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39.基礎中の基礎 ④

 オリヴィアが一旦、説明を止めると、心苗たちは動き始めた。机の上で胡座をかく者、床に寝そべり涅槃のような格好になる者、正座する者、また、ヤンキー座りでオリヴィアを見上げる者、居合腰の者、開脚してストレッチする者までいた。

 さらには、どこの種族か分からないが、周囲が手狭なのを配慮するように宙に浮上し、両手で頬杖を突く天使のような仕草になって教室を見下ろした。


 リュークは席に座ったまま、長い脚を折って胡座をかいた。

 トオルは椅子の上で片膝を立て、片膝を寝かせた。この姿勢は、プログラミングを書く時の姿勢で、彼にとって最もリラックスできる姿勢だった。


「それでは、源気の訓練を始める。源気を出した後は、一点に集中するのではなく、全身にくまなく行き届くよう分散させなさい。準備のできた者から始めなさい」


 それは、これまであまり使ったことのない源気の使い方だった。トオルは体内で源気を使うよりも、体外のどこか、例えばロボットの一点などに源を集中させることばかりやってきた。


――どうする?とりあえず、源を出してみるか……。


意識を集中すると、両手に挟まれるように、彩度の低い青色、ほとんど灰色に見える源の玉が現れた。


――ここまでは良い。それで、次はどうする?


 源の使い方というと、これ以外のやり方が分からなかった。オリヴィアの説明だけではどうしていいか分からず、トオルはチラリとリュークの様子を窺った。彼は目も口も軽く閉じていた。そして、源気が薄い羽織りのように彼の全身を纏い、黄色い光を発している。


――彼はすでに源の基礎の鍛錬法をきちんと学んだことがあるのか?どうすれば彼のようになる……?


 トオルだけでなく、教室の中には上手くできずに戸惑っている心苗が他にもいた。頃合いを見て、オリヴィアはヒントを与える。


「上手くできない者は、源が頭から左手、左足、そして右足を通って右手へと、循環していく様子をイメージしてみなさい」


 説明と同時に、オリヴィアは手本を見せるように源を発する。アイスブルーの光は左手から少しずつ全身に広がっていき、やがて全身が源の光に包まれた。


「自分の力を転換しただけだから、害はなく、恐れる必要もない。空気を吸ったり、水を飲むように、ごく自然に、受け入れてみなさい」


 オリヴィアの教えに従って、教室のあちこちでオレンジや緑、光度の極めて低いダークパープル、金を帯びたレッドなどの光が発される。ニーアも桃紅色の源気を発した。キャロサーは白くて淡いピンクの光だ。源気の色は、色相の似ているものはあっても、教室のどこを見ても全く同じ色の者は一人もいない。光や色の強弱も、十人十色だ。


 トオルも他の心苗を見ながら、何とか教えられたとおりに試してみる。


――源の玉を電気だと思えばいいのか?まず、人差し指に入れて……。


 トオルは自分の体がICチップの回路基板になったイメージをしてみた。源気は回路を巡る電気だ。体外に集めていた源を、まずは左手の指先に意識し、掌、手首、腕、肘、そして胴体を通って脚に回り、右側へと全身を走るよう想像する。オリヴィアは一瞬でそれをやってのけたが、慣れないトオルは三分程かけて全身を包んだ。そうして一分間、その状態を続けていると、全身から大量の汗が噴き出してきた。


 教室を巡回していたオリヴィアがちょうどトオルのそばを通っていた。トオルは汗をだらだら流しながら、オリヴィアに訊ねた。


「先生、これで合ってるんですか……?ちょっとキツいです……」


「取り込む源気が少し多すぎるな。全身を軽く纏ったら、残りは宙に流しだしなさい。体はリラックスさせ、もっと呼吸をコントロールして。汗や疲労感、発熱、痛みなどが出るのは源が過剰になっている証拠だ。不調が出ないよう、リラックスすることを心がけてみなさい」


 トオルは呼吸を調節し、全身を纏っている源が肌から3ミリの厚さになるよう減らしていった。それはまるで透明なレインコートのように、トオルの体を外界から守っているように感じられる。

 次第に汗や熱っぽさといった症状がなくなり、暑くも寒くもない、絶妙に快適な状態になってきた。それはまるで、風の凪いだ水面をぷかぷかと浮かんでいるような快感だった。


 オリヴィアは自身も源を纏ったままで、まだできていない心苗一人ひとりに声をかけた。全員が源をコントロールできるようになると、オリヴィアは全員に呼びかけた。


「よし、皆いいか。今のこの状態が、『活化』或いは『アクティヴァ』という基礎スキルだ。これは、我々が源を使う際の最も自然体の状態だ。君たちの最初の目標は、この状態で日常生活を送れるようになること」


