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32.色鮮かな個性が集まる教室 ①

 翌朝になり、トオルがペルシオンへ通う初日だ。中央学園エリアの南西に、ペルシオンはある。8階建てのその校舎は、ダンベルのような形をしており、ダンベルの持ち手部分になる、建物と建物を繋ぐ場所には、一階から屋上まで、7つの蹄鉄が一定間隔で取り付けられていた。

 ダンベルの錘となる両端の校舎は、五角錐の下半分だけを切り取ったようにどっしりとしている。それぞれの屋上には庭園があり、校舎の隣に建っているツイストドリルのような15階建てのビルがよく見えた。他にも敷地内に、広場や芝生、人工の池などがある。


 東西二棟に分かれたペルシオンは、どちらも8組まである。トオルが通うペルシオン7組は、東棟の二階にあった。トオルは昨日買ったばかりの地味な灰色のフルジップパーカーと黒のVネックシャツを着ている。パーカーは絹のように柔らかく、レザーのように光を反射する、地球界では見たことのない素材でできていた。トオルの歩くペースに合わせ、タマ坊が床を這っている。


 トオルは西棟から東棟に向かって、長い廊下を歩いていた。地味な服装だったが、タマ坊を連れているせいで、他の心苗からの視線が集まってくる。多人数から視線を向けられることに慣れていないトオルは、緊張した面持ちで少し早足になった。

 向こう側からやってきたボディースーツの女性がすれ違った時にタマ坊を見下ろし、興味ありげにトオルを見ると、ニコリと微笑んだ。


「可愛いね」


 ぱっと見は5歳以上上の女性だった。化粧をした妖艶な目と目が合い、魂が吸い取られそうになる。どう返事をすればいいかわからず、トオルは「うん」とビクビクしたように小さく頷き、そのまま前に進んだ。顔が熱い。誰にも目を合わせないようにして、床だけをじっと見つめてペースアップする。


 タマ坊を連れてきたのはクロディスのアドバイスを受けてだったが、こんなに恥ずかしい気分は、小学生の時、擬人機械で賞をもらった時以来だ。


 トオルは朝のことを思い出す。リビングでソファーにかけて靴を履いていると、正装に着替えたクロディスがタマ坊を抱きしめて言った。


「タマ坊を一緒に連れていくと良いよ、きっとトオルの役に立つから」


「……いいよ。もしも目立ったら、嫌な奴から目を付けられるかもしれない。せっかく異世界まで来たのに、登校拒否にはなりたくない」


 小中学生の頃、トオルは何度も虐められてきた。目立つ行動は極力控え、教室では存在感をなくすようにする。それがトオルにとって、集団生活を無難に過ごすための生存術だった。


 ネガティブなトオルの言葉にも、クロディスは温かい笑みを絶やさない。


「トオルは地球界の経験に囚われているんだね?セントフェラストは、強烈な個性を持った人の集まりだから、入学して初日に誰かを傷つけたなら、その人こそ精神的に幼いと思われて、かえって孤立してしまうかもね」


「いや……酷いやつがいたら、見えない場所でやられるかもしれない」


「そんなことが起きる前に誰かが止めに入るはずだよ。タヌーモンス人の社会は助け合うことが前提だから。力のある人なら誰でも、助けに入ってくれるよ」


「そんなことになったら、誰かに迷惑をかける。目立つことさえしなければ問題は起きない」


「トオルは考えすぎだよ。そんなに考えてたら、仲良しになれるはずの人もライバルになっちゃう。イトマーラに来るまでの間に知り合った人たちとは良い関係なんでしょう?」


「……彼らの心脈から目的や感情を読み取った時、悪人ではないと分かったから、何とかなっただけ。他の種族の人には通用しないかもしれない」


「昔できた心の傷が残っているのは分かるけど、色眼鏡をかけてしまったら、誰とも友だちになれないよ?セントフェラストでできた友だちは、ウィルターにとって重要な宝だって、先生や先輩たちがよく言ってる。この時期なら、仕事とかの利害関係なく、友だちになれるから。みんな源使いだし、きっとトオルと気の合う友だちも作れるよ」


