44.弟子入りする ①
午後23時。
放課後の空き時間になり、二人は約束通り、西棟の出口で合流し、ペルシオンを後にした。
ベーロコット公園から主街道に沿って降りていき、ベーロコット商店街を目指した。紹介所は商店街にある。
日はまだ高く、道を明るい日差しが照らしている。ここは遠い昔には獣力車が通っていた道だ。その名残として、車道と歩道を分けていた線や、駐車のクギ穴の跡が残っている。
道の両脇には、ローテーブルとベンチが置いてあり、心苗たちが運営しているフリーマーケットが広がっていた。店によってはテントで日よけをして、どの店からも売り子の威勢の良い声が聞こえている。大道芸の店からは、パフォーマーの声と観客の喝采が混ざり合って聞こえてきた。
昼夜問わず、この商店街はいつも人が集まっていて、熱気があり、賑やかだ。
依頼の紹介所はイトマーラのあちこちにあるが、一年生が始めて仕事を探す時はここが一番のおすすめだと言われている。レストランはもちろん、装備や武器、小アイテム等の売店に、短期滞在の宿もあるため、環境が整っている。さらに、依頼の幅も広く、様々な職種、難易度のものが集まっているからだ。
心苗たちがそれぞれの学院に分かれた後は、この商店街の紹介所よりも、学院ごとの拠点にある紹介所を選ぶ者が多くなっていく。
依織は賑やかな街の風景を見るよりも、トオルと話している方が楽しいのか、半歩前を歩きながら、顔はずっとトオルの方に向けている。
「そういえば昨日、ご兄妹に会ったんだよね?上手く話はできた?」
「ああ、妹だった」
トオルの兄妹が女の子だったことを、依織は少し意外に思った。
「えっ、そうなんだ。妹さん、どんな人だった?」
「……話せば癒されて、聞き上手で、凄く可愛らしい……」
トオルはクロディスのことを話すと、普段はあまり見せないような柔らかい笑みを浮かべた。
「それなら、トオルくんの心配は杞憂だったね?」
「うん。一緒にいれば心強い気がする。……彼女もずっと一人きりだったみたいだから、同じ寮で過ごすことに決めた」
依織は、トオルの無防備な笑顔を見るのは初めてだと思った。
「それは良かったね。妹さん、いつか紹介してくれる?」
トオルは嬉しげな表情のまま、少し考えるように視線を上げた。
「良いよ。ただ、彼女はアイラメディス学院の結社の仕事が忙しいみたいだから……」
「結社って何?」と、依織は首をかしげた。
「アイラメディス学院の、生徒会の傘下にある組織だ。地球界でいう大学のゼミみたいなもので、『章紋術』の研究のために集まった人材らしい。だけど、今は学院のパトロールとか、生徒会からの色んな仕事を実行している。妹はそのメンバーで、教諭や生徒会から特に期待されている。ま、文化祭の実行委員長みたいなものか?」
依織は少し残念そうに目を伏せた。
「そっか……忙しい方なんだね。すぐにとは言わないから、妹さんに時間がある時に会えるといいな。トオルくんの妹とはいえ、学園では先輩に当たるんだから、私の方が時間の余裕もあると思うし」
「彼女はそういった上下関係に拘るタイプではないな」
「でも、それがマナーだと思うから」
――友だちの妹に対して、随分仰々しく礼儀を重んじるんだな。女子はよく分からない……。
トオルはそう思いながらも、依織に頷いた。
「分かった、言ってみるよ」
ベーロコットの主街道は、三番街と四番街へとV字に分かれていく。その間に挟まれた三角形の建物が依頼紹介所だ。三角に高く鋭く組み立てられた赤瓦の寄棟屋根に、気密性の高い閉まったままの窓。レトロな建物は五階建てだ。
ショーウィンドウのガラスには、長期の人材募集のポスターが投影され、依頼をアピールするキャッチコピーが飛び出している。店舗の外には個人の依頼のチラシが自由に貼り付けられる掲示板があり、そこに多くの人が群がっていた。入り口は安全に整列させるためのビームが張られていたが、それがなければ紹介所に入ることすら困難なほど、混雑を極めている。依織は驚きのあまり、片手で口を塞いだ。
「嘘!ここにいる人って皆、依頼を探しているの?!」
「来るのが遅かったか……。皆考えることは同じだな」
トオルはクロディスの話をしていた時とは打って変わって、浮かない顔になった。人混みが苦手な上に、また頭にパチパチと火花が散る感覚が始まった。
(低レベルだと、個人依頼の報酬は少ないな)
(エオンポ石1000個集めて10APって、この依頼主、ケチにも程があるだろ!)
(どうしよう……肝心な用語が一つも読めない。これ、本当にレベルEか?!)
