42.思いを交わせる所 ③
<お待たせしました、Mr.サモン。ご注文の「デカいハンバーグを添えたオムライスのスペシャル定食」をお持ちしました>
トオルが椅子の背にもたれかかって場所を空けると、機元が近付いてきた。保温棚のシールドが開かれ、機元は料理をトレーに載せる。アームを伸ばしてトオルの前に料理を置くと、フードカバーを回収した。
<どうぞお召し上がり下さい。それでは楽しい昼食を>
本当にウェイトレスが話しかけているような音声が聞こえ、機元は去っていった。
「まさか、アトランス界で郷土食が食べられるとはね」
「さ、食べてみろ、トオルくん」
トオルは頷いて、スプーンでオムライスを掬った。
「美味しい、本当にオムライスだ……」
「だよな。食材はアトランス界の物で代替しているらしいが、食感や味付けは完全に一緒だ。凄いと思うぞ。地球界出身者のニーズまで考えてくれているのはありがたいよな」
トオルはグラスをテーブルのボタンに押しつけた。青いソーダが注がれる。次はハンバーグを切った。肉汁が溢れだす。トオルは何度も頷いた。
「そういえば、トオルくんは空き時間に何か入れた?」
依織の皿にはもう、大きなエビフライの尾が二つと、わずかな千切りキャベツしか残っていない。依織は食後のスイーツに移行したようで、ケーキとアトランス界の果物に手を伸ばしていた。
「選修科目をいくつか受けることにした」
「そっか、機元作り関連の?」
「ああ、そうだけど、何故?」
「良かったら、一緒にシミュレーション戦闘訓練をしないかなと思って。私はいくつか、戦闘実技の基礎を取ったの。そしたら、授業以外の時間にも練習が必要だって先生が仰って」
「そうか……。ぼくは機元作りに集中したいと思ってる」
「トオルくんは戦闘系の授業は取ってないの?」
「うん、実技は取ってない。今のぼくは戦いに向いてないから。代わりに戦術とか、戦略知識系の授業を取ったけど……」
「一緒にやろうよ?戦闘法にももっと慣れないと、後々大変だと思うよ」
トオルは目を逸らした。
「……依織さんは、同じ授業を取っている心苗を誘った方が良いんじゃないか……?」
依織の顔が曇った。
「トオルくんもダメか……」
「戦ってみたいけど、今のぼく、そしてタマ坊やコダマでは、スペック的にこの世界の物に負けている。ぼくが依織さんの訓練の足手まといになるといけないから……」
「足手まとい……」
依織はケーキを頬張った。口は真横に結ばれたまま、失望の味を噛みしめている。
「何だ、訓練の相手が見つからないのか?」
依織がしばらく黙っていると、美鈴が代わりに答えた。
「依織お姉さんは源の使い方や戦闘訓練が初心者の中では上手だったんですよ。それで、依織お姉さんに声をかけられたクラスメイトたちは力不足だと断ったそうなんです」
「あっ、それは……ごめん、知らなかった……」
知らぬ間に地雷を踏んでいたのだと気付き、トオルは焦ったように謝った。
依織は笑顔を見せた。
「ううん、トオルくんのせいじゃないよ。……ただ、ちょっと源気を使っただけなのに、もう経験豊富みたいに思われちゃって。……私、ちょっと悪目立ちしちゃったかな?」
それが依織の気遣いだと分かり、穣治ははっきりと言う。
「いや、内穂さんのしたことは間違いじゃない。それに、この学園に通うには、ある程度の戦闘能力を備えていなければ、時に命に関わる」
「はい……」
「トオルくん、弱いダミー魔獣からチャレンジしたらどうだ?より良い機元作りのためには、実践のデータも大事だと思うぞ」
スプーンを持つトオルの手が止まった。
「反論の余地はない。だけど、今のぼくの体力じゃ、いつかまた倒れてしまうと思う……。タマ坊とコダマのスペックも、この世界では足下にも及ばない……」
