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25.入学式の日 ②

 医療センターのロビーにあるソファーで、依織が座っていた。トオルと視線が合うと静かに立ち上がり、早足でトオルのそばまでやってくる。ここから直接始業式に向かうつもりなのか、飛空船で着ていたものよりもフォーマルなブラウスに着替えていた。


「トオルくん」


「依織さん。依織さんも治療が必要だったのか?」


「違うよ、トオルくんのお見舞い」


 依織はさらにトオルに近付く。やや見上げる依織の顔がすぐそばまで来て、トオルは自分の心拍数が上がるのが分かる。


「受付カウンターで聞いたら、もう最終診察を受けてて、すぐに退院すると思うって。それでここで待ってたの」


「忙しい日にわざわざすまない」


「友だちがあんなふうに倒れて、お見舞いに来るのは当然でしょ?トオルくん、もし始業式に出られても、場所が分からないんじゃないかと思って」


「そうか、ありがとう」


「具合はどう?」

「この世界の医療技術のおかげで、全快したよ」

「良かった……」

「あの後、今に至るまで、何が起きた?」

「うん。セントフェラストアカデミーに向かう浮遊列車の中で話そう」


 二人がロビーから出て、中央医療センターを後にすると、そこは5階の高さの場所だった。トオルは依織に先導されながら、宙に浮かぶ横断歩道のブロックを渡って、浮遊列車の駅まで歩いていった。


 浮遊列車は、エンゼルフィッシュを6尾繋げたような外観をしていた。列車は空を馳せ、イトマーラ都心を後にした。海岸線を沿うようにセントフェラストへと向かっていく。澄み渡る景色には、新旧の建物が並び、また新たに建設が続く都市部が見え、数百メートルの上空にいくつもの空島が浮かんでいる。

 列車には楕円形の窓がくり抜かれており、その一つの窓の奥に、トオルと依織の姿があった。彼らは同じ列の座席に座っている。


「そうか、ゲネルさんや一部の投降した人たちも捕まったのか」


「これからどうなるのかは私も知らない。でも、たった四人の先輩が、あれだけの数のテロリストを倒したなんて、凄いよね」


 トオルも、彼らの圧倒的な力の強さを思い出していた。


「あれが『尖兵』の実力か……」


「トオルくん、『尖兵』なんてよく知ってるね?」


「いや、さっき主治ヒーラーの方から聞いただけで、何のことかはさっぱり分かってない」


「私も昨日、イトマーラの街のガイドさんから聞いて知ったばっかり。『尖兵』はセントフェラストの中で高い評価を受けた者だけが取れる資格なんだって。今回みたいな事件の捜査とか、異常行為を取る魔獣退治をしたりするみたい。国や学校みたいな公的機関から依頼を受けて、独立捜査を進める権限まであるって」


「まだ在学中の学生に、そんな重大な任務や権限を与えるのか。セントフェラストはかなり実践力を求める学校なんだな。ガイドは他に何か言っていた?」


「アトランス界の一日は長いって。アトランス界の一日が地球界では一週間近い長さなんだって。それに、アトランス界では一ヶ月が40日、一年は16ヶ月あるって」


 聞きながら時間感覚を少し考えて、トオルは驚いたように頷いた。


「16ヶ月か……アトランス界の一年は相当長いんだな」


「そうよね」と依織も相槌を打ち、さらにアトランス界について聞いたことをトオルにも伝えていく。


 アトランス界の大きさは、地球の10倍であること。

一分は120秒、一時間は90分、一日は36時間あること。

アトランス界の人間が統一したフェイトアンファルス連邦には49の国があり、イトマーラはその内の一つであること。

そのイトマーラの領地の七割が、セントフェラストアカデミーのキャンパスになっていることなど。


そして、学園のルーキーである一年生が主に通うのは、これから向かう中央学園エリアだ。中央学園には18のカレッジがあり、一年生はそこで最初の学期を過ごす。そして源気についての基礎的な修行を徹底的に受け、来学期にはそれぞれの恵まれた性質により、四つのキャンパスへと分かれていく。


「金田さんはブリホック3組、白河さんがイグニード18組、隼矢くんはハイムソナダに分かれたわ」


 地球界、アトランス界、両方から入学した一年生たちが、それぞれのカレッジで入り交じっていく。


「みんな別々になったのか。依織さんは?」


「私はペルシオン10組だった。トオルくんは?」


「同じカレッジの7組」


「本当?同じカレッジで良かった」


 依織はトオルに解説しながらも、自分もまだこの世界の耳慣れない言葉たちに違和感と不安感を持っていた。表情も少し強ばっていたが、トオルと同じカレッジに通えると分かり、不安が半減していくのを感じる。自然と笑みがほころんだ。


「そうだな、悩みがある時はすぐに話し合える距離感だ」


「うん。あ、そういえばトオルくん、寮は?もう決まった?」


「ぼくは病院にいたからまだだ。昨日決まったんだよな」


「私は女子寮になるわ。両親から、男女共同の寮には早いって言われていたから」


「大切な娘には、そんなことまで要求してくるのか」


 過干渉すぎるのではと、トオルは驚いた。


「うーん、うちは一人っ子だからね、仕方ないかも」


「依織さんはそれで良かったのか?親に言われて素直に受け入れるだけで」


「……おかしいよね。地球界でももう、大学生の歳なのに。まだ親の言いなりなんて、子どもっぽいよね」


 セントフェラストに決めた理由すら両親の勧めだった。自分の意志で道を決めてきたトオルに対して、自分がとても過保護な子どものように思えて、依織は苦笑する。


「依織さんは、自分の思いを無視してでも、親の言うことを聞き入れる?」


「どうだろう、源使いの家庭に育ったからかな。両親ともに源使いとして、仕事も順調だし、顔も広くて社会的な評価も高い。一般人から迫害されないためには、両親の教えに従うのが一番だって。小中高と、いじめに遭うこともなく、上手く避けてこられたのは、立派な親の言うことを聞いてきたからだって。説得力あるじゃない?だから、自分の気持ちと違っても