49.弟子入りする ⑥
一旦、待機モードになっていたタマ坊が、トオルの足元へと這いはじめる。
「虚像意識タイプの機元が多ければ、その問題は解決するかもしれん。今の平和な時代になら、必要とされているかもしれんのう。……さて、何か質問はあるか?」
「バルツァーさんは、まだご健康だと思うんですが、何故今、弟子を?」
「ブルーノと呼びなさい。わしはこう見えても今年で76歳じゃ。娘に製作所を継がせるつもりはない。製作所とわしのノウハウを残すなら、それに相応しい若者を探さねば、全てが失われる」
「ぼくは地球界から来た留学生です。そんな、何の縁もない人間に、全ての技術を伝えて良いんですか?」
「わしも先代から、この製作所と技術を受け継ぎ、新たな資材の開発もした。わしは、機元作りに深い愛情を持っている若造なら、どんな人種であっても、どこの出身であっても構わん。むしろお前に聞きたい。お前に、わしのスキルとこの工場を受け継ぐ覚悟はあるのか?」
ブルーノはさらりと言ったが、アトランス界へ来たばかりのトオルには重い言葉だった。それでも、ここで日和れば全ては水泡に帰す。トオルはゴクリと唾を飲み込み、腹をくくった。
「はい……ブルーノさんの期待に応えられるように、尽力します」
「だから言ってるでしょ?そんな風に言ったら、また途中で逃げ出されるって。環境が悪いって評価されたら原料ももらえなくなって、本気で経営破綻するわよ、このバカ親父」
事務所の扉が開き、女性用の作業スーツを着た女性が入ってきた。ブルーノの娘だろう。ミントブルーの髪の毛を六角形の結晶石のリングで二つに分け、シュリンプに結んでいる。
眉毛はブルーノとそっくりで、工場のイメージには似合わない美貌の持ち主だが、父親に対する辛辣な物言いからすると、かなり気の強いタイプなのかもしれない。
「わしが期待することを言ったまでじゃ。これくらいのプレッシャーに耐えられない者が、
どうやってこの製作所を受け継げる?」
「それは親父の一方的な要望でしょ?依頼内容にはそんなこと一切書いてないんだから。倉庫の整理と急ぎの製品の配達だけだと思って来て、いきなり工場を継げなんて、誰が納得するのよ?良い人材が来ても逃げ出されたら話にならないわよ?」
「ふむ、この話はこの辺りにしておこう。サモンくん、娘のケティアじゃ」
親子喧嘩が始まり気まずさを感じていると、ケティアがトオルの方へと歩み寄った。
「ケティア・ラウラよ。君が新入りね?」
「そうですか……。ぼくは左門トオルです。よろしくお願いします」
――ラウラ?バルツァーじゃないのか?
トオルより少し年上に見えるケティアが、じっと顔を寄せてきた。顎に手を当て、品定めするような目付きだ。全身をくまなく見たあと、ケティアは疑うような表情になり、一旦ブルーノを見たが、またトオルに視線を戻した。
「君、何年生?どこの所属?」
「一年で、ペルシオン7組です」
「はぁ!?一年って、新苗?親父、本気でこの子を選んだの?三日で辞めそうじゃない」
ブルーノが良いと言っても、娘に気に入られなければ採用が取り消しになるかもしれない。トオルは焦った。
「み、三日で辞めるなんて、そんなことはしません!もう少し期待してもらえませんか?」
「君の前に来た心苗は一週間で辞めたわ。うちの工場の仕事はと~ってもつまらないの。重労働だし、決まりも色々とあるし、固い仕事だし、変化もない。安定的にポイントを稼ぎたいのは分かるけど、戦士を目指すなら、一年の新苗は魔獣狩りでもしている方が、よっぽど自由で楽しいわ。もう一度よく考えてみて。君、本当につまらない仕事でも耐えられる?」
「今のぼくは、戦闘には不向きなんです。でも、機元作りは好きで、その愛情は誰にも負けません。だから、製作所の仕事をやらせてください」
「……珍しい子ね」と、ケティアがトオルの目を見た。
「君の源気にはどんな特性がある?」
