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34.色鮮かな個性が集まる教室 ③

(うぜえうぜえ、こいつマジうぜえ、俺をコケにしやがって。さっさと死ねばいいのに!!)


(これは逆効果ですね……。この方、一度もご両親から躾を受けていないとは、よほど不幸な環境で育ったんでしょうか?もしくは、他者からの助言を悪意と取り違える文化圏で育った……?私も言葉遣いにもっと気を付けなければ、不意に傷つけてしまうかもしれないですね……)


(あの人たち、なんて騒がしい……何かあったのかしら?)


 別の人物の声も聞こえてきたが、それが誰のものかは分からなかった。


「Mr.イシイ、あなた、面白い表現をされますね?もしかしたら、お笑い芸人の才能があるのかもしれません」


 火が付く間際の導火線のようだった二人の空気は、リュークの言葉で一変した。


(は?俺が、お笑い芸人?こいつ……何なんだよ)


 喧嘩を売ったつもりが、これまでにない返しのせいで、春斗にはどう反応すればいいのか分からなくなった。相手の真意が分からない以上、怒って良いものかも分からず、妙な気分にさいなまれ、語気も失速する。


「……俺は別に、お笑い芸人になりたいなんて、考えたこともねぇよ……」


 二人の様子を見守っていたコウモリ翼の女性が、春斗に声をかけた。


「あら、良いアドバイスじゃない?「金毛白豚」というのは、あなたのオリジナルの造語なのかしら?」


 美しい銀髪にウサギ耳を生やした少女も、純粋な目で春斗に問いかける。


「豚というのは何ですか?着られるものですか?」


「は?生き物だけど……?」


「どんな生き物なんですか?」


 どんどん話が変わっていき、次第に春斗は怒りの感情を薄れさせていく。


「豚は、四本足で、首のない、太った生き物だ……」


 少女が首を傾げると、ウサギ耳が揺れた。頬に手を当てて「うーん」と言いながら想像していたが、すぐに笑顔になって春斗に言った。


「ちょっとキャロサーにはイメージできないですね……。でも、もしあなたがお笑いを強みにしたいなら、クラスメイトとして、しっかり推さなければなりませんね?」


 一連の会話を聞いて、両手を炭色に染めた男は、春斗はリュークに悪口を言ったのだと分かっていた。そのうえで、教室中に聞こえるように盛大な呼びかけをする。


「そうかそうか。おい、野郎共!俺たちのクラスにお笑い芸人が誕生したぞ!Mr.イシイ。彼の芸名は「金毛白豚」で良かろうか?」


 人間の心苗たちが中心となり、盛大な拍手が巻き起こる。


「「「「賛成!!」」」」


 登校初日、授業が始まるよりも前に、白井春斗はペルシオン7組のお笑い芸人となり、「金毛白豚」として公認された。

自ら投げ出したブーメランに刺された春斗は、顔を赤黒くして怒鳴った。


「やめろよ!!俺は金毛白豚なんかじゃねぇよ!」


 コウモリ翼の女性が、思慮深い笑みをたたえたまま、春斗に訊ねた。


「あら、あなたのオリジナルの造語なのに、どうしてそんなにお嫌なの?本当は何かお下品な意味でもあるのかしら?」


 春斗は目を逸らし、言葉を濁す。


「別に、そういうわけじゃ……」


 炭色の手の男は、たじろぐ春斗を見てさらに豪快に笑った。


「それならお前、もっと気に入る芸名を考えないとなぁ?お前ら、何か良い名前を付けてやってくれ!」


「彼は痩せているから、タイニーボーイはどうかしら?」


「それじゃつまらないわ、お笑い芸人なんでしょう?もっとユニークな名前が良いんじゃない?」


「例えば?」


「そうね……金髪だから、ゴールデンくさ、なんてどう?」


 初対面の女子に「くさ」と名付けられ、さすがの春斗もショックを受けている。


「くさ……?俺が、くさ……」


「でも、金毛白豚の方が、パワフル感があるわ?ねえ、自分ではどっちの方が良いの?」


「ど、どっちでも……」


「ねぇ!Mr.クサクサハルっていうのはどう?」


 あまりに酷い名付けに、春斗は顔面を凍らせている。


「お、おい、もう、この話は良いだろ……」


「そこまでにしましょう。私は一応提案しましたが、本気でお笑い芸人を目指すかは、Mr.イシイの意志次第でしょう。芸名が決まれば良いだけではありません。お笑い芸人になるのは、簡単なことではないですよ」


(クソ、ただこいつを子分にしたかっただけなのに、何でこんなことになってんだよ!!)


 一触即発の空気は、リュークが笑い話に変えたことで一変し、周囲のクラスメイトたちも楽しげに笑っていた。この間、トオルはずっと黙っていたが、唇の端を少し浮かせた。


――空気が変わった。こんな対応もありなのか。この人、只者じゃない……。


自業自得のコメディ活劇を始終堪能したトオルは、クスリと笑った。


(クッ!こいつ、今笑いやがった。舐めやがって……!!)


