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53.兄妹密話 ②

これまで、ほとんどの問いかけに即答だったクロディスには珍しく、思案顔になった。しばらく考えた後で、クロディスは細い首を縦に振った。


「良いよ、何とか時間を作ってみる。トオルがお世話になってる人だからね。でも、金田かなたさんや白河さん、隼矢としやくんも、皆で一緒に会えるといいな」


「他の皆も一緒に?分かった、ちょっと、メッセージで伝えてみる」


 トオルはその場でマスタープロテタスを使い、メッセージを送った。


――


 深夜にごめん、妹が、金田さんたちも一緒に会いたいって。それでも良いか?


                                    ――


「そうそう」とクロディスが言った。


「クラスにリーゼロティという子がいるでしょ。彼女とも仲良くしておいてあげて」


 友だちという言葉で、一瞬のうちにトオルの脳裏に駆け巡った記憶、その中にあった面影を、クロディスは見逃さなかった。


「リーゼロティさん?どうして?」


「彼女も私たちと同じミーラティス人のハーフなの。ただ、少し心配だから……気にかけていてあげてほしい」


 依織いおりから返信が来た。


――

 

分かった。それは良いね、みんなに連絡してみる。うまく時間が合えば良いね。


――


 トオルはマスタープロテタスをチラリと見た。しかし、クロディスの良い匂いに鼻腔をくすぐられ、すぐに視線を戻す。目の前には、相も変わらぬ美しい美貌の妹がいる。


 そしてトオルが今日一日を振り返ってみると、ドキドキゾクゾクの初日を上手く過ごせたのは、やはりクロディスのおかげだったと思った。


「うん、分かった。リーゼロティさんのこと、気にかけておくよ。……でもやっぱり、クロディスは凄いな、何でも知ってる。今朝、タマ坊を連れていかせたのは、本当は友だちを作るためだけじゃなくて、ぼくが仕事を探す時に必要だと分かってたんだろ?タマ坊がいなければ、採用されなかったと思う」


「うーん、それは、特別な予兆を見たからじゃないよ」


「そうなのか?」


「だって、新苗ノヴァセミットの悩みは皆同じだよ。トオルの立場に立って考えてみただけ」


 何でもないことのように言うクロディスを、トオルは神を見たような目で見た。


「それは……まさに神機妙算ってことじゃないか」


「より多くの情報さえあれば、未来が見えていなくても、どんな出来事が起きやすいか、それがどう展開していくかは、多少は予測できるよ。それがミーラティス人の得意なスキルだから」


 クロディスは当たり前だと言うようににっこりと笑った。


「それもスキルなのか?」


「そうだよ。ミーラティス人なら人種を問わず、念話だけで交流ができるから、同胞からの情報がシェアされる。ミーラティス人がたくさんいれば、数千万ペド先の、世界の果てにいる同胞とだって話せるよ」


「ぼくが地球に住んでいた頃に何度も予言してくれたのも、同じ方法だったのか?」


 これまでに何度も助けてもらったことを思い出しながら、トオルは問いかけた。


「半分正解かな。数は多くはないけど、地球アース界にもミーラティス人の同胞が住んでいる。中にはかんなぎもいて、彼女は地球界の未来像が見える。彼女から共有してもらった情報を、トオルに知らせていたんだよ」


「へぇ、そうなんだ。まさか地球界にもミーラティス人が住んでいたなんて。出会ったことがないな……」


 幼い頃から過ごした地球界の日々では、他の種族がいるということは、聞いても都市伝説かおとぎ話の類で、現実にそんな人々に会ったことなど一度もなかった。


「地球界の人間社会は、他種族への排他性が強いから、変装しているんだよ。地球界でも、フェイトアンファルス連邦でも、私たちは人間の事情を見守ることしかできない。でも、人間だけじゃなくて、多くの生命に関わりのある事件には介入することを決めているの」


「そうなんだ……」


「他にも、神通心って言って、周りにいる人の、心の声が聞こえる」


「あれはやっぱり、心の声だったのか……。それにしても、頭の中にジッバジッババと火花が散るような違和感があった。あれは何だ?アトランス界に来てから何度も起こってる」


 クロディスはトオルに起こっている現象を紐解くように説明する。


「トオルの神通心は不完全なんだね。だから、近くにミーラティス人がいる時に、一時的に心声が聞こえているんだよ」


 テーブルの上でライトがピカピカ光っている。トオルはその光を見つめながら、飛空船や入学式、そして教室でリュークと春斗の心の声を聞いた時を思い出す。その全ての現場にミーラティス人がいたことに気付かされた。


「神通心……。それは、何とかできないのか?せめてぼく自身でコントロールできれば、スキルとしても便利だと思うんだが……」


「うーん。神通心の感覚の度合いは人それぞれだから、自力で慣れていくしかないかな。心の声が聞こえないようにする技術はあるけど……」


「それは、心の声を聞きたくない人向けの対応策だな。ぼくはあまり好きじゃない」


 それは偏見によって発明され、その人の持つ個性を認めないために作られたツールだ。地球界では公共交通機関を使う際、制御ユニットが必須だった。その時の何とも言えない気分を思い出し、トオルは苦い顔をした。