タマ坊がケティアを見上げるように身体を反らした。
「それは、まだ分かりません」
「そっか、入学したばっかりだもんね。大抵、物作りが好きな子は操士に多いけど、その子が君の作ったものなのね?」
「はい」
「ふぅん、君には無機系の才能があるかもね」
「イノガンス系……?」
「操士はさらに五つの属性に分かれているの。飛空艇や戦闘機元みたいに、金属的な創造が得意なのが無機系よ」
大型の飛空艇や戦闘ユニットの機元作りが得意な無機系の他に、空間に物を作り出す領域系、小さなアイテムや装備、武具を作る錬成系、空想の動植物を作る生物系、霊体や神、悪魔、魑魅魍魎と契約し、それらを具現化させる神霊系の五つがある。
――もっとレベルを上げたあとの話だな。この人、操士に詳しい。
さすがはブルーノの娘だとトオルは思った。
「ケティア、詮索はそこまでじゃ。サモンくんは採用だからな」
「分かってるわよ。親父の製造所なんだから、採用を決める権限なんて私にはないでしょ?」
「すまんのう、サモンくん。うちのバカ娘は言葉遣いも荒いし、女性らしさなどカケラもないが、よろしく頼むぞ」
「ちょっと、言い方ってもんがあるでしょ?」
「……わしの娘は、まだまだ半人前じゃが、開拓研究士になる夢がある。もう良い年じゃから、さっさとどっかの男とホミにでもなれば良いんじゃがなぁ」
「初対面の相手に私のことを喋るなって言ってるでしょ、バカ親父!」
「お前がやりたいことじゃろう?誇りがあるなら堂々と話せば良い。恥ずかしいことではないじゃろう」
トオルは苦笑しながら、再燃した親子喧嘩を見守った。
「だからって……工場の手伝いとは関係ないじゃない。人の気持ちを無視して、気が合わなければ好き放題言ってるから、誰も弟子入りしたくないのよ」
ブルーノは険しい顔になってしばらく沈黙したが、思い出したようにトオルの方を見た。
「サモンくんは、飛空ライセンスはあるかのう?」
「いえ……それは、どんなライセンスなんですか?」
「飛空ライセンスは、飛空艇や自分で作った乗り物で空中を飛ぶ許可免許証よ。君、ライセンス持ってないの?」
「いや、あの、昨日入学したばっかりで、まだ持ってないです……」
ケティアは信じられないという顔でトオルを見た。
「君、ライセンスもないのに、急な配達に対応できる?」
トオルは息を呑んだ。なぜこんなに大事なことを、紹介所のホクシーは伝えてくれなかったのだろう。
「それは、すぐに取れますか?」
「それはその人のセンスによるわよ。飛空艇のライセンスなら、一時間の練習で一発合格する人もいるし。センスがなければ真面目に練習しても、三ヶ月以上かかる人だっているわ」
ケティアの投げやりな返答を聞いて、トオルは「そうなんですか……」と答えに窮した。
「しょうがないわね。それなら今日は工場内の掃除からお願いできる?」
「分かりました」
「たしか、お前の機元には掃除機能があるんじゃな?今日は機元に頼らず、お前自身で掃除を行ってくれ」
ブルーノはしっかりと申込書を読みこんでくれている。タマ坊に掃除機能があることは、ホクシーとの相談時に伝えているから、きっとそれを読んだのだろう。
「はい……」
ライセンスがないのに何故採用されたのか、トオルには迷いがあった。
「それと、お前には基礎体力の訓練が必須じゃ。体力のない男なんて、女に笑われるじゃろう」
戦闘中、依織よりも先に倒れた自分を思い出し、トオルは首を縮めた。
「……はい。指示されたことは、何でもやります」
「そうか。なら、明日にはライセンスを取ってきてくれ」
「えっ!?」と、トオルは口を開けた。
「い、一日でライセンスを……?」
「うむ。できなければ、もう来なくてもわしは構わん」
「分かりました……」
そう言ったものの、体力や運動に自信のないトオルは、背中にひやりとした汗が伝うのを感じた。




