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50.弟子入りする ⑦

「ちょっと、それはさすがに無茶じゃない?」


 ケティアがそう言うと、ブルーノは意地の悪い表情で言い返した。


「フン、あんなもの、10歳でもすぐに乗りこなすようになる。飛空艇一つ乗れないような者に、他の仕事を頼めるか?ここで働きたいなら、飛空艇くらい当たり前のことじゃ。それすらできないようなポンコツに、機元のコツなど教えられんわ」


 ケティアにそう言うと、今度はトオルの方を見た。目には厳しさが宿っている。


「お前は明日、ライセンスを取りにいく。そしてこの製作所を継ぐと言った。それがどれだけ本気か、気合いと根性を見せてくれ」


 喧嘩でも売るような強い口調でそう言うと、ブルーノは事務所から出て行った。


 取り残されたトオルは、しばらく身動きもできずにじっとしている。


「ごめんね。うちの親父、いつもあんな感じなのよ。気難しいから、合わない人も多くて」


「ブルーノさんは、ぼくに怒っているんですか?ライセンスも持っていなかったから」


「そうじゃないわよ。親父が怒ってるのは私よ。でも、私はさっき、本気で言ったから、もし気分が悪いなら、まだ遅くない。今なら辞められるわよ。君の気持ちが一番大事。親父のために無理に従う必要はない。誰も君を責めないわ」


 トオルはケティアにそう言われると、首を横に振った。


「いえ、ここに来ることはもう決めました。ブルーノさんはぼくを試しているんだと思います。少し理不尽で厳しいけど、良質で精密な機元を作るには、それは必要なことだって理解できます。むしろ、当然のことです。だから、無理難題にも耐えてみたい」


 トオルの目の奥に、小さな光りが見えた。

 ケティアは少しだけトオルを認めたように態度を軟化させる。


「パワハラにセクハラのどうしようもない親父の言葉を大人しく受け入れて、しかも称賛するなんて。君、とんでもない変態ね」


「変態ですか?でも、この世界には英雄や立派な人がいて、敬愛されています。そういう立派な人に着いていく人も、たくさんいるんじゃないでしょうか?」


「いるよ」と言ってから、ケティアは細い首を伸ばした。どうすればトオルに伝わるか、苦心しているようにも見える。


「君に言いたいのは、大前提として、自分の意志が大事ってこと。誰かの理不尽な想いを押しつけられたり、自分を後回しにするのはいけないわ。理想的なことを言う人がいても、やりすぎれば野望にしかならず、誰も幸せにしない」


「でも、ブルーノさんは悪い人じゃない。自分の仕事にまっすぐに向き合える、こだわりのある方です」


 ある程度の執念が保てなければ、良い物は作れない。それに、トオルは本物の悪人の面影や脈音のパターンを知っている。


 ケティアは興味深げに笑みを浮かべ、さらにトオルに近付いた。もう、顔と顔の距離は10センチしかない。トオルはケティアを直視できなくて、目線を逸らした。


「相当な決心ね。君、一体どんな目的でうちに来たの?」


 トオルは正直に自分の思いを伝えた。機材の入手が目的であることも、隠さなかった。


「なるほどね。地球界から来た一年生は、やりたいことがはっきりしてるわ。でも、機元作りや指令回紋にそこまで高い情熱を燃やし、没頭する人は少ないわね」


「でも、操士は皆、物作りの力があるんですよね?」


「操士と一括りに言っても、やりたいことはそれぞれよ。でも基本的には新しい何かを作ることに夢中な人が多いわ。源は自分が作りたい物のために使えれば十分で、商品化や量産化は、あくまでポイント稼ぎが必要な時だけ。スキルアップも、おまけ程度に考えてる人が多いんじゃないかな」


「だから、前に弟子入りした人は耐えきれなくて途中で辞めたんですか……」


「そうだね。たくさんスキルがあるなら選択肢も多いし、他の同業者だって多いから、うちにこだわる理由がないのよね」


 トオルはまた少し黙ると、拳を強く握った。


「ぼく、きっと明日、ライセンスを取ってきます」


「頑張って。でも、もし明日がダメでも、私は君がここで働けるよう、協力してあげる」


「協力……。ラウラさんは、ぼくを監督する立場ですよね」


 ケティアはトオルから目線を逸らし、天井を見上げた。


「そうね。私にとっても、製作所の後任が育つことはありがたいの。安心して自分のやりたいことに集中できるから」


「開拓研究士ですか?」


「まぁね。それより君、資材の入手法に対する考えは間違っているわ」


「どういうことですか?」


「いきなりレア金属を欲しがるのは、さすがにやりすぎよ。最初は木材や合成樹脂みたいな、簡単に手に入る物を使ったって良いじゃない。どうせ最初に作るのは試作品でしょ?」