 源を纏ったままで、キャロサーが手を挙げた。


「先生、このスキルは何ができるんですか?」


「『活化』は、この状態から次の様々なスキルに展開するための基本スキルだ。スポーツマンが試合前にウォーミングアップをするようなものだな」


「なるほど~!キャロサーはいつもこの状態で森を走っているんですけど、ティンオ狼人族でも追いつけないほどのスピードが出ます!」


「ふむ、これは全身の細胞や臓器、筋肉など全ての機能を活性化することができる。つまり、源気を『活化』状態にすることが、最も自分の体を掌握できる方法ということだ。さらにこの状態から源を強くしていき、体に耐えさせる訓練を積めば、コントロールできる源気の基礎量を増やすこともできる」


――たしかに、頭の中がすっきりして、感覚も鋭くなってる気がする。源気はこんな風に使えるのか。この状態なら何日も寝ずにプログラミングできそうだな。


「では君たち、この授業が終わるまで『活化』の状態を保ちなさい。加えて今日は、錬晶球の訓練法を教える。全員、マスタープロテタスを出しなさい。錬晶球は札モードの状態で取り出せる」


 トオルはマスタープロテタスを取り出すと、札の表面に触れた。すると、札は液体のようになっていて、指を中に差し入れることができる。指に当たるものがあったので取り出すと、テニスボール程の大きさの金属の玉が出てきた。表面には何かの紋様が刻まれている。


「これが錬晶球?」


 リュークが胡坐をかいたままで手を挙げた。


「先生、商店街に錬晶球の専門店がありましたが、そこにあったものと、これは何か違いがあるんでしょうか?」


「君たちのマスタープロテタスに入れておいたのは、最もレベルの低い学習用のものだ。錬晶球は初級から始まり、修行用など、専用の性質を持つ色々なタイプがある。マスタープロテタスには別のものを入れておくことも可能だ」


 トオルは昨日、商店街でショーウィンドウに並ぶ錬晶球を見ていた。その時は細工が施された綺麗な球だとしか思わず、この世界の工芸品かと思っていた。表面の紋様はシンプルなものもあれば、植物や動物、人物が刻まれた高級感のあるものもある。


 錬晶球を取り出すと、マスタープロテタスからは紋様が失われ、ただの無個性な透明の札になった。それを見て、トオルは思わず呟いた。


「これは……ただの訓練道具じゃなく、マスタープロテタスのCPUチップと言ってもいい、かなり重要なアイテムなんじゃないか?」


「Mr.サモン、良い指摘だ」


 オリヴィアに褒められ、トオルは「はい?」と言って、目を丸くした。


「マスタープロテタスは、一定のレベルまで上がれば複数の錬晶球を入れることができる。しかし、君たちが修練に使った後、この錬晶球をしまうのを忘れてしまうと、マスタープロテタスの各種機能は使えなくなってしまう」


 トオルは他の心苗よりも存在感を消しているつもりだったのに、そんな自分の小さな呟きがオリヴィアの耳にしっかりと届いていたことに驚いた。あまり思ったことを口にしてはいけないと気を引き締める。


「では、錬晶球の使い方を教える。まずは『活化』の状態から、源の強さを倍に上げて、意識を玉に集中する。すると、錬晶球の状態が変わる」


――なるほど、いつもの使い方に似ている。源の強さを上げ、錬晶球に源を集中……こうか?


「いいか、錬晶球を使った鍛錬は、源を集中させるための初歩的な方法だ。どんなスキルの基礎にも繋がる。この感覚を研ぎ澄まし、熟練度を上げていきなさい。今後の君たちの頑張りは、この錬晶球が鏡のように偽りなく映し出す。努力すればしただけ、錬晶球は応えてくれるだろう」


 今度は自分の知っているやり方なので、トオルは少しだけ自信ありげに口の端を上げた。やる気も満ちてきていた。源を調整すると、薄い灰色のレインコートは濃度を上げ、纏っている光は6ミリまで厚さを増した。少し頭に汗をかいていたが、不快なほどではない。


 錬晶球を左手の上に浮かべていたが、右手を添え、両手の間に浮くように調整する。金属の固体だった玉は徐々に光になっていき、トオルの源の色と同じ灰色に変色してく。玉は次第にハンドボール大まで大きくなり、最終的には光度の低いエネルギーボールになった。


――錬晶球が、ぼくの源気に反応している?


