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35.色鮮かな個性が集まる教室 ④

いつの間にか、教室は満席になっていた。そして、ステージの右側の扉が開き、女性が一人、入ってきた。170センチを超える長身のその女性は、肩に濃い紫色のジャケットを羽織っている。長い袖が揺れ、二列に並ぶボタンが見えた。ジャケットの中はフィット感のあるボディースーツが覗き、胸元には盾の形のエンブレムが見えている。エンブレムには聖霊が描かれ、頭には兜を被り、下半身は雲に囲まれていた。

 女性は胸元で両手を交差させて立った。その両肩には、大きな翼の紋様が入っている。

 目鼻立ちのキリッとした美しい顔の女性は、意志の強い凜とした眉が印象的だ。女性の存在感に気圧され、教室内の騒がしい空気は一瞬で澄み切った。


「あのジャケット……ヴァルキュリティヤス所属の方しか着られないものじゃないですか?」


「ヴァルキュリティヤス?」


 そう言ったのは、ローズブルーの髪の毛を左右二本ずつの三つ編みにした女の子だった。彼女は目をキラキラさせて、憧れの眼差しを女性に向けている。それを聞いて、隣にいた赤髪から珊瑚のような角を生やした別の女の子が「ヴァルキュリティヤス?」と訊いた。


「ご存じないですか?ヴァルキュリティヤスは、ロッドカーナル学院の中でも長い歴史を誇る騎士団の一つです。所属する全員が女性で、エリートの頂点と言えるくらいの精鋭ばかりが揃っているんですよ」


「……そんな凄い人がどうしてここに?」と、赤髪の女の子も、女性を見た。


 女性はその質問に答えるかのように、教卓の前に立つ。そして、全員に向かって呼びかけた。


「騒ぐのはそこまでだ。全員、席に着きなさい」


 威厳のある声が、教室の空気を支配した。まるで市場のように賑やかだった教室から、一瞬で音が消える。


 女性が教卓に触れると、出席リストが映し出された。


 リストを出したまま、女性は視線を心苗たちに向け、左から右へと、全員をつぶさに見た。


「本日より、君たちの担任教諭となった、オリヴィア・ライラー・コンスタンプルだ。今学期が終わるまでの付き合いだが、よろしく」


 ローズブルーの髪の女の子は、憧れに満ちた目のままで手を挙げた。


「先生、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」と、その場に立った。


「何だ、ニーア・ヘルスベット」


「先生がお召しになられているのは、ヴァルキュリティヤス騎士団のジャケットでしょうか?」


「そうだ、在学中に所属していた。それがどうした?」


 圧の強いオリヴィアに、ニーアは少し気圧されて、声が小さくなる。


「あの、先生が、卒業後もジャケットを着ていらっしゃるのは……?」


 対するオリヴィアは、堂々と胸を張ったままでニーアの質問を聞いていた。その様子は雪の中に咲く麗しい花のようで、その場に居合わせた心苗たちが皆、虜になってしまうような美しさだった。


「ああ、これは自分にとっての誇りだ。卒業後も騎士団のジャケットを着ることは、我々騎士の中ではよくあることだ。さて、個人的な質問や騎士についての話は放課後にしよう。7組58人、全員が揃ったようだから、早速ホームルームを始めようか」


「分かりました」


 騎士への憧れを募らせたように、ニーアがうっとりとした表情で着席した。他の心苗たちも、ホームルームと聞いて、オリヴィアに注目した。


「まずは皆にマスタープロテタスを配る」


 そう言って、オリヴィアは掌サイズの箱をジャケットの裏から取り出した。その蓋を開けると、中から金属製のスーツケースを引き出す。教卓の上で開くと、そこに水晶札が重ねられていた。


「名前を呼ばれた者からここへ取りに来い。ゴルジェーエヴィチ・アストロン」


「おう!」


 呼ばれたのは、2メートル超えの巨体を持つマッチョ男だった。


「セレスティア・メイア・サキュバスラ」


「わたくしの番ね」


 次が薄青の肌にダークブラウンの長髪を揺らす、コウモリ翼の女性。


「ケニー・ノーランド」


「イェス!」と、空手の道着を着た青年が返事をする。


「キャロサー・ホロロ・エンブリリム」


 呼ばれた銀髪の少女は、ウサギ耳をビクリと動かし、手を挙げた。


「ハイハイ!キャロサーはここにいます!」


 キャロサーはノースリーブのピタリとした服を着て、胸の谷間とへそがかなりよく見えている。下は太ももからお尻の辺りまで、スカートのような鎧に包まれ、その中にほとんど丈のないホットパンツを着ている。彼女は挙手した後、机の天板をグッと押し、足で軽く床を蹴った。そして、前の列にいる心苗の頭上を飛び越えていき、一瞬にして教卓の前まで辿り着くと、両手を丸い尻尾に添えて、うやうやしくお辞儀をした。


