38.基礎中の基礎 ③
数分の間に、7組58人のうち、3分の1が退席した。
その様子を見て、トオルが不意に呟く。
「思いの外、経験者が多いのか?予想以上に出て行った……」
「この世界で育った人たちは知識、経験値、情報量、どれも地球界出身者より恵まれていますからね……」
リュークは教室に残るようだ。
トオルはすぐにでもアトランス界のプログラミングのノウハウを習得したいと思ったが、今はまず源使いとして、最も基本のスキルやアトランス界の基礎知識を入れる必要がある。席を立った者たちを羨む気持ちもあったが、しばらくは大人しく、教室で授業を受けざるを得ないだろう。
だが、同じクラスメイトの中に多数の経験者がいたことは、教室に残る心苗たちに驚きを与えた。
「先生、私たち、彼らに追いつけるでしょうか?」
と、ニーアが残された者たちの不安を代弁した。
「焦る必要はない。英雄や達人の中で、基礎を学ばなかった者はいない。人はそれぞれ、才能も、成長のタイミングも違っていて当然だ。人生の目的も進むべき道も違う。他人と比べることなく、今は未熟であっても、自分の可能性を信じてしっかりと基礎を学びなさい。そうして弛まぬ努力で心身を磨いた者は、いつか彼らを追い越す存在になっていくだろう」
オリヴィアは教卓を離れると、心苗たちの方へと近付いた。
「さあ、源気の基礎授業を始めよう。まずは君たちがどの程度の知識があるか、確認したい。そうだな、君たちにとって源気とは何か、簡単な言葉で説明してもらおう」
一人の男子心苗が手を挙げた。
「はい。源気は、全ての生き物が生まれながらにして持っている力です」
「うむ、次」
女子心苗が手を挙げた。
「源気は、呼吸と意識、つまり命の反応があれば、どこでも見えるものです」
「それも正解だ。他には?」
「源気はエネルギーとしても使われています。機元、建物の結界、それから、飛空戦艦も。動力源としても不可欠です」
「うむ。間違いではないが、その場合、源を操る者がいなければ、動力核が反応しないことを補足しておこう。地球界出身の者の見解も聞かせてくれ」
「はい。源気は食べ物から摂取することができます。食事量を増やすことで、大量の源気を貯められます」
「飲食よりも効率的なのは、自然界から吸収するスキルを身につけることだ。ただし、これらのスキルには源を確保するための様々な方法がある。非常時にはやむを得ないだろうが、平時には他人の源を盗むようなスキルの使い方はやめなさい。まっとうな修行により、確実な源の摂取、持続を工夫することが望ましい」
赤髪の女性が手を挙げた。
「質問です。さっき、源気は誰でも持っている力だと言った人がいましたが、源使いにしか使えない力ではないでしょうか?」
「源に気付かない者はいるが、持たない者はいない。気付かない者たちの特徴は、保有する源気が少なすぎることだ。量と密度が閾値を超えれば、脳神経細胞に刺激が与えられ、誰でも『覚性』するだろう。また、源は人間だけでなく、石や樹木、魔獣などあらゆる生き物が保有している」
「先生、大人よりも若者の方が源気に目覚めやすいのは何故ですか?」
「成長期の若者は、大人に比べ感覚認知が固まっていない。閾値に達するための必須量、密度ともに大人よりも少なくて済むんだ。だから、生活の中で遭遇する何らかの刺激により『覚性』する者が多い」
トオルも自身が源気に目覚めた時のことは覚えていた。
3歳頃の記憶が、トオルにとっての最初の記憶だったが、その時すでに源気の存在を認識していたと、彼は思う。何百年と生きた樹木や、古くからそこにずっとある石には、トオルがその歴史を知らなくても、謎の光が潜んでいるように見えていた。その光は、風に吹かれた花粉のように、宙に散らばっている。特に春や夏はよく見る現象だった。叔父一家に連れられて海水浴に行った時には、水の中に珊瑚礁や海底から、水泡とともに謎の光の玉が浮き上がっていくのを見た。トオルはそれらを当たり前の自然現象だと思っていた。
そして、彼自身が源気を自覚して、その力を使ったのは5歳の時だ。幼稚園で経験した粘土遊びが面白く、家でもやりたいと思ったトオルだが、そんなものが買い与えられているわけもない。遊びたい欲求を抑えきれず、トオルは自分の手に意識を集中させてみた。すると、小さな青い光が掌に集まってきた。トオルは嬉しくなって、もっともっとと光を集める。それはすぐに団子のようになった。青い光だからと、トオルがペンギンを作り、喜び勇んで叔母のところへ持って行った。だが、そのペンギンは、叔母には見ることができなかった。
叔母はすぐにトオルを病院へ連れて行き、源使いであるという診断が下った。
