58.努力と成果 ②
ある朝のこと。ペルシオンタワーはいつものように心苗が出入りしている。
トオルと依織は通い慣れた5階の廊下を歩いていた。そこは戦闘シミュレーション室がある階層だ。清潔感のある廊下はアーチ線を描くように曲がっている。
二人は事前予約していた18号室に入った。その後ろからタマ坊が這って入室し、トオルが扉を閉じる。
目の前には直径12メートルの円のステージがある。高さも5メートルと高く、広々としている。入り口のそばには戦闘プログラムの設定をするための石が浮いており、二人は慣れた動きで、それぞれのマスタープロテタスでタッチした。機元端の操作画面が映る。
この施設では、ダミー魔獣の数量やレベル、ステージの地形などを自由に設定できる。目獣のレベルはとても細かく、パワーや知力、体力、反応スピードなど、微調整が可能だ。だが二人はともにEレベルのため、設定できない権限も多い。
トオルはピットゴルスというダミー魔獣を選ぼうとしていた。狼に似た外見で、前足の四つ目の爪が鎌のように長く伸びている。前足と胴体の繋がるところには硬い毛が生え、関節を守るのに特化しているらしい。頭には角を持ち、太い尾を振れば、バットのような打撃になる。
「またピットゴルスにする?つまらなくない?」
最近の依織は、他の多くの心苗のように、魔獣狩りに精を出していた。そのため、いつも同じレベルのダミー魔獣でシミュレーションすることに限界を感じつつある。レベル15のプレイヤーが、レベル3の魔獣で訓練しても役不足なのは明らかで、あまり経験値にならないのだ。
「前回の戦いで気付いた違和感を元にタマ坊とコダマの調整をしてきた。それが有効なのかどうか、同じ相手でないと証明できない」
「微調整でしょう?前回だって無傷で倒せた相手なんだから、今回は少し強そうな魔獣を選ぼうよ」
「……同じ魔獣でないと、テスティングの意味がなくなるんだけどな」
「それならせめて難易度を変えない?」
トオルは自分の実験やその調整に夢中になっていることに気付いた。そもそもこのシミュレーション訓練は、依織に付き合って始めたことだった。目的から外れていることを自覚したトオルは、大人しく依織の要望を聞き入れる。
「うん、じゃあ数量を増やそう。他にも別の魔獣を一匹入れてみるか」
そう言って、ピットゴルスを3匹から6匹に増やすと、操作スペースを依織に譲った。
「そうだね、どれにしようかな?」
ネット通販の商品画面のように並ぶ魔獣を、依織は次々に入れ替えてみている。
「トオルくん、ヘメストンはどう?」
映っているのは陸生の巨大な亀のような魔獣だった。殻にはギザギザの棘が生えている。ドラゴンの血筋らしく、頭部や足に鱗を持ち、見るからに獰猛な魔獣だ。サイズも七人乗りの車と同じくらいで、人間一人くらいなら、容易く踏み潰されてしまうだろう。
実戦の経験がないトオルは、その見た目に圧倒された。
「い、依織さん。ぼくたち二人で、こんなに倒せるか?ピットゴルスだけでも倍の6匹にしているのに」
トオルは自分の意見が現実路線だと思っていたが、依織は平然として、「大丈夫」と言った。
「先日、金田さんと一緒に倒したから、攻略法は知ってるの。見た目は怖いけど、動きは遅い。頭に注意して胴体をひっくり返せば、長時間動きを止められる」
「なるほど。それなら、実験の項目も増やそう」
「どんな実験なの?」
トオルは頷き、ポケット納屋からコダマを取り出す。他に、ピンポン球大の玉を三つ取り出し、依織に渡した。
「新しいアイテム?」
「うん、前に言った武具アイテムだ。これは試作品だけど」
「どうやって使うの?」
「錬晶球と同じだ。使用者が源を与えれば武具が展開する。玉には穴が空いてる。依織さんなら、そこから刃物が生成される。ちなみにこれはF級の水晶で作ったから、効果は一回のみ、使い捨てになる」
「再利用はできないってこと?」
「レベルの高い水晶ならそれも可能だけど、試作品でまずは効果を試したい。だから、再利用はできないレベルのものを使ってる。三つ作ったから、使ってみて」
「分かった、後で使ってみる」
依織は興味津々な様子で玉を手に取って眺め、それからスカートのポケットに入れた。
それから依織は戦闘に備え、源気を集めていく。依織にとってぴったり使いやすい長さのソードが、ものの10秒で仕上がっていく。
「それと、これを使ってみる」
「グローブ?」