「神通心を上手く使うための章紋術ルーンクレスタはいくつかあるけど、今のトオルなら、力を使いたくない時はミーラティス人から距離を取るのが良いと思う。そうすればスキルが勝手に発動するのを抑えられる。でも、神通心は念話と同じだから、いつかは慣れることができるよ」


「なるほど、物理的な解決法しかないわけか。ま、ぼくが異常なわけではないなら、素直に嬉しいスキルだな」


 優れた聴力を持つことと同じように、いつか神通心にも慣れるだろう。トオルは少し心が躍った。


「よかった」


「何が?」


心苗コディセミットとして過ごす初めての一日でしょう?大きな問題もなく、楽しくやっているなら安心だよ」


「そうだな、やりたいと思ってすぐにバックアップを受けられる環境が整っているんだからな。セントフェラスト、凄く気に入っているよ」


 空気を吸っているだけで、心が喜びに震えている。地球界では考えられなかった。


「良かったね、トオル。でも、セントフェラストはいつでも安全なわけじゃない。いつもリスクは付きまとうから。油断していたら、命すら失う」


「そうだな。でも、先生の忠告には従い、大人しくして挑発に乗らず、闘競(バトル)を受けなければ安泰じゃないか?」


「それだけじゃ足りないよ。突然起こる事件にも対応できるよう、もっと力を備えていないと。予測不能の危機が迫ることだってある。危険なんだよ?」


「でも、セントフェラストの各学院には生徒会があり、彼らは学内の治安を守っている。それに加え、ダイラウヌスから派遣された尖兵スカウトが、悪を退治してくれるんだろ?」


 トオルはセントフェラストのセキュリティーシステムが地球界よりも格段に進んでいると思い、信用していた。それに、たった三人で多勢のテロリストを駆逐した尖兵にも大きな信頼を寄せていた。


「尖兵は通常の学内パトロールをしているわけではなくて、特別な事件を優先に動く人材なんだよ」


「それは理解できる。でも心苗ルールには、学内のパトロールは生徒会の役目の一つであると書いてあったけど……?」


「……生徒会は勿論、各学院を巡回して、それぞれの方法で治安を守っているよ。それでも、学園に自分の命を任せていてはダメ」


「どうして?」


 真剣な眼差しで語りかけるクロディスを見て、トオルは首を傾げる。どうしても、セントフェラストに大きな危険があるとは思えなかった。


「私はアイラメディスのセキュリティを監督する立場にあるからよく知っているよ。カレッジ構内に守護魔や守護聖霊を巡回させているけど、それでも心苗は襲われることがあるし、他にもよくない出来事は何度でも起こる。セントフェラストは敷地が広いから、異常や事件が起こっても、助けに行くまでに時間がかかってしまうことだってある。戦士を希望していない心苗であっても、救援が現場に辿り着くまでは自分で自分を守る術を持っていないとね」


「そんなことが……。でも、ぼくは男だから、不審者に襲われることなんてないだろ?」


「それが油断なんだよ、トオル」


 責める口調ではなく、本当に心配しているのだと分かる。クロディスは、現場の状況をよく知っている。トオルは、ハンターの潜む森で無邪気に遊ぶ赤ん坊のようだった。


「え……男でも危ないのか?」


貪食者グラムイーターと呼ばれる問題児がいるの」


「グラム、イーター……。グラムを、食うってことか?」


「そう、自分で源を保つスキルを鍛える代わりに、他人から源を吸い取る者のこと。彼らは好みの獲物を見つけては狩りをしている」


「たしかに先生も、他人から源を取ってはいけないって言ってたな……。あれは貪食者のことを言っていたのか」


 トオルはオリヴィアの言葉を思い出す。


「……でも、非常事態には源気グラムグラカの補給が必要な場面もあるって言ってた。そういう時には源を他人から分けてもらってもいいのか?」


「そうだね。戦闘中、信頼する仲間が倒れて命に関わるとするでしょ?補給アイテムも使い切ってしまっていたなら、自分の源気をその大切な仲間に分け与えることは可能だよ。他にも、ホミ同士が意識の深い部分での交流を行う時にも源気を交換することがある。それらは、立派な行いであり、仁愛を示す行為だよ」


「だけど」とクロディスの顔が曇る。


「先生が仰っているのは、その真逆の行為のこと。同じような方法を使って、自分のために、他人の意志を無視して源気を奪う者。それが貪食者だよ」


「貪食者……」


 そんなことを考える人間がいることを想像すると、トオルは不思議な気がした。


「貪食者にも好みがある。もちろん、男を狙う人だっているんだよ」


「そうか……戦いといっても、今のぼくには無理だ。タマ坊やコダマと戦えば源気を急激に消耗し、戦闘不能状態になって倒れるリスクがある」


 情けなさそうに項垂れるトオルの両手を、クロディスが優しく握った。


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