61.グラムイーターの情報 ①
依織と別れると、トオルは教室棟に入った。
開放的な五角形の玄関の真ん中には、小さな五角形の花壇があり、その周囲に人々が集まっている。何かに群がっているらしく、盛り上がっている。
これは、ペルシオンでは毎日見られる光景だった。ベンチとテーブルが置かれ、その上にシーツが敷かれ、スーツケースが開かれる。セントフェラストでは校内での商いも禁止されていないため、授業のない時間帯に自作の物を売る人で、いつもここは賑わっている。
その連中の中に、白井春斗の姿があった。
彼は二週間前からここで、自作の男子向けアクセサリーと知恵の輪を売っている。それに加え、他人からもらった小道具などを転売もしていた。販促の腕が良いのか、彼の店は繁盛している。
特に知恵の輪は、アクセサリーのように小さく可愛いだけでなく、解ければ知恵を授かるという売り文句で、アトランス界の女子から人気があるらしい。
値段はピンキリで、安い物ならたったの10EPだ。春斗の上手いところは、知恵の輪が解けてから、後払いでも良いと言っていることだ。御利益があると言われて信じられない心苗であっても、時間潰しの玩具としてはちょうどいい。一応もらっておくか、という軽い気持ちで手に取る者も少なくなかった。
春斗は店を出して間もないにも関わらず、ファッション小道具の人気店として知られている。
トオルもその姿をいつも見ていたが、この日も一瞥するだけで足を止めることはなく、足早に通り過ぎた。
トオルが春斗のブース前を通った時、春斗は商品を探して群がる客たちのわずかな隙間から、野獣のような目付きでトオルを睨んだ。
トオルは殺気を感じ、鳥肌が立った。気配から、それが誰のものかも分かっていたが、目を合わせないようにして、急いで教室へ直進した。
教室にはあまり人がいない。次は基礎スキルの授業だ。
セントフェラストでは、スキルの習得に担当教諭の存在は必須ではない。同級生や、共に仕事の依頼を受ける同士、どこかの団体で知り合った先輩など、気が合えば誰からでもスキルを伝授してもらうことができ、それを学園も認めていた。中でも基礎スキルは、源の特性を問わず、心苗になったことのある全ての者が習得しているものばかりだ。そのため、基礎スキルの授業を受ける人は、三週間前の4分の1まで減っていた。空席が多いと、教室はより広く感じられる。
今日は、リュークの姿があった。
他にも珍しい顔がいる。ワイバーン型の飛龍に似た翼を持つ女性だ。彼女の翼は何度見ても印象的で、さらにいつも露出度の高い服を着ている。だが、妖艶なだけでなく、話せば聡明で、知的なお姉さんだった。
他にも気になる後ろ姿が見えた。少し長めのアッシュボロントをオールバックにした男だ。彼の名は、エリック・ドグラス・スガワラ。深縹色と濡羽色のボディスーツを纏い、ベルトには三本の柄が差してある。金属でできた日本刀の柄のようだが、刀身は見えない。おそらく、オーダーメイドのスーツ装備だろう。彼はアトランス界に移民した日系三世で、そのルーツを辿れば菅原道真の血筋を継ぐ子孫であると主張している。
彼のような経験者は、レベル昇格試験を受け、飛び級しはじめている。エリックもすでに総合評価をCランクまで上げた。そして、学園の治安維持のため、巡回依頼を受けている。彼が基礎スキルの授業に出席するのは、実に珍しいことだった。
「おはようございます」
リュークが声をかけてくれ、トオルは隣の席に腰かける。
「おはよう。珍しいね、今日はセレスティアさんやスガワラさんまで出席するのか?」
「本日の授業のアシスタントとして来ているようですよ」
「そうなんだ。教養授業にほとんど出席していないと思ったら、まさか基礎スキルの授業アシスタントで来るとは……」
「それより、今日はいつもより遅かったですね?依織さんの戦闘訓練にお付き合いしていたのですか?」
ここ数日、依織が休み時間に7組を訪れていたため、リュークは依織のことも知っていた。
「うん、いつも通りだけど……今日は少し、派手にやったかな」
「彼女は戦闘センスに秀でた方ですからね」
「リューク、依織さんの戦いを見たことがあるのか?」
