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70.五月蝿い奴 ④

 トオルの耳に、店員の苦笑が聞こえた。


「どうやら君には何を言っても無駄ですね。サモンさんへの失言だけでなく、私たちに凶事が起きるよう、呪詛するような口調は問題になりますよ?」


 店員が不穏な気配を纏ったことに、昌彦はまだ気付いていない。


「ハハ、俺は事実を言っただけだぜ」


 人を小馬鹿にするような笑いを聞くと、店員の表情から穏やかさが消えた。


「要するに、君は私に喧嘩を売っているんですね。私は君の力になれればと助言したつもりでしたが、間違いでしたね」


 昌彦は店員の怒りを買ったらしいことにようやく気付いたが、何が彼を怒らせたのかは分からなかった。


「べ、別にお前に喧嘩を売ったつもりじゃねぇよ」


「ここは私有エリアです。汚い言葉を吐き続けるのであれば、即時退去を願います」


「おいおい、こんなクソオタクのためにそこまで怒るとか、お前マジでバカじゃね?」


 軽口を叩いた昌彦だが、店員は急激に源気グラムグラカを上昇させた。身に纏ったグラムの光は三匹の獣に化ける。オオカミのような大きな獣には輪郭がなく、全身が燃えている。友好的ではないその猛獣は、体を低くし、前足を伸ばすと、威嚇するように昌彦に吠えた。追い払うようなその声に、昌彦は鳥肌を立ててのけぞる。


「ちょ、急に喧嘩モードかよ!?」


「出て行きなさい!」


 猛獣が何度も吠えると、昌彦は顔を真っ青にした。さらに一歩、炎の猛獣が前に出ると、「ヒィィ」と情けない声を出して、くるりと背を向け逃げ去っていく。その後を、三匹の猛獣が追いかけていった。


 逃げ足の速い昌彦は、外の大通りまで行くと姿をくらませ、炎の猛獣が戻ってきても、昌彦は二度と工房の近くに戻ってこなかった。


「よし、いいぞ」


 店員の声かけに応じるように、猛獣たちは源の光に戻り、彼の体に吸収されていった。


「まったくなんて図々しい人ですか」


 トオルは沈黙したまま、昌彦が追い払われる一部始終を見ていた。そして、ようやく我に返ると、店員に深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。彼はぼくの従兄弟いとこです。ご迷惑をおかけして、本当に……」


「気にしないでください、事情は理解しました。私も店で働くようになってから、理不尽な客に遭うことが多々あります。その時は、オーナーが決めたマニュアルに従って対応するだけですがね」


 店員は細長い小路の出口を遠い目で見ながら、気楽な口調で言った。


「彼は可哀想な人ですね。でも、彼のような親戚が同じセントフェラストに通っているなんて、君も大変ですね」


「あの……あなたは、何者なんですか?」


 店員は自分を指差し、「私?」と首を傾げる。


「私は……ただの二年の心苗ですよ?」


「こんなに客観的な視点で事件を推理するなんて、普通の人にはできません。もしかして、お店に雇われている用心棒とか、警士ですか?」


「ハハ、私はそんな偉い者ではありません。ただ、『事件推理』や『心理学』の授業を取っているので、そのスキルを試してみただけです。まあ、まだまだ未熟なようですが」


「そうなんですか、てっきりプロかと思いました」


 装備店の店員である彼には、昌彦の事情を聞く義務はなく、はじめから不審者として追い出すこともできた。だが彼は、すぐに追い払うのではなく、彼の話を聞き、積極的に協力しようと努力してくれた。

 事件に必要な情報だけを抽出し、感情に浸るのではなく客観的事実から推理すること。昌彦の暴言に耐え、それを推理には反映しないこと。自分とあまり変わらない歳にも関わらず、始終落ち着き払った彼の言動にトオルは感服した。


「私はプロにはまだ遠いですよ。事件推理や取り調べにおいては、相手の言動に挑発されたり、感情的になったり、冷静さを失ったりした時点で失格と先生に教わりました。それでも、理論を知っていることと、実践できることは違いますね……」


 トオルは気弱げに言った。


「すみません、ぼくなんかのために、無駄な骨折りをさせてしまいました」


「サモンさん、あなたも色々大変でしたね。でも、どんなことがあっても前を向いて、希望を捨てちゃいけません。幸運はいつも、頑張り続ける者の味方です」


「あの……ぼくはただの配送員で、あなたはぼくのことなんて何も知らないはずなのに、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」


「当然のことですよ。あなたの配送はいつも予定通りでミスもないと、オーナーにも伝えています」


 これまでの地道な努力を、店員は見てくれていたのだ。

 店員はトオルの肩に手を置き、激励の言葉をかけた。


「君が努力家なのは見ていて分かります。同じ心苗として、必要な時には互いに協力するのは、当たり前のことでしょう?そもそも、タヌーモンス人の社会では、国を問わず、皆助け合うというのが、こちらの世界での常識です」


「ぼくが地球アース界から来たことも知っているんですか?」


「君の従兄弟が言った「ショッピングセンター」という語彙は、こちらではあまり使わない言葉だったので。あれはアトランス界でいう、エンポチュのことですよね」


「それだけで分かったんですか……」


「アース界から来た心苗の中には、どうしても相容れない者もいますが、あなたの個性は愛嬌があると思いますよ」


 自分にとって当然と思っていた努力を認められたこと、そして店員から受けた温かい心遣いに、トオルの目が不意に潤った。


「ありがとうございます……。あなたのお名前を教えていただけませんか?」


「ホルマット・ヘンザースです。今後ともよろしくお願いしますよ」


 ホルマットの力強い言葉に、トオルも「はい」と答える。


「ヘンザース先輩、こちらこそ、よろしくお願いいたします」


「先輩っていうのは少し堅苦しいですね。ホルクと呼んでください。ところで、入荷作業も完了したようなので、納品後の確認手続きをお願いできますか?」


「はい、すぐにやります」


 トオルはポケット納屋なやの画面を操作し、納品伝票のサインの画面をホルマットに見せた。


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