 春斗はトオルの肩に手を置くと、少し力を込めた。そして、トオルの耳元に口を寄せると、悪魔のように囁く。


「なぁお前さ、どっちの味方に付く?まさか、ニッポン出身の同胞を裏切るわけねぇよな?次にふざけた真似したら、ただじゃ済まさねぇぞ」


 トオルはその言葉にゾッとして、黙ったままで目を見開いた。


「今後よろしくな、左門トオル」


 春斗はもう一度、トオルの肩を強めに叩くと、何もなかったかのように去っていった。トオルは鳥肌を立て、言葉を失った。


「Mr.サモン、大丈夫ですか?他人を自分の思い通りに動かしたいからと、その人の価値や功績を踏みにじる者はたくさんいます。彼はそういう人ですよ」


 トオルは冷や汗に気付かないふりをしながら、リュークの方を見て、「そうですか……」と生返事をした。そんなトオルの様子を見て、リュークは眉をひそめる。


「Mr.サモン?さっき彼に何か言われましたか?」


「いえ……何でもないです……」


 トオルはとっさに否定した。

 だが、トオルには、18年近くかけて築かれた「地球界の日本人である」という自分の中の概念を簡単に壊すことはできなかった。異世界で同胞と出会い、助け合うことはトオルにとって魅力的であり、逆に同胞を拒絶したり裏切ることは、申し訳なく、トオルにとっても苦しみに感じられる。もし裏切ったなら、何か報復があるのではないかという恐れも加わり、トオルは春斗の言葉を受け流すことはできなかった。


 頭の中で散る火花の感覚がさらに強くなった。


(何て怖い人、同胞を思い通りにするため、あんなふうに接して……。あの人、大丈夫かしら……)


 強く響く声を聞いて、トオルはハッとしたように教室を見回す。そして、赤茶色の髪の毛をした少女を見つけた。少女は大きなウェーブの艶々とした髪をハーフアップにまとめ、その両側に髪色と同じ赤茶のケモ耳を垂らしている。オフショルダーの白いワンピースを着て、腰には黒いリボンを結び、リボンの結び目には楕円形の石が付いた、可憐な装いだ。トオルが彼女と目を合わせると、少女は恥ずかしそうに体を縮こめた。


(え?ウソ、気付いた?タヌーモンス人っぽいのに、でもこの人、耳に何か付いてる。……もしかして、念話を聞くことができるのかな?)


 トオルはクロディスから、他の人と念話する方法を教わっていた。何か物を考える時のように言いたいことに集中し、念話の相手と目線を交わすのが、分かりやすいやり方だ。それで相手の意識と繋がることができる。慣れていれば会話と念話の両立もできるそうだが、トオルはクロディスと念話で話す練習を試している段階だった。


(今のは、君の心声か?)


 少女は頬をピンク色に染めたまま、照れくさそうに微笑むと、逸らしていた目をトオルと交わした。


(はい……あなた、やっぱり聞こえるのね)


 少女は恥ずかしげに胸元で柔らかく手を振ってみせた。


(君もミーラティス人のハーフ?)


(はい。お父様がネイルオム族で……あの、あなたは、サモントオル様とお呼びしていいの?)


(トオルで良い)


(トオル様はどちらのルーツなの?)


(……一応、ピュトリティス族の血を継いでる。君の名前は?)


(リーゼロティ・ヘムス・ヌーヌよ、お会いできて光栄です。トオル様)


 リーゼロティはさらに微笑み、ウェーブの髪をくるくると触った。


(リーゼロティと呼べば良い?)


「Mr.サモン、しっかりしてください!」


――ダメだ……意識がぼうっとして……。さっき、彼に何か暗示でもかけられたのか?


 現実の会話と念話の両立が、トオルにはまだ難しかった。


 リーゼロティがトオルの周辺に視線を泳がせる。


(リーゼって呼んで。ねぇ、お隣の方が心配しているよ?)


(隣?)


 念話での交流は、わずか三秒ほどのことだった。


「……あ、えっと、何ですか、アルベールさん」


「少しぼうっとしているようですが、大丈夫ですか?」


「あ……ちょっと、考え事を……。あの、石井さんのことはもう気にしてない」


「強がらなくても良いですよ、Mr.サモン。あなたが人を救ったことは、誇れる功績です」


 リュークはそう言ってくれたが、トオル自身、あの時のことは苦い思い出だった。


「……いや、彼の言ったことは間違いじゃない。テロリストとの交戦中に倒れ、助けに来てくれた先輩たちに迷惑をかけたのは事実だ……」


「いいえ、私たちが未熟だと先輩たちは分かっているはずです。大切なのは動機ですよ、Mr.サモン。力が弱くても、できる限りの力を出して、より弱い者を救いたいと思ったわけでしょう。それはあなたが持つ素質であり、騎士の本懐と言えるでしょう。素晴らしいことです」


 他人に褒められることなど、トオルには初めてだった。嬉しいのか、気恥ずかしいのか、まだ自分を認められないような気持ちもある。


「き、騎士の本懐だなんて……ぼくには勿体ない言葉だ」


「流石、謙遜な方ですね」


「ははは…そうかな……」


 褒められすぎたせいで、トオルの表情は硬くなり、不格好な笑みになった。


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