 オリヴィアは、水晶札を一人ひとりに、丁寧に両手で渡すと、また次の心苗の名を呼ぶ。


「リューク・アルベール」


「ウィ、センセイ」


 リュークが挙手し、前に出た。


「ナティア・ラムラ・ロレーラティス」


リュークの次は、珊瑚の角を持つ少女だ。甲高い声で「ナティア、参ります!」と言って立ち上がる。


 こうしてクラスメイトの一人ひとりがマスタープロテタスを手渡されるところを、トオルはぼんやりと見ていた。いかにも丈夫そうな男もいれば、森の妖精のように可愛らしい少女もいる。幻の中にいるような、個性的なクラスメイトたちを見ていると、トオルは少し気が遠くなってきた。現実感がなかった。


「次は、左門トオル」


 ぼうっとしていたトオルには、オリヴィアの声が聞こえなかった。また、頭の中で軽く火花が散った。


(トオル様、先生が呼んでいるよ)


 リーゼロティの声で現実に引き戻されたトオルは、彼女の方を一度見てから、教卓に視線を移す。


「左門トオルはいないのか?!」


「はい、ここにいます!」


 オリヴィアは声のする方を見ると、大声で呼びかけた。


「ボケッとするな!いるならとっとと取りにきなさい」


「は、はい!すみません!」


 トオルは慌てて立ち上がり、小走りになって階段を降りていった。

 だが、他の心苗たちには手短にマスタープロテタスを渡していたのに、オリヴィアはトオルにだけそれを渡さず、瞬きもしないでじっと見ている。


「自分の作品をアピールしたい気持ちは分かる。そしてその自由は尊重されるべきだが、授業中に勝手に騒ぐような真似はさせるなよ?」


「えっ?」


 トオルが振り向いたと同時に、くるぶしに何かが当たった。ふと足元を見ると、タマ坊が付いてきていた。オリヴィアの強さを感じ取っているのか、怯えた犬のように主人の足元に隠れている。

 トオルは「やってしまった」と気まずさを覚えながら、オリヴィアに頭を下げた。


「すみません。躾の設定はできているので、誰かの邪魔をすることはありません」


「そうか、なら構わん。これは君の物だ」


「はい、ありがとうございます」


 心苗たちの視線が浴びせられているのを感じ、トオルは俯いたが、クラスメイトたちには名前と顔が知れ渡っただろう。


 トオルはオリヴィアから水晶札を受け取り、さっとタマ坊を拾いあげる。脇の下にタマ坊を挟むと、そそくさと席に戻った。


「タマ坊、待機モードだ」


 席に着くと、トオルは顔を伏せて小さな声で呼びかけた。タマ坊は球体になる。

 それを見たリュークが、こっそりと声をかけた。


「お利口な擬人機械ロボットですね」


「いえ、プログラミング通りに動いているだけです」


「手作りの擬人機械をしっかりとコントロールできるというのは凄いスキルですよ」


 その言葉は、プログラマーにとっての褒め言葉だ。


「ありがとう」と、トオルは照れくさそうに言った。


 周囲の心苗たちもタマ坊に興味を持ったようで、トオルの方を見ている。

 銀耳のキャロサーが顔を寄せた。


「サモンさん、それはなんという生き物ですか?」


 目立ちすぎた、とトオルは浮かない顔でキャロサーの問いかけに渋々答える。


「地球界では絶滅した、センザンコウという生き物を模しています」


「そうなんですね、本物は人も食べるんですか?」


「え?いや、食べないと思うけど……」


「ふ~ん、後でお姉さんにも見せて頂戴ね、機元坊や?」


 セレスティアの目を見ていると、どうにも誘惑されているような気分になる。


「あ、はい……また後で……」と、トオルは何とか頷いたが、少しだけ頬が熱くなった。


 ホームルームが始まって数十分が経ち、7組の全員が自分のマスタープロテタスを手に入れた。


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