その頃はまだ、源使いに対する弾圧は今ほど激しくはなかった。しかし、トオルが小学生の頃、源使いのための特別法案が破棄され、源使いの世界は一変した。トオルは叔父と叔母から、決して源使いであることを言わないようにと厳しく言われ、人前でその力を使うことも禁止された。
それでもトオルは家で一人きりになると時々、源で何か作ってみようと試すことがあった。不可解なのは、彼には源を光に変え、粘土をこねるように成形することもできるのに、それが一般人には見えないということだった。診断が下った後はローデントロプス機関に出入りすることもあったが、機関のエージェントでさえ、一部の者は探索機器を使わなければ観測できなかった。
学校では比較的大人しくしていたトオルだが、一方では擬人機械のコンテストで優勝を果たす。才能を見出したトオルだが、独自の研究には資金が必要だ。そして、叔父や叔母がトオルの研究を支えるはずもない。彼らは常にトオルを過小評価し、自由研究に毛が生えたようなものだと思っていた。実の子どもでもないトオルに投資するなどということは、彼らにはありえなかった。
また、歳を重ねるごとに光の粘土を作ることもできなくなっていった。トオルがペンギンを作った時のような青い光も、なぜか鉄灰色に変わっていった。
擬人機械の研究に変わり、トオルを魅了したのは、プログラミングの研究だった。独自の研究でプログラミング技術を磨き、中学生になると一人暮らしとアルバイトを始めた。生活レベルを底まで下げ、積み上げたわずかな貯金と、ずっと使わずに置いておいたロボコンの賞金で、トオルはようやく擬人機械の製作を再開する。その頃には、源気で動く動力核についても詳しくなっており、自分の源気で動く擬人機械を作るようになった。
トオルは頬杖をつきながら、「なるほどな」と何度も頷いた。自己主張の苦手なトオルにとって、質問の飛び交う教室は良い情報源だった。座っているだけで、知りたかったことがどんどん耳に入ってくる。
リュークも手を挙げた。
「源気は、その強弱によって、その人の居場所を知らせるだけでなく、感情や想い、また、何か合図を送っていることなどを読み取ることができます」
オリヴィアは感慨深げな笑みを浮かべてリュークを見た。
「ほう、一年でそこまで読み取れるか。その通りだ、機元センサーに頼れない場合は、源気を察知することで対象の位置だけでなく、その個性や背景まで読み取ることができる。ただし、この能力にはかなり個人差があるだろう」
ニーアがまた手を挙げた。彼女はきっと、自分のことをオリヴィアに覚えてもらいたいのだろう。すでに四回目の発言になる。
「源気はエネルギーですが、気体、液体、固体に変化させることも可能です」
「そうだな、自然由来の源気はエネルギー体だが、生物を介することで様々な状態に変化させられる」
ざっくばらんな授業だと分かり、気弱そうな女子も手を挙げはじめた。
「あの、先生。源気は細かくコントロールすることが難しいです。集中力が切れてしまうと、すぐに散ってしまいませんか?」
「うむ、個人個人の源気の性質というのもあるが、ある程度は修行により解決できる問題だ。では、質問が出たところで本題に入ろうか」
オリヴィアがそう言って、黒板に四つの円を映し出す。
「源気の性質は、基本的に四つの特性に分けられる」
オリヴィアが円を一つずつ差しながら説明を続けた。
「一つ目は、物の強化。特性としては、発散的かつ不安定であることが認められる」
「二つ目は、活発に動くこと。特性は、可塑的であることだ」
「三つ目は、変化すること。特性はそのまま、ある特定の物質に変化するということ」
「四つ目は、記録することだ。特性は状態の安定と継続性だ」
トオルはそれぞれの円を見つめ、その知識が自分の源にどう生かせるか、頭をフル回転させている。
「源使いの力を示す特性は、主にこの四つに分かれる。しかし、これらを複合的に持つ人もいるなど、かなり個人差が強い」
そこまで聞くと、ナティアが手を挙げた。
「どうした、Ms.ロレーラティス?」
「一度決まった性質は、もう変わることはないんでしょうか?」
「そうだな。多くの場合、先天的な性質が劇的に変化することはない。だが、後天的な要因で、メインの源気が一変したり、複数の性質が開発されたりする場合はある。君たちはまだ若く、経験も浅い。柔軟な源にはこれから変化が起きる可能性もあるだろう」
ナティアは強く頷いた。
「では、源気が何か、ある程度共有できたところで、源気の訓練だ。今から教えるものが、基礎の基礎になる。座ったままでも立ち上がっても良い。一番楽な姿勢でやってみなさい」