 トオルはリュークを一瞥した。彼の錬晶球はトオルのものよりも倍近い大きさだった。ゴールデンイエローの光の周りに、フランス語の文字の輪がくるくると回っている。


 ニーアの方を見る。彼女の錬晶球は桃紅色のガラス玉になっていた。

 キャロサーのものは、最初は一つの玉だったが、十数個のピンク色の光に分裂していた。

 コーヒー色の肌の少年を見た。彼の錬晶球は深紅の火球になったかと思うと、炎がチーターになり、ヘビクイワシになり、クチナガワニになった。形が定まらず、極めて不安定な状態だ。


 反対側を見ると、リーゼロティの錬晶球は陽炎色の光の玉になっていた。それはまるで小型の太陽のようだ。

 ナティアの錬晶球は、青色と橙色が移ろい続ける不思議な色の玉になっていた。その周りを珊瑚でできた枝が編み込んでいき、工芸品のような出来栄えになっている。完全に形を変えている者はまだ少人数で、大半の人が、トオルのように光るエネルギーボールの状態だった。


 それでも、ほとんど全員が錬晶球と源を同期させることに成功していた。


「よし、いいぞ。錬晶球は、君たちの源と同期し、君たちの写し鏡になる。玉の反応の強弱により、本人の心身の状態、コントロールできる源気の強さが分かるだろう。一部の心苗にはすでによく反映されているが、錬晶球の反応は、君たちの性質に呼応している。」


 それからオリヴィアは、心苗たちの玉、一つひとつに目を光らせた。


「闘士の錬晶球はシンプルに輝く火の玉」


「操士のものは、自由自在に動かせるだけでなく、いろいろな物の形に変化する」


「騎士は球体から物質に変わり、見た目、温度、硬度の変化やエネルギー化など、物理的な変化を伴う」


「魔導士の場合は光の周囲に言語や紋章が現れ、回転している」


 オリヴィアの掌の上に浮いている錬晶球は、一本のサーベルに変化した。その剣は、青く光る氷のような金属でできており、刃と柄が一体になっている。


「複数の性質を持つ者の錬晶球は、そのすべての性質に反応しているはずだ」


 トオルは身体検査のレポートに書いていた複数の性質について思い返していたが、彼の錬晶球は灰色の塊だ。そう思っていると、心苗たちがざわつき始めた。


「先生、私の錬晶球、ただ光っているだけで、どんな性質も示していないんですが……」


「俺もそうだ」「あたしも」


 不安げな声を静めるように、オリヴィアが答えた。


「君たちの中には性質の反応がない者も多い。それは、錬晶球に与えた源が不足しているか、記憶の障害により、性質が反映されていないかだろう。これからしっかりと経験を積み、源気の強度を上げていきなさい。そうすればわずかでもきっと反応するようになっていく」


 トオルは一瞬、集中が切れてしまった。錬晶球はすぐさま元の金属の玉に戻った。


――源が足りないってことか。もっとだな!


トオルは二度目の集中に入った。源気を上げていく。

今度は鉄灰色の玉の表面に、0と1という文字が現れ始めた。トオルがさらに集中を強めると、玉の表面は無数の0と1に覆われた。0と1はトオルが宙にタイピングしていくように現れ、ランダムな並びで輪を描いていく。惑星の輪のようだった一つの輪は、二つ、三つと増えていき、玉を包むもう一つの球体の骨組みのように構築されていく。それは、プログラミングタグで組み立てられた星だった。


 他の心苗たちも、少しずつその人固有の性質が見えるような変化が現れている。

 それを見て焦る心苗もいた。


「……先生、私の錬晶球は、あまり変化が顕著でないんですが?」


「うむ、全体の源気をさらに上げる必要がある。だが、心配はいらない、今はまだ反応が弱いだけだ。大事なのはこの鍛錬法の作法を覚えることだ。『活化』をより高いレベルで行えるようになれば、必ず反応は強くなる」


 すでにコツを掴んだ様子のキャロサーがまた手を挙げた。


「ハーイ、次の課題はありませんか?」


「いや、今日はこの『活化』と錬晶球の鍛錬法、二つの課題にじっくりと取り組んでもらう。もし他にやりたいことがあるなら、残り時間は自由にしていなさい」


キャロサーは、「分かりました~」と言いながら集中を解き、素の状態に戻った錬晶球をマスタープロテタスに入れると、明るい声で教室中に声をかける。


「それでは皆さん、頑張ってくださいね~!」


 それだけ言い残すと、キャロサーは颯爽と教室を後にした。


 キャロサーを見送ると、オリヴィアは教室で鍛錬に臨む心苗たちを激励する。


「いいか、これまでに培った源気の感覚や経験値の差はあるが、君たちがそれを恥じる必要はない。もし恥じなければならないとすれば、修練法を知っているにもかかわらず、修行を怠り、成長が停滞している時だ。錬晶球の修行は毎日の日課としなさい。日々コツコツと鍛錬を続ければ、近い未来、成長は目に見えるだろう。錬晶球は必ず君たちの努力に応える」


 トオルはその後も30分にわたり、錬晶球の修行を続け、それから教室を出た。


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