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62.グラムイーターの情報 ②

(トオル様、おはようございます)


 トオルが謙遜していると、頭の中に馴染みの声が聞こえてきた。トオルが振り向くと、リーゼロティが隣の席に座った。


「おはよう、リーゼロティさん、今日は来られたのか」


「お具合は大丈夫ですか?」


 セントフェラストでは先進的な医療技術がたくさんあるため、不調で欠席する心苗は珍しい。しかも、リーゼロティは入学以来、常に欠席している。クラスメイトの多くが、彼女に対して体が弱いイメージを持っていた。

 トオルとリュークの気遣うような声かけに、リーゼロティは天使のような温かい笑顔を咲かせる。


「はい、心配してくれてありがとうございます。みなさんのお陰で、平気ですよ。リューク様、トオル様」


(トオル様は、今日は心のご機嫌も良さそうで、何よりですね)


 リーゼロティは、周りの人が聞くと勘違いするような言葉については念話でトオルと交流するようにしていた。


「そうだ、リーゼロティさんに頼まれていた錬晶球れんしょうきゅうの修理ができたよ。使ってみて」


「はい、使ってみます。ポイントを払いますね」


「ああ、使ってみてからでも良いよ」


「へぇ~。クールボーイは錬晶球の調整までできるのね?」


 蠱惑的な香りとともにやってきたのはセレスティアだ。その声には、魂が引き出されるような愛嬌がある。トオルが通路を振り向くと、目に飛び込んできたのは薄青色の立派な谷間と、謎の材質でできたビキニアーマーだった。


 トオルが美人局に引っ掛かることがないよう、クロディスはたまに家で薄着をすることがある。言うまでもなく彼女の宿る身体も、セレスティアに負けず美しい。身近に綺麗な女性がいることで、トオルはビキニのセレスティアを見ても妙に見慣れている感があり、理性を保つことができるようになってきていた。


「セレスティアさん、ぼくにできるのは指令回紋マンダキューの書き直しだけです。クロルの整備や交換は、やはり錬晶球調整師に頼んだ方が良い」


「ふふ、ねぇ、いつか機元使い獣は作れるようになるかしら?」


「使い獣……もう少し時間をください。まだ試作品もできていないので」


「あら、そう?楽しみにしているわね。技術さえ確立できれば、必要な資材やポイントはいつでも用意するから言ってちょうだい」


「ありがとう、頑張ります」


 トオルが機元使い獣を作ると決めたのは、セレスティアだけでなく、多くの人々がタマ坊に関心を寄せてくれたからだ、擬人機械ロボットの経験がある彼にとって、虚像意識ファルアニマタイプの機元でなければ、機元使い獣を作ること自体は難しくない。トオルは今、シンプルな機能の小型機元を作ろうとしている。マルチ機能を持たせるのはその後だ。


「皆さんここに集まっていらっしゃるの?」


 ニーアが声をかけてきた。彼女はオリヴィアの授業を一度も欠席していない。きっと、憧れがあるのだろう。だが、今日は何やら表情が硬い。


「あら、ニーアちゃん、珍しいわね。いつも誰かとワイワイしているのに。今日はキャロサーは一緒じゃないの?」とセレスティアが応じた。


「キャロサーちゃんは気分屋ですから……。今朝から寮にいないと、彼女のルームメイトに言われました。授業に出ていないということは、どこかのパーティーに属して魔獣狩りのガイド依頼を受けているかもしれません」


 ニーアの予想は正しかった。人けのない森の中、足の速いキャロサーは、四人のパーティーを導くように俊敏に疾走している。おとり作戦のように、キャロサーが先陣を切って魔獣をおびき出し、後続の心苗たちがその群れを倒していく。


 キャロサーはピンク色の源気を足に集めて飛びあがり、跳び蹴りで魔獣を仕留めると、腕を伸ばして意気揚々と笑った。


「キャロサーは今日も絶好調!」


 クラスメイトたちには、そんなキャロサーの姿が目に浮かぶようだった。


「キャロサーさんが欠席するのは分かりますが……ナティアさんまで来ていないのは、ちょっと異常かもしれませんね」とリュークが言った。


「私にも、分かりません……」


 ニーアは細い眉に憂いを忍ばせ、不安に押し潰されそうな顔をしている。リーゼロティが気遣うように訊ねた。


「ニーアちゃん、何か、気になることでもあるんでしょうか?」


「……連絡が取れないの。昨日別れてから、メッセージの返信も来ないし……」


「ちょっと忙しくて、返信できないだけじゃないか?」


 トオルも研究に没頭すると、よく返信が遅れる。


「でも……ナティアちゃんから一晩中、返事が来ないなんて、おかしいです。私、9組のミレーヌちゃんが一週間前から行方不明だって噂を聞きました」


「ミレーヌちゃんって、あの可愛らしい赤茶の髪の。ペルシオンの図書館でよく見た子かしら?」


 セレスティアがそう言って、トオルも見覚えがあると思った。参考資料を調べるため、図書館に通っている時、その子はとても目立つ髪型で印象的だったのだ。目が合ったことはあるが、トオルは彼女と話したことはない。


