40.思いを交わせる所 ①
長い廊下を歩き、階段を上って、屋上庭園までやってきた。低い垣に背を寄せ、目立たない場所で座り込む。ようやく一人になったトオルは、マスタープロテタスで選修科目を調べ始めた。
時間割を宙に浮かべ、必修の教養項目がない空き時間と、その時間帯にやっている授業を照らし合わせる。
――空き時間、結構多いな。どれが選べるんだ?それにしても、授業数が多い……。
選修科目には、知識系、生活系、戦闘実技スキル、専攻分野スキルの他に、四つの性質それぞれの基礎スキルや座学が学べるものなど、ざっと120科目以上ある。
――全て選ぶわけにはいかない。となると、興味があって好きなものを選べば十分だな。それに、APポイントを稼ぐにはバイトが必要だ。そのための時間を確保しないと。
トオルは機元関連の専攻科目を多めに選んだ。機元の構成と設計、アトランス界のプログラミング言語『指令回紋』の基礎と設計、材料錬成基礎、さらに必修科目には、フェイトアンファルス連邦の共通語の他に、人気のある言語を。他にも、戦術概論や想像実現、魔獣生物といった科目も選んだ。
元々体力がなく、運動音痴なトオルは、体力や運動神経によって実力が左右されそうな戦闘実技系の科目や、体術、アクションスキルなどは一つも選ばなかった。
「生身で衝突するような戦いは、ぼくには似合わないよな……」
そんなことを呟いていると、マスタープロテタスに一通のメッセージが届いた。
依織からだ。
――
金田さんが一緒に昼食を食べようって誘ってくれたよ、トオルくんも皆と食べない?
時間は昼の18時、アキカモンの食堂で集合です。
――
「分かった、ぼくも行く」と、トオルは簡潔な返信を送った。
トオルは今朝、穣治からも昼食を食べないかとメッセージをもらっていた。飛空船で共に戦った後、トオルは搬送されてしまい、まだ会っていなかった。自分も依織も世話になったのだから、お礼を言わなければと思っていた。
「次の授業は……あのタワーの教室か?」
トオルは彼方のビルを見上げた。
それからトオルは、機元構成と設計、『指令回紋』基礎という二つの授業を受けた。そのどちらもがあまりに面白すぎて、トオルは次の授業まで待てないほど好奇心を掻き立てられ、空き時間にはまだ教わっていない範囲まで図書館で自習をした。
タヌーモンス人の作った機元の計算法は8進位、通用言語の文字には39字ある。トオルは指令回紋の書き方に夢中になった。
指令回紋は、機元の機能を実現化させる役割があり、機元を動かすための説明書のようなものだ。
操士が物を作り、そこに色々な性質を与えていくとする。オリジナルのものは基本的に、作った本人しかその機能や特性を使えない。だから、他人のために何かを作りたい時、例えば商品化したり、量産化したりする時には、指令回紋が重要になってくる。
騎士が材料を提供し、魔導士が錬成系の章紋で素材を合成し、それが実際に機能する状態にするには、指令回紋が不可欠だ。
トオルが今まで地球界で学んだプログラミングも、無駄ではなかった。トオルはすぐに指令回紋の構造ロジックを理解できた。様々な実例を拾い集めているうち、トオルは自分でも何か書けそうな気がしてきた。
どうやら『指令回紋』は、主に二つの種類に分かれるらしい。
一つはオリジナリティーが強調されたもの。これは誰かにパクられたり、意図せず似たものになってしまわないように複雑化させることで、暗号化と暗証性を高めている。宝具のような特別な性質を持つアイテムの他に、建物や肝要な機関中枢の機元端に使われているのがこのパターンの『指令回紋』だ。
もう一つの種類はシンプルで分かりやすく、誰にでも書けるようなものだ。現存のものを土台に書き直すことで、発達、進歩する可能性を秘めている。主に量産化され、大量に出回っているようなアイテムに使われている。心苗たちが使うマスタープロテタスや錬晶球もこのパターンに含まれる。
図書館で参考書をめくりながら、トオルの表情に楽しげな色が浮かんだ。
――なるほど。地球界のプログラミングとも似ている。だけど、なぜ擬人回路《AI》を書くための参考書がないんだ?こんなに進歩した複雑なコマンドを滑らかに実行するには、AIなしにどうやって……?まさか、セキュリティーシステムや転送ゲートのナレーション、浮遊船の運行も全て、この世界では聖霊に任せているのか?
トオルは図書館の管理人にその質問をぶつけてみたが、怪訝な顔をされるだけだった。『指令回紋』が聖霊に宿り、何かを動かすというのは、この世界の一般市民にとっては当たり前すぎて、その理由など考えたこともないようだった。
――機元を作ってみたいな。ぼくでも機材の入手法はできるのか?
トオルは嶺電で、機元の入手法を調べてみた。
操士であれば、自分の源を使って物を作ることができる。発想さえあれば、そこに性質を付与するだけで、『指令回紋』がなくてもオリジナルの物を創造し、動かすことができるだろう。だが、それはトオルのやりたいことではない。
嶺電で調べたところ、機元の機材を手に入れる方法はいくつかあるようだった。
一つ目は、魔獣を倒し、拾った材料を交易所へ持っていき、希望する機材と交換する方法。
二つ目は、依頼を受けてAPポイントを稼ぐこと。この方法ではレベルによってレア機材の入手も可能だ。
三つ目は、操士が自分のオリジナル作品を企画考案所で披露すること。もしその作品に興味を持ってくれた個人や団体がいれば、スポンサーが付き、必要な資材を入手することができる。
四つ目は、人脈を作ることだ。例えば、機元パーツの製作所や、アイテムを量産している製造会社の仕事を受けるようになれば、いつか必要な機材を入手するチャンスがあるかもしれない。
トオルは頬杖をついたまま、天井を見上げた。
――二つ目と三つ目は、今のぼくには無理だろう。それに、一人で戦うことは向いていないから、魔獣を倒す方法はあまりにリスクが高く効率も悪い。必要な機材が揃うまでどれくらい時間がかかるんだ?……まあ、この世界に来たばかりで、すぐに希望通りの機材が揃うなんてあり得ないか。
そう簡単に機材が調達できるとは思っていなかったが、現実はやはり難しいようだ。それでもトオルは諦めずに、嶺電にタイピングしている。背中は自然と椅子から離れた。
――それなら、機元パーツや機材を作っているところの仕事を探すか……?現場に入らせてもらえるなら、機元の技術やノウハウも勉強できる。研究環境を整えるなら、安定的に機材が手に入るソースが必要だ。
マスタープロテタスが鳴った。
集中が途切れた。確認すると、依織からのメッセージだった。
――
どこにいるの?皆待っているよ。
――
トオルはハッとして、図書館の壁に映る時計を見た。すでに約束の18時を過ぎていた。
「マズい!集中しすぎた!」
慌てて機元端と嶺電をロックオフし、借りたい本を回収ポスト機元に送り、図書館を後にした。