「トオルくん……」
「お兄さん、落ち込んでいるんですか?」
「テクノロジーショックといったところか?ま、本当はスペック差があるかどうかは問題ではないと思うぞ。実際、君の作ったロボットはこの世界のテロリストたちから、人質を助けた。それは大きな戦績じゃないか?」
「いや……その話なんだが。あの時ぼくは自信作と言ったし、事実そう思っていたけど、あれはテスト不十分の出来損ないだった。逆に皆の迷惑になって、本当に申し訳ない……」
俯いたままのトオルを見て、三人は少し黙った。沈黙を破ったのは穣治だ。
「ふむ……。本当にそう思っているのか、トオルくん。おい、隼矢くん、何か言ってやってくれ」
それまでずっと黙っていた大輝だが、穣治に振られると、思い詰めたようにトオルをまっすぐに見た。
「あの時、コダマが応援してくれたおかげで、俺は源を充填する時間を稼げた。それでテロリストを何とか抑えられたし、美鈴を助けられた。俺のキャンパスでは、敵との交戦後、一つも役に立たなかったにもかかわらず、悪を倒したヒーローだとキャンパスでアピールしている奴もいる。お前はそんな奴よりもずっと頼もしかった」
「……昌彦」
昌彦らしい言動ではあるが、まさかアトランス界に来ても同じ調子だとは思わず、トオルはキャンパスでの様子を想像して恥ずかしくなった。
「まあ、自分の功績をアピールするのが良いか悪いかは問わんが、彼は道を拓くのが役割だった。一緒に戦ったことは事実だと思うぞ」
「……同じ左門でも格が違う。あいつにはきっといつか天罰が下る。お前はたしかに倒れたかもしれないけど、ギリギリまで戦った。……格好良かった」
大輝は低い声で言ったが、それは人を褒めるのに慣れていないせいだろう。初対面の相手に激怒するほど人間不信だった大輝だが、それが心からの賞賛であることはトオルにも伝わった。共に戦った仲間に礼を言われ、トオルは少しだけ報われたような気持ちになった。
「いや、こっちこそ、助かった」
「俺にも言わせてくれ。即席のチームだったから、俺はあの時、最初から皆のリスクを背負うつもりだった。互いのミスをカバーし、最大の力を発揮することがチーム戦でのテーゼだからな」
トオルは目を開けたまま、じっと穣治の言葉を聞いている。明るい音楽のようにトオルを元気付ける穣治の声が、ヘッドホンの中の耳を優しくくすぐった。
「あの時のテロリストたちとどれだけの技術差があるのかは分からんが、俺たちがチームで戦い、人質を救ったのは確かなことだ。だから、そう簡単にへこむなよ。君は自分の技術を活かすセンス、物事の洞察力、行動力に優れている。だから、スペックの差なんて、すぐに追いつけるだろ」
穣治の優しい声かけに、トオルは励まされた。
「……ありがとう。期待に応えられるよう、頑張ってみる」
――そうか、へこんでいる場合じゃないな。この世界の技術と知識、すべてを自分の力にした。そして、人々の役に立つ物を必ず作ってみせる。
トオルは深く息を吸い込んだ。目に力がみなぎっている。
「依織さん。シミュレーション訓練の話だけど、何とか時間を作ってみる」
「トオルくん、無理しないで?」
依織は自分が強引に誘ったことを内省していた。
「いや、金田さんの言うとおりだ。タマ坊たちのスペックを試すには、もっと戦闘データの収集が必要だと思う」
「じゃあ、付き合ってくれるの?」
「ああ、依織さんには退屈かもしれないけど、弱い魔獣からで頼む」
そう言ってトオルは硬い笑みを浮かべた。
シミュレーション訓練の話が終わると、トオルは食事を続け、依織は次の悩みについて穣治に訊ねている。