「その子です。……まさか、ナティアちゃんも何かの事件に巻き込まれたんじゃないかって……」


 これまでこらえていたせいか、ニーアは一気にそこまで言うと、泣き出しそうな表情になった。


「たしかに最近、新入生を襲う事件が多発しているとニュースで見ました。手段はそれぞれ異なりますが、犯人の目的は他者から源気グラムグラカを吸い取ることで共通しているということですよ」


 リュークの話を聞いて、トオルはピンを来た。


貪食者グラムイーターってやつか?」


「トオルも知っていますか?」


「ああ、クロディスに聞いた。彼女は学園では先輩なんだ。新入生が入学する時期にはよく起こる事件らしい」


心苗コディセミット条例では、はっきりと禁じられていないグレーゾーンも広いですからね。心苗には様々な境遇の者がいますから、生理現象としてグラムを求めてしまう者もいるかもしれませんね。ただ、中には悪意を持っている者もいるでしょうが……」


 それを聞いたニーアが怯えて言う。


「まさか……ナティアちゃんが、貪食者グラムイーターにさらわれた……」


「リュークさんは貪食者のこと、よくご存じなんですか?会ったことがおありなの?」


「貪食者と遭遇したことはありませんが、源気グラムグラカを吸い取られた人の手当てをしたことがあります」


「そうか、リュークはローデントロプス機関で医療班の仕事に協力していたことがあるんだっけ?」


 トオルとリュークは、アトランス界へ来るまでの話も少しずつする仲になっていた。


「そうです、地球アース界でも異端犯罪者ヘラドロクシー関連の事件が多々ありますから。源使いだけでなく、一般人ガフを襲う貪食者もいます。よく、吸血鬼や妖怪などが人の精気や血を奪うと言われますが、あれは血に付いている源気を欲しているわけです」


「都市伝説かと思っていたけど、そんなところにも貪食者が関係しているとは……」


「そうです。実際、地球界の古代文明では、生け贄を捧げる慣習があります。これもやはり、差し出しているのは源気です。……それと、セレスティアさんには失礼な話かもしれませんが、人を襲う一部の悪魔も、人間の源気を吸い取ることが目的と考えられています」


 コウモリの翼を持つセレスティアの容姿は、まさに悪魔典籍に記録されたサキュバスそのものだ。ニーアは首をカタカタと震わせながらセレスティアを見ると、一気に青ざめた。


「……ま、まさか、セレスティアさんも、源気を……」


 疑いの目を向けられても、セレスティアは怒ったようなそぶりは見せなかった。自分への信頼があれば、他人からどう思われようと気にならないのだろう。彼女は毅然とした態度で、涼しく笑った。


「ふふ、それは戦争の頃の迷信よ。敵対種族の印象操作のために、わざと醜悪化した噂を吹聴したものが、今でも曖昧に残っているだけ」


「で、では……サキュバスラ一族が性交によって相手の源気を奪うというのも嘘でしょうか?」


「ええ。愛おしい相手と源気を分け合い、一つになるのは素敵なことよ。でも、相手が体質的に弱ければ……衰弱死してしまうかもしれないわ」


 セレスティアが平然とそう言ったことに、ニーアは苦笑した。


「やはりリスクがありますね?」


「私たちの一族でも勿論、考えには個人差があるわ。でも、あなたたちは安心して。私が源気を吸い取るのは恋する相手、ホミだけと決めているから。そうでない相手の源気を吸い取るのは、生理的に受け付けないわね」


 筋の通ったセレスティアの意見を聞き、リュークが頷いた。


「ホミ同士に限定すれば問題ありませんね。先生が授業で仰っていた通り、源気を補給する方法はたくさんあります。スキンシップや性行為でも、源気を与えたり、与えられたりすることは可能です。それ以外にも、房中術や秘儀御法のような、初心者には不向きなスキルもありますが」


 クロディスから聞いたことを思い出し、トオルも考える。


「スキル自体には問題はない。あとはそれを、どう使うか、か」


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