいい?」


「はい、任せてください。ではもらっていきますね」


 依織はトレイに料理を載せて、そのまま二階のテラス席にやってきた。

 依織がまだテーブルに着く前に、穣治じょうじがビールジョッキを持つ手を挙げて呼びかけた。


「お~い、こっちだぜ、内穂うちほさん」


「分かってますよ。それより金田かなたさん、何度も言ってますけどうちのレストランは立ち飲み酒場じゃないんです。あんまり騒ぐと他のお客さんに迷惑ですよ?」


 穣治は笑いながらトオルの後ろに立ち、ヘッドロックを決めるように腕を回した。


「いやぁ、すまん。それよりさっきまでのプリティーな制服はどうした?」


「バイトが終わったんで私服に着替えたんです。金田さん、話を誤魔化すのは止めてください」


「な~んだ、めちゃカワ制服じゃなくて残念だな、トオルくん?」


「いや金田さん、前に何度も見てるじゃないですか……」


「ほ~う?じゃあトオルくんは、ウェイトレス姿の依織ちゃんと、私服の依織ちゃん、どっちがお好みなのかね?」


 酒癖の悪い穣治の質問にプレッシャーをかけられ、トオルは依織をじっと見つめてしまった。


 肩と腰が見えるホワイトドレスに、謎の材質でできた黒のサイハイソックスにブーツ。依織の服装を細かくチェックしたことなどなかったトオルは、顔を真っ赤に染める。


「えっっっっ、と、ぼ、ぼくは……」


 しどろもどろしているトオルの目の前に、依織が空いている方の手でストップをかける。


「はーい、答えなくっていいのよ、トオルくん。ただの酔っぱらいの下ネタはハッキリ断ってよね」


「う、うん、ごめんなさい」


「そうかそうか、では依織ちゃんは、トオルくんからどう見られているか、気にならないのかね?」


「そういうわけじゃない」とも言い出せず、依織は耳を真っ赤にした。


「金田さん、それって余計なお世話よ。それより、このパスタは誰が注文したの?」


 まだ顔を赤らめていたトオルが、俯いたまま手を挙げた。


「あ、ぼくの……」


 依織はトオルの前にパスタ皿を置くと、対面の席に座った。

 空席を挟んで依織と同じ側に座っている美鈴が、「お疲れ様です」と声をかける。 


「お仕事、大変ですか?」


「ううん、これくらい、もう慣れたよ。美鈴ちゃんこそ疲れてない?」


 美鈴は見るからに体調が悪いようで、無理やり笑っている。


「はい、少し……。悪戯に遭ってしまいまして、今日は一日中、頭がクラクラしています」


「えぇ、酷い……。どんな悪戯?」


「昨日、図書館管理員の仕事が終わって廊下を通っていたんですが、何もなかったはずの床に、急に怪しげな紋様が光って、それから、倒れました」


 美鈴はまだ微熱が残っており、疲れた顔をしている。


「えぇ?そっちのキャンパスでもそんな怖いことが起きてるの?」


 依織が不安げに言うのを聞きながら、トオルは二人のやり取りを静観していた。


「幸いなことにパトロール中の先輩に助けていただきまして、目が覚めた時には医療センターに搬送されていました」


依織はクラス内でも誰かが襲われた話を耳にしていたが、身近な親友も襲われたと知って鳥肌が立った。


「それってまさか……貪食者グラムイーターの仕業……?」


「はい、恐らく間違いないでしょう。学校の先生にもお話ししました。やはり、私と同じ様なトラップの章紋術ルーンクレスタに引っ掛かって源気グラムグラカを吸い取られた心苗コディセミットが、他にもいるようでした」


「クソが……。自分は安全な場所に身を隠して人のグラムを奪うような卑怯者、絶対許さねぇ」


 美鈴の対面に座っている大輝だいきは、美鈴が襲われたと知って、ずっと不機嫌な顔をしている。


 長い付き合いのなかで大輝の思考パターンをよく知っている美鈴は、衝動に任せがちな彼が行動で出るのが心配で、慌てて言った。


「大輝くん、無茶なことしちゃいけないからね」


「はぁ?!ほっとくわけにもいかねぇだろ。またお前が襲われたらどうすんだよ」


「私が油断したのが悪いんだから、これからはもっと気を付けるよ」


「だけど……そんな奴、倒しておかないと、他の誰かも襲われるだろ?」


「大輝くん、貪食者になるような人は、ある程度、源の使い方を心得てる人たちだよ。私たちみたいな初心者じゃ、相手にならない」


「いーや、俺だって戦闘の経験は積んでる。源気の初期スキルを習得したおかげで、これまでやってた技にかかる時間も短縮したからな!」


 気合い十分な大輝だが、彼には自分の実力を過信しているという弱みがあると、トオルは気付いていた。だが、愚直に敵を討とうと試みる彼の勇気は、今のトオルにとっては必要なものでもある。


「金田さん、大輝くんを止めてくれませんか?」と、美鈴が困ったように言った。


 穣治に見られても、大輝は反抗的な目で見返す。


「大輝くん、君の気持ちは分かる。だが、今の君がたった一人でそいつを敵に回すのは止めた方がいい、リスクが高すぎる」


 大輝の目は「俺を止めようとしても無駄だ」と言っていたが、穣治は無視して話を続けた。


「君は相手の源を察知し、追跡するようなスキルを持っているのか?」


「……上手くはないけど、源気の追跡くらい、できる」


「アホ、相手はトラップ章紋の気配を隠せるような奴だ。追跡する前にまず、敵の源気を特定できなければ何の意味もない。さらに相手が他にどんな術を持っているかも分からない。もし運良く源を特定し、追跡できたところで、それは相手の術中に嵌まっているだけだろう」


 大輝はとにかく、美鈴をこんな目に遭わせたことが許せず、怒りは湧きあがる一方だった。だが、正論を突き付けてくる穣治に反論することすらできない。


 注文していた料理が次々に届いた。食事が進むなか、依織がトオルに問いかける。


「トオルくんの妹さん、まだ来ないね。また何か急用でも入ったのかな?」


「いや。もしそうだったら、メッセージが入るはず」


 美鈴が会話に加わる。


「アイラメディスのセキュリティー部門で監督をされているんでしょう?きっとお仕事が忙しいんですね」


「あっ、来た」


と、トオルは階段の方を振り向いた。同じ小屋で馴染みの気配と、クロディスの意識を感じたのだ。


(トオル、着いたよ)


(クロディス、二階で待ってる)


 念話で場所を知らせると、すぐにクロディスが階段を上がってくるのが見えた。

 黒いマントを纏ったクロディスがテーブルまでやってくる。


「お待たせしましたね、トオル」


「クロディス、遅かったじゃないか」


「ごめんね、守護魔のケアに時間がかかってしまったの」

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