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33.色鮮かな個性が集まる教室 ②

 トオルは少年の心脈を聞きながら、朝クロディスがトオルのために用意してくれていた翻訳ジュースの効果を実感していた。クロディスは、どんな言語も自分の母語として聞こえると言っていたが、本当らしい。

 少しホッとしながら耳に意識を集中すると、澄んだ空の下、颯爽と秋の風が吹いていくような音がした。


 欧米人が声をかけてきたことを意外に思ったトオルは、少しどもりながら頷く。


「あ、はい」


「リューク・アルベールです。地球界、フランス出身です、君の名は?」


 リュークが手を伸ばし、まっすぐにトオルを見た。馴染みやすい笑みを浮かべているが、凜としていて、品がある。トオルは「手を伸ばさないと何も始まらない」というクロディスの言葉を思い出し、思い切ってその手を握り返した。


「左門トオル、ヒイズル出身です」


「ニッポン人ですか。お会いできて嬉しいです。えっと、初めまして、よろしくお願いします」


 手を放したリュークは、慣れない言い方なのか、途中で少し詰まりながら挨拶をし、それでもやはり不安だったのか、トオルの表情を探るように見た。


「うちの執事に教わったのですが、言い方に間違いありませんでしたか?」


「問題ないんじゃないか……」


「良かった。同じ7組に通う者同士、今後ともよろしくお願い申し上げます」


「……よろしく」


主人が握手をした相手と認識したタマ坊が、リュークに反応した。


「見たことのない擬人機械ロボットですね。君のオリジナルですか?」


「まぁ。君は擬人機械に詳しいの?」


「あまり詳しくない分野ですが、生家では重労働の家事のために導入していましたよ。この擬人機械は、普通の操士が作ったものとは違いますね」


「え、どこが違う?」


「普通のものは、全体に気配が分散しています。君のは一点に集中しているように感じます」


「源気の強弱を細かく感知できるなんて……君、経験者なのか?」


「いえ、簡単な治療系章紋術しかできませんよ」


「『章紋術』ってことは、魔導士?」


「そうです」


 地球界が新暦を迎えた頃、アトランス界からある知識と技術が伝来した。それは、『章紋術』と『錬金工学』を再構築した専門技術だ。遙か昔、これらに似た技術は地球にもあったようだが、今はアトランス界由来の新技術として、新たに研究が始まっている。その技術に長けた専門職として、地球界では錬術士が活躍していた。


 錬術の分野は、トオルは少し疎く、一般人程度の知識しかない。


「……地球界で錬術士と呼ばれる人と、アトランス界の魔導士とは何が違うんだろう?」


「錬術士は連邦政府機関の試験に合格し、ライセンスを取得した者だけがなれる専門職です。ですが、彼らは地球界の政府によって開示され、許可された術のみ扱うことを認められています。この世界で活躍する魔導士は、もっと自由に『章紋術』の開発や改造、さらに高いレベルの研究も認められています。そもそも錬術士は章紋を唱えることもなく、術式回路に組み込んだアーティファクトで術式を展開するだけですから、効率やパワーにも制限があるんです」


 手を顎に当てて、トオルは呟いた。


「それはつまり、権限のレベルが段違いってことか……」


 魔導士は自分の源をインクとして術式を綴り、発動させる。古今東西、すべてのルーツの術式が整理・帰納され、『章紋系統術』と統一して呼ばれている。


「ぼくは操士なんて立派なものではない。ただ源を擬人機械のエネルギーとして使っているだけで、実際、ぼくがどんな性質に恵まれているのか、まだぼくも知らないんだ」


「それはこれからが楽しみですね」


 リュークは激励の言葉をくれたが、笑顔を見合わせた時に一瞬、何か切ないような、欲望に駆られたような脈音が聞き取れた。わずかな揺らぎ程度の脈音は、すぐに澄んだ秋風のようなパターンに切り替わる。トオルはそれがどんな感情なのか、初めて聞くパターンが気になった。その時、通路側から別の声がトオルに向けられた。


「お前、飛空船でテロリストに抗った連中の一人だよな」


 見下すような口調を聞いてトオルが振り返ると、二十代前半くらいのヤンキーが立っていた。

彼はベリーショートの髪の毛をブラウンとゴールドに染めている。左の耳に付いた黒銀の太いノンホールピアスは、何か文字をモチーフにしているようだ。顔も体も全体的に細長く、その体にフィットした軍服風のジャケットを着ていた。右胸には四つのボタンが線を描いている。

 男の脈音は、妨害電波越しにかろうじて受信したラジオのように粗く、トオルは猫が毛を逆立てるように肩をあげた。


「どちらさまですか?」


「俺は石井春斗だ。まさかこのクラスに他に日本人がいるとは、意外だったな」


「飛空船の一つがテロリストに乗っ取られ、新入生が人質になったとニュースで聞きましたが、その話ですか?」


「そうだ」


 春斗の答えを聞くと、リュークは目を大きく開き、トオルに向き直る。


「Mr.サモン、そのお話、詳しく聞かせていただけませんか?」


 目立ちたくないトオルは、かいつまんで適当に答える。


「たまたま知り合った人たちとともにテロリストと戦ったのは事実だけど、それはぼくの友人がテロリストに囚われたからで……」


「そうでしたか、それは良いことですね」


「でもお前、ちょっと出過ぎだぜ。連中の真ん中に飛び込んだくせに、ボス戦真っ只中で倒れただろ。格好つけで迷惑をかけるウザい野郎だ」


 トオルは彼の心情を読み取る。人の努力や成功を妬む人の典型的なパターンだ。普段は無害でも、成功者が隙を見せた瞬間、蹴り落とそうとする。かつて、ロボット大会で受賞した後、トオルは周囲のそういう人物から嫌がらせを受けた。


 これはただの皮肉だと、トオルには分かった。挑発には乗らない。暴力を振るえば立場は逆転する。トオルは無言のまま、春斗を睨んだ。


「何だ、真剣な顔しやがって。俺はお前のために言ってやったんだ、力がないならヒーローごっこはするなって。同じ日本人として、見てて恥ずかしかったぜ」


「Mr.イシイ、ちなみにその時あなたは、どこで何をしていたんですか?」


 そう聞かれると、春斗は急に目線を逸らし、声のボリュームを落とした。


「あ?……俺は、人質になってたけど?」


「そうでしたか。これは私の意見ですが、安全な時になってから非難する人よりも、命がけで周囲の人を助けられる人の方が、覚えられやすいと思いますよ」


 リュークに急所を突かれ、春斗は叫んだ。


「お前、俺に説教するつもりか?」


 リュークは激高する春斗を特段気にする様子もなく、平穏を保っていた。


「勘違いさせてしまったんでしょうか?私は自分の主張をしただけですよ。それをどう聞き取るかはあなた次第ですが……あなたは人の命を救った者を認められないんですか?」


 リュークはマイペースなまま、堂々と春斗に向き合って、焦ることなく自分の見解を口にした。そして、「人名救助を否定する者とは、どんな人物だろう」と思った周囲の心苗が春斗を振り向く。射られた矢のように目線が集まり、春斗はそのプレッシャーに圧された。


「は?話すり替えてんじゃねぇよ。親にすら一度も叱られたことのない俺に、よくも言いたい放題説教垂れてくれたな。どこの出身か知らねぇけど、調子に乗るなよ、この金毛きんもう白豚め」


 その時、またトオルの脳に火花が散り、リュークと春斗の声が脳内に響いた。


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