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60.努力と成果 ④

依織いおりさん、錬術士れんじゅつしに詳しいのか?」


 依織はしばし黙ってしまった。だが、躊躇いがちに話し始める。


「……お父さんが、元錬術士なの。今はその経験を活かして、民間の警備会社を作ってる。だから、少し話を聞いたことがあるだけ。それよりもセントフェラストに来てからの方が、ずっと色々な情報が入ってくるわ」


「それは初耳だな。依織さんのお父さんは、厳しいのか?」


「そうね……あまり仲は良くないかな……」


 トオルは飛空船の中で、依織が両親について話していたことを思い出す。何を言えばいいかわからず言葉に詰まっていると、依織が浅い溜め息をついた。


「……期待に応えられない人には、用がないって人だから」


依織の父は一体どんなレベルを彼女に求めているのだろう。トオルは高校時代の依織を思い出す。あれだけ優秀な成果を残していたにもかかわらず、彼女は父に認められず苦悩していたのかもしれない。優等生だった彼女の、その学業への努力もすべて、親に認められるための演技だったというのだろうか。


「期待に応えられないって……依織さんが?」


 依織は悲しげに笑った。「うん」と恥ずかしそうに答える。


「私は、どんなアーティファクトを使っても、何も反応がなかった。お母さんは何も言ってくれなかったけど……今やっとその理由が分かった」


「まさか……」


「うん。私の源気グラムグラカは、性質的に、章紋術ルーンクレスタを使えないみたいね。才能なんか関係なくて、私には、習得自体が、不可能なスキルだった……」


 依織は笑っていたが、心脈のパターンは、親の期待に応えられない悲しみと切なさを伝えていた。トオルは、自分のせいで依織の悲しませたのだと思った。


「そんな思いをさせて……ごめん」


「違うよ、トオルくん。お父さんが悪いの。勝手に期待して、できないからって人格まで否定する。自分勝手なだけ。だから気にしないで。トオルくんには才能がある。だから、私の分までしっかり鍛えてよ。とっても便利なスキルなんだから」


 瞬きをするほどのわずかな瞬間、依織が寂しそうな顔をしたのをトオルは見逃さなかった。だが依織はすぐに前向きな笑顔を見せた。


「ねぇ、さっきのコダマの技は何?凄い力だね」


 誰にでも話したくない話題はある。その気持ちが分かるトオルは、換気でもするように応えた。


「あれは切り札だ。味方も巻き込まれるリスクがある。ぼくは体質的に源気の回復が追いつかないから、必要に迫られていない時以外は使わないと決めてる」


 依織は「へぇ~」と不思議そうに言った。


「トオルくん、魔獣狩りできるんじゃない?」


「いや、ぼくは依織さんとシミュレーション訓練しているだけで十分だと思うけど……」


 トオルはまだ、対人の闘競バトルも、現実の魔獣狩りも経験がない。好戦的でないトオルは、不要な戦闘を避けたいと考えていた。オリヴィアの授業やクロディスから聞いた話では、一度戦闘の依頼を受けると、その後何度も要請があるという。そんなことになるとやりたい研究もできなくなってしまう。それに、また悪目立ちして、問題児だと思われたり狙われたりするのはごめんだった。


金田かなたさんがトオルくんのこと、戦力に期待してるって時々言ってるよ。でも、その理由が何だかわかった気がする」


 魔獣狩りに行っていないトオルは、穣治じょうじ大輝だいきたちが自分をどう評価しているのか、凄く気になった。


「そうかな?」


「戦場にいても、冷静を保ってるところ。それに、計画的な作戦が立てられるところ。トオルくんには策士としての素質がある。授業で先生は、どんなパーティーにも策士が必要って仰っていたわ。それだけじゃない。あんなスキルまで持っているトオルくんがいてくれたら、きっと凄く心強いよ」


 依織は、トオルには底が見えないと思った。将来どんな大物になるのか、その潜在的な能力を考えると、羨ましい気すらした。


 褒められたトオルは縮こまっている。


「うん、でもぼくは、機元(ピュラト)作りに集中したいし……製造所の仕事もあるし……」


 困ったようにもごもごと答えるトオルを見て、依織は呆れたように微笑んだ。


「そう言うと思った。ずっと機元作りの研究をするのも悪くないよね。トオルくんは自分のやりたいことを見つけて、入学してまだ三週間しか経ってないのに、もうこんなにも凄い研究成果を出すなんて……。どれだけ全力でやっているか、伝わるよ」