 ケティアの言っていることは間違いではない。トオルは小学生の時、捨てられていたおもちゃをパーツとして再利用していた。それはロボコンでも資源の有効活用として高く評価された。


「それは一理あります」と、トオルはそんなことを思い出しながら頷いた。


「あとは指令回紋のことね。私はあまり得意な分野じゃないけど、君は専用の機元端を持ってるの?」


「学習用のシンプルな型を持っています」


「ならオーケーね。それさえあればまずは問題ないわ。あとは、回紋を記録するドッターかな。うちに試作品があるから、持っていって良いわよ」


「え、そんな、勝手にもらったら……ブルーノさんに怒られませんか?」


 ケティアは内緒話でもするように、口に手を添えて囁いた。


「商品にならない試作品だもの。資源として再利用するにも処理が必要だし、そのために使えるポイントは限られているから。処理できないまま置いておくと、倉庫のスペースも足りなくなってくる。少しくらいもらったってバレないわよ」


「ラウラさんは、どうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」


 こんなにうまい話なんてあるはずがないと思いながら、ケティアに裏の顔があるようには見えなかった。


「ケティアで良いわよ。親父の後継者問題まで聞かされて、それでもやりたいって言ってくれたのは君だけ。可愛い後輩のお世話は、先輩の役目でしょ?もし明日ライセンスが取れなかったら、親父の理不尽に付き合わされて時間を無駄遣いするだけになる。それは失礼でしょ」


 ケティアは明快に言った。


「ありがとうございます。ケティアさん、操士に詳しいみたいですけど、所属はフミンモントルですか?」


「そうか、言ってなかったね。私はフミンモントル学院のビースサビアカレッジ三年、ミュベールス組の所属だよ。ま、所属っていっても、三年にもなるとあんまり意味をなさないけどね」


「そうなんですか?」


「セントフェラストで三年っていうと、どのクラスに所属しているかより、個人的な評価が重視される。できる人ならもう、どこかで輝いているし、重要な人物になってるからね」


「完全実力主義ですね、難しい……」


「そうだね。……余計なお世話かもしれないけど、君、人に言われたことを何でもすぐに受け入れる癖があるね。育った環境が君をそうしたのかもしれないけど、本当に嫌な時は、はっきり言った方が良いよ。結果として楽に生きられる」


 トオルは苦笑いして、頬を掻いた。


「そうですね……。ぼくは、自己主張が苦手だし、自分でどうしたらいいか分からない時には、誰かに導かれたいと思ってしまう……」


「うん。でも、苦手だとしてもだよ。ずっと誰かに導かれているだけでは、自分が本当にやりたいことを見失うかもしれない。意志のない人になるのは悲しいことだよ。今はできなくても、まずは自分の本心を欺かないこと。まずはそれを忘れないでいるのが、心苗にとって大事なことだからね」


「はい……」とトオルは気弱な声を出した。


「さて」と、ケティアは話を切り上げた。


「今日は倉庫と離着陸場の掃除をお願いできる?」


「全部ですか?」


「そうよ。道具を渡すわね。それと、君も作業用スーツに着替えないと。着いてきて」


「はい」


 二人は事務室を後にした。トオルはケティアにスーツを渡され、すぐに着替える。それから用具室に案内された。


 ケティアが二本の細い棒を振った。一本は松葉のように先端が分かれ、数千本の箒の毛が展開する。もう一本の先端には球体が付いており、棒が伸びるのと同時に球体が大きく開いた。中は空っぽで、柔らかい材質でできている。床をぐっと押すと、半円形のちりとりになった。


「それじゃ、お願いね」と、ケティアは箒とちりとりをトオルに渡す。


「はい、任せてください」


「私は20番の調合室で、機材を作るための資材の調合をしているから。もし何かあれば、内線通話機元で120番。すぐに応答するわ」


「分かりました」


「それと、もし早く終わったら、倉庫には旧式の飛空艇があるから、こっそり練習してもいいわよ」


「ありがとうございます」


トオルは倉庫の掃除を始めた。さー、さーっと、箒で車道を掃く音が、倉庫にこだました。


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