(プルトの採集……プルトって何?)
(材料集めの依頼ばっかり。それって苦労以外に何が得られるの?)
(ペットのロキちゃん捜索……。険しい高所に登る習性あり。夜になると凶暴になる……。一気に50000ポイント稼げるのは美味しいけど、立ち入り禁止エリアに入った可能性もあるって、これはちょっと……)
(報酬があまりにも少ない。こんなブラック依頼より、魔獣狩りで資材収集してポイントに交換した方がマシだな)
混雑の中、人々の打算が心の中を飛び交っている。声はもっと大きく、自分本位なものばかりになっていった。
(これじゃ何も読めないじゃん……)
(尻尾挟まないでよぅ……痛いでっぱぁ……)
(チッ、一体どいつだ!よくも俺様の足を踏みやがったな!!)
(今絶対、痴漢された!あたし、ただ仕事探したいだけなのに……!)
(連中は必死だね。俺ならもっと上手く稼げる方法があるぜ)
(餌を奪い合う魔獣の群れね。優雅さがなくて見ていられないわ)
通りすがりの人々の心の声まで、頭の中に入ってきては響いた。
クロディスが念話の練習をしてくれているおかげで、異物に対する拒絶感は減った。それでも頭は重く、痛い。違和感も残る。それでも、通常の思考は可能だ。
「レベルの低い依頼では、求められる条件が少ない代わりに、先に取った者勝ちになっているのか……」
「美鈴ちゃんたちが朝から見てきたのはそのためだったのね。トオルくん、別エリアの紹介所に行ってみる?」
「いや、新入生の数を考えれば、恐らく今の時期はどこも同じくらい混雑してるだろ」
「え……じゃあどうしよう?これじゃ個人依頼は取れないよ」
「少しでも混雑が緩和される時間帯に出直すか、すぐにポイントを稼ぐのは諦めるかだな。長期的に安定した依頼を探していれば、チャンスはいつか来るかもしれない。まずは要望を出そう」
入り口は自動で開き、二人は紹介所の中に入った。ロビーには案内指示があった。
三階 A・Bランク
二階 C・Dランク
一階 E・F・Gランク
「個人のレベルによって階が違うのか」
「Sランクは書いてないのね」
「そんなにレベルの高い人が自ら紹介所に出向く必要ないんじゃないか。いくらでも、依頼の方から舞い込んでくるだろ」
「なるほどね。Sランクだけじゃなくて、A・Bランクの人も、紹介所以外でも受付や打ち合わせができるのよね」
二人は一階の案内所へ入った。すでにベンチで順番待ちしている心苗が数十人おり、座るところも全くない。
「やっぱり、こっちも混んでるか」
「とにかく要望書を出しましょう」
機元端のカウンターにマスタープロテタスを入れると、依頼要望書のフォームが映された。レベル欄にはすでにF級と書かれている。個人情報もほとんどが記入されており、依頼の要望欄を埋めればいい。職種、好み、報酬のレンジ、特技やスキル、実績履歴、自己アピールの欄がある。
――ぼくはロボット作りの経験があり、地球界ではロボコンで優勝実績もある。毎月3000ポイントは、高くないよな……?
機元パーツや機材の製造所のみを念頭に置き、トオルはフォームを記入していく。数分後、機元端による再鑑定が済み、個人情報のランクが一つ上がった。
――自己アピールのみで総合評価鑑定ランクが上がった。もし嘘でも上がるのか?いや、嘘だとばれれば評価が下がる可能性もある。心苗の人格を試しているのか?
要望書を提出するとすぐに、マッチング結果が投影された。件数は五つ。気に入った順位を記入することができる。
――パーツ作り系は錬成スキルがないとダメか。選択肢はほとんどない。やっぱり専門職の依頼を初心者が探すのは難しいか……。
諦めそうになった時、五件目の依頼がトオルの目に留まった。
機元パーツの製作所
概要:パーツ作りの弟子
報酬:毎月1000ポイント、出来高払い
トオルは依頼の詳細を見る。
依頼内容:
現場の格納庫貨物整理の手伝い。
急ぎの製品の配送。
現場の庶務手伝い等。
条件:
・機元作りに関心のある者。
・実物を作った経験がある者。
・学習に情熱を持っている者。
・レベル評価は問わないが、根性のない者は不可。
――これだ。報酬は少ないが、0から学べる。月謝代なしで専門技術が身につけられると思えば、苦労してでも……!ぼくは、ロボット……いや、機元作りの情熱なら、誰にも負けない!
トオルはこの一件のみ、要望書を送ることにした。
――よし、後は相談待ちだ。
向こうの機元端にいた依織が、「トオルくん、気に入る依頼はあった?」と呼びかけた。