「成果?それは言い過ぎだ。こんなの、どう見ても失敗作だ」


「ううん、どんな効果を狙った製品なのか、よく分かる。目的もなく魔獣狩りしてポイントを稼いでるだけの私より、立派だよ」


 トオルは、まだマイナスの感情に囚われているらしい依織を慰めようと、彼女の強みを褒める。


「依織さんだって、先生からは戦闘センスが良いって言われてるんだろ?最初から魔獣相手に怯えることもなく、見事に倒したんじゃないか」


「それでもまだまだ。Dランクの戦士は、さっきの魔獣を一人で倒せるだけの技量がある。まずはそのレベルに達しないと、ランクが上がらない」


「あれを一人で?厳しくないか?」


 トオルにはランクの昇格試験の条件が分からなかった。


「鉄砲のような飛び道具のスキルがあれば、もっと複雑な戦闘パターンを持つことができるから」


「そうか……騎士レッダーフラッハなら専用のスーツを着て、アーマーや武装で戦うのか……」


「そう。でも、スーツや装備は私たちみたいな初心者は、まだ使用を認められていない。それよりも今は、基礎のスキルや源気で作り出した物での戦いが要求されている」


 依織の心脈のパターンを聞きながら、トオルは何とか元気を出してほしくて精一杯の助言をする。


「依織さん、焦ってるのか……?でも、基礎スキルをしっかりと磨いた方が良い。土台が確実でないと、良い物は作れない。ブルーノさんがよく言っている。依織さんの力には、きっともっと色々な使い方がある」


「基礎スキルは磨くとしても、スーツや装備は騎士にとっていつか必要とされるものだから……。今から信頼できる防具鍛冶屋を探しておかないと。寮の先輩が言っていたわ」


 依織はもうしっかり未来に必要なものに考えて悩んでいる。


「今は材料や技術が足りないだろうけど……ぼく、依織さんのために、スーツや武装、装備を作るよ」


「本当に?約束してくれる?」


「うん。……ぼくの作ったスーツが、嫌でなければ……」


 依織は期待を込めて笑いかけた。


「それなら約束ね、嘘ついたら針千本だよ?」


 そう言って依織が小指を差し出した。

 トオルは固唾を呑み、顔が熱くなるのを誤魔化すために俯きながら、自分の小指を絡めた。


「うん。約束する」


 依織のマスタープロテタスが鳴った。


「あっ、もうこんな時間?次の授業の場所へ移動しないと」


「ぼくも授業だ。オリヴィア先生の」


「それなら、クラス棟まで一緒に行こう」


「うん」


 二人はペルシオンタワーから教室棟へと移動する。


 二人が中庭を歩いている。望遠鏡がその姿にズームインし、追っていった。持ち主は涼しい笑みを浮かべ、歩きながら話す二人を見ている。


「そういえば、妹さんを紹介してもらう日、決まったよ」


「ついに決まったか。皆、なかなか時間が合わなかったからな」


「うん、前に一度チャンスがあったけど、妹さんが結社(ゼム)の急用で来られなくなったからね」


「あの日はごめん」


「しょうがないよ、外科医や警察みたいなものでしょ?忙しいのはよく分かるから」


 トオルが言う。


「理解してもらえて助かる。それで、場所と時間は?」


「皆の都合が合ったのが、あさっての夕方30時。その時間に私のバイトしてるレストランで会おう」


「分かった、妹に伝える」


「依織ちゃん発見!」


 廊下の先に、女の子が二人立っていた。


「あっ、ミューリちゃんとロサリちゃん」


 青のポニーテールがミューリ・ニタリ。暗い紫の髪を二本の縦ロールにしているのがロサリ・アレグリア。二人は依織のクラスメイトだ。

 ミューリはTシャツに裾を結んだミニスカート、ショートブーツという出で立ちで、へそを見せている。アーマーを着けた腕を振って、依織に笑顔を見せた。

 ロサリはフリルがたくさん付いた華奢なドレスを着ている。可愛く装飾されたバスケットを持った、統一感のあるコーディネートだ。


「それじゃ、私行くね、お互い今日もファイトだね!」


「うん」


 依織が二人に手を振り返し、駆け寄っていく。その間にトオルはミューリとロサリに会釈した。


 女子三人はすぐに楽しそうな声をあげてペルシオンを後にした。


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