「彼女の対人フリーバトルを、たまたま見ました。自作の硬いソードで相手の武器を破壊する姿がとても印象的でした。相手の攻撃手段を封じるのは良い手です」
「彼女は高校時代から文武両道だったんだ。親からも個別に戦闘術を教えられていると聞いたことがあったけど、もしかすると、魔獣狩りよりも対人戦闘が得意なのか?」
――相手の武器を破壊……。ということは、キアーラの装備に致命的な損傷を与えたのも、偶然ではなかったのか?……さすがはセントフェラストのOB直伝だな。
高校生の頃、彼女の私生活は靄に包まれていた。トオルは最近になって、依織の父親が元錬術士であり、警備会社を経営していることや、母親から戦闘術を教わったことを知った。身近に師匠がいること、訓練のための設備、環境が整えられた場所で育った彼女には、トオルの想像以上に高い戦闘能力があるのではないかと思い直していた。
「そうかもしれませんね。そして、トオルにとっても彼女の訓練に付き合うことは、悪くないと思いますよ。多少は戦闘能力を備えていないと、いつどんなトラブルに巻き込まれるかわかりません。セントフェラストでは、命を失う危険性もあるでしょう」
引きこもり時代に比べ、接触する人数が増えたトオルは、少し表情が明るくなってきていた。苦笑いをしていても、そこに柔らかさがある。
「はは、妹にもそう言われた。それに、自分でもこの戦闘訓練を受けることで自信になっているっていう自覚はある。試作物のテスティングにもなっているから、良いデータも取れるしね」
トオルは何気なくマスタープロテタスで学園の掲示ニュースを見た。そこには毎日のように、事件に巻き込まれて負傷したり、死亡したり、行方不明となった者の人数が開示されている。
セントフェラストに集まっているのは、才能に恵まれた者ばかりだ。そして、それぞれの考えを主張することが認められている。心苗条例に書かれていないことも多く、グレーゾーンの事柄については、その善悪を判断するのは心苗自身となる。大半の者はセントフェラストでの日々を充実して過ごしているが、中には悪戯心を働かせ、トラブルを起こす問題児もいるし、最初は意見のすれ違いであっても事態が重くなれば相手を殺傷してしまう者もいる。さらには私利私欲のために非道な行いに入る異端者も、決して少数ではなかった。
一方で、トオルの生活はシンプルだ。学園は広大だったが、トオルが通う場所は決まっており、移動は転送ゲートに頼っている。危険な行動をせず、権限のない場所に立ち寄ることもない。他人の争いやトラブルを見かけたとしても、トオルは自分に力が足りず、他者を心配する余裕もないことはよくわかっている。だから、ここ数日の事件も、彼には関係のないものだった。彼にとっての日々は、研究と製造所の手伝いに集中することで過ぎ去り、それで大いに充実していた。そのため、彼はセントフェラストの闇や危険については、毎日のニュースに上がってくる冷たい数字としてしか知らなかった。
「そうすると、試作の法具も試されたのでしょうか?」
グローブを着けた右手を見ながら、トオルは先ほどのシミュレーション訓練を思い出す。章紋術を使うという新鮮な記憶が、一つの目標を達成した喜びを彼に与えた。
「うん、思ったよりも使いやすいアイテムだった。章紋術は魔獣退治にも有効だ。まだ色々と細かい調整は必要と思うけど、地球界の錬術士もこの技術をよく使っているんじゃないかな……」
「トオルは凄いですね。地球界では州政府や私人が経営する財団で長い研究機関を経てできた技術ですよ。それをトオルは……たった三週間で、自作のアーティファクトの試作品を作ってしまうなんて。君は本当に機元作りの才能に優れていますね」
「いや、それはリュークが、大切なアーティファクトを貸してくれたり、協力してくれたおかげだ。君のおかげで実物を参考に構造を解析できたんだから」
「いえ、実物を解析したとは言っても、最も機密な部分は、君が一人で作り上げたわけですから、感服しますよ」
「まぁ……クロディスも、教えるのが上手いから……」
拙作に対するご意見やご感想、レビュー、また★と❤️の評価もお待ちしております。
よろしくお願いいたします。