「コダマの爪を改造したんだ。これは、それに対応するアイテムで、金属部のドッターに章紋術の指令回紋を書き入れてみた」
「それって、章紋術ができないと扱えないアーティファクトじゃないの?」
「そうだ。途中難航したけど、何とか試作までこぎつけた」
トオルが言い終わると、コダマがその腕に飛びあがり、グローブを止まり木にした。
「そんなものまで作っちゃうなんて、トオルくん凄いね!」
「……さ、始めよう」
褒められなれていないトオルは、照れくささを隠すようにそう言った。
依織はふふ、と笑ってから、「うん、やりましょう!」と声をあげた。
依織がステージ生成のボタンを押すと、ステージに草原が生成された。
二人は『活化』の状態でステージに上がる。足元の感覚は本物の草原だ。そして、目の前には設定通り、7匹のダミー魔獣が現れた。
6匹のピットゴルスが、ヘメストンを囲むように配置されている。足や頭を伸ばし、ガオオオオオオーー!!と鋭く吠えると、トオルたちを敵と認識したらしく、歯を剥き出しにした。
ヘメストンも、殻から四本の足と首を伸ばし、威嚇するように前足を地面に叩きつける。
タマ坊とコダマはダミー魔獣の動静に気付き、すぐさま戦闘態勢に入った。タマ坊はトオルの一歩前で止まり、コダマは翼を広げて腕から飛びあがり、甲高い声で威嚇に応じる。
「いつも通りでいい?」
「ああ、バックアップは任せろ」
依織はトオルの方を振り向かず、笑みだけで了解の意を表した。イリジウムソードを翳す。
「じゃあ、行くよ」
「オーケー、コダマ、ビームマシンガンを掃射。魔獣の陣形を崩せ」
空中でホバリングしているコダマがビームの雨を降らせた。ヘメストン中心の円陣は、攻撃を避けるため散開する。
ピットゴルスの群れが乱れると、依織が前へ出た。魔獣の攻撃を誘うように、剣を構えたまま慎重にステップを踏んでいく。
コダマの攻撃によって緊張の糸が切られたのだろう。ピットゴルスのうち、前衛にいた一匹が、落ち着きなく爪を振るった。
依織はその動きをよく見定めた。焦ることなく、一歩退くだけで攻撃を避け、同時に剣を横に構えると、側面から一筋放つ。そこからさらに一歩踏み出し、剣先の突撃で魔獣を打ち飛ばした。
「追撃しろ、スカーレットバン!」
ピットゴルスが地面にぶつかると、コダマは胴体にエネルギーを集中させ、赤いエネルギーボールを射出した。
ボールに当たった魔獣は、爆発とともに体を散らした。
後続は二匹だ。一匹のピットゴルスが鎌状の爪で飛びかかり、もう一匹が噛み技をしかけるコンビネーションを見せる。
まだ体力に余裕のある依織は、笑みを絶やさないままでその場を跳び離れた。
「タマ坊、粘着弾を撃って!」
タマ坊は、名付け親である依織の指示にも反応した。改良された粘着弾が四発射出され、爆散し、二匹が動きを封じられる。
「よし、今のうちに試してみよう」
依織は魔獣と距離を保ったままで、ポケットから一つ目の玉を取り出した。五秒ほどかけてアイテムに源気を集めると、三箇所の穴から刃物が伸びた。
「飛び道具かな?」
依織は野球の玉のように三本の指で握ると、粘着剤の罠に嵌まった魔獣に投げつける。
玉から伸びる刃が魔獣に刺さった瞬間、電気が発生し、魔獣を麻痺させた。
その間にイリジウムソードを構え、一気に跳び上がると、長く水平斬りで、二匹を一度の振りで両断した。
残る三匹は奇襲を企み、トオルに狙いを定めたようだ。
一斉に突進し、角を向けている魔獣たちを見て、トオルは『気合』を使う。タマ坊とコダマに分けていた源気を一旦右手に集め、その手を胸高に挙げた。
「術式ロード、エアーシールド」
グローブのドッターがトオルの声に反応して光った。手を伸ばすと、指先に丸い章紋が綴られていく。緑色の術式は、周囲の空気を吸って円形の盾になり、三匹の魔獣を跳ね返した。
「コダマ、ビームマシンガンだ」
源気を戻すと、コダマが指示に従い魔獣に二度目の集中砲火を食らわせる。ビームから逃れた一匹が、またトオルを攻めようとした。
依織はトオルの前に出ると、それ以上の襲撃を食い止めるように立ちはだかる。
「ここから先には行かせない」
眉を寄せ、勢いよくソードを払う。斬撃を受けた一匹が散った。
エアーシールドが消えた。作ってから10秒しか経っていない。トオルは依織の背中が一瞬だけ、二重になったように見えた。めまいだ。たたらを踏むと、依織の残像は重なり一つに戻った。