「友だちって、どうしても今日作らないといけないのか?」


 トオルの心が拒んでいるのだと、クロディスにも分かっている。


「トオルが望まなければ、友だちは永遠にできない。ますはトオルが心を開いて手を伸ばさないと、何も始まらないんだよ」


 クロディスはそう言って花のような笑顔を咲かせると、トオルにタマ坊を渡した。


――だからって、これはマジで無理だろ、恥ずかしすぎる、今ここで死にたい……。まさか、センザンコウがこの世界にはいないのか?何で全員こっち見てるんだよ……。


視線を浴びることに耐えきれず、トオルは思わずタマ坊をすくいあげ、小走りになった。ずっと床を見たままで、教室に辿り着くまで誰とも顔を合わせないようにした。


 7の数字が扉に映っている。ここが7組、トオルのクラスだ。

 トオルは観音扉を開けて教室に入る。


 中は階段式になった台形の空間だった。

階段が真ん中のステージに向かって八段あり、それぞれの段に机とベンチが並んでいる。左右の端と真ん中、その間にも通路があり、劇場のように広々としている。ステージには半円形の黒板と教卓、左右に二つの入り口があった。教員はそこから出入りするのだろうか。最前列から天井まで見上げれば、三階建てくらいの高さがある教室だ。これだけ広ければ、クラスメイトが50人いたとしても、手足をゆったりと伸ばしていられる。


 教室の中にはすでに二十数人が登校していた。同級生たちの姿に、トオルは目を瞠る。

 最初に目に入ったのは、亜麻色の髪を束ねたマッチョの白人。彼の身長は明らかに2メートルを超えている。

 次に、コーヒー色の肌に細かく編まれた茶髪を垂らした少年。

 赤髪から覗く鋭く短い耳の女性。頭には珊瑚のような質感の二本の角が生えている。

 ウサギの耳を持つ銀髪の少女。

 薄青色の肌に長いダークブラウンの髪をなびかせている女性。その背にはコウモリの翼が伸びている。

 全身が玄武岩のような色の男。筋骨隆々、野獣のたてがみのようなヘアスタイルで、荒々しい野性味を感じる。


 圧倒されながら観察していると、教室のあちこちで、自分の力を発揮したがっている人々が主張を始めていた。

 目の前に綴ったオレンジ色の紋様から、拳サイズの火球を出現させている女の子がいた。

 人差し指の軌跡でクラブの紋様を刻む女がいた。

 腕の、クワガタのようなアーマー武装をバキバキと開いたり挟んだりしている男がいた。

 腕の周りにうなぎのような謎の生き物を泳がせて遊んでいる少女がいた。

 源を集中させ、両手に黒炭色の何かを塗りつけている男がいた……。


 このような新苗たちはみな、すでに能力を開発している人々だ。

 まだそのレベルに達していない初心者の新苗たちは、羨ましげに彼らを眺めていたり、興味深そうに質問をしていたりと賑わっている。


 制服がないとは聞いていたが、クロディスの言っていたとおり、個性的な服装の人も多かった。短パンにベストのオッサン、格闘術の道着を着た青年、体にフィットしたオレンジのボディースーツを着て、ぬいぐるみのヘルメットを被っている年齢不詳の女性。

 先ほどのコウモリの翼を持つ女性は、ビキニのように布の少ないアーマーを着ているし、角のある赤髪の少女は肌が透けて見える素材のドレスを着ていた。ベビードールのランジェリーのようなものを着ている人までいる。意識してかせずか、性欲を掻き立てるような服装の人がやけに多く、トオルはどこでもない場所に焦点を合わせた。クロディスの言っていた意味が分かったと思った。


 やはり目立つ言動は避けようと、なるべく声を出さなくて済む場所を探す。右側の後ろから二列目に空席を見つけ、トオルはそこにひっそりと腰掛ける。音を立てないように息を吐いたトオルは、無言でクラスメイトたちのパフォーマンスを見ていた。

 このまま存在感を消して、ホームルームが始まるまで時間を潰そう。そう決意した瞬間、若い男性が声をかけてきた。


「ハロー、隣にすわって宜しいですか?」


話しかけてきたのは、金髪碧眼の少年だった。マッシュウルフの髪型、高い鼻に薄い唇。顎には立体感があり、顔は卵形をしている。喋らなければ女と見間違えそうなほど麗しい顔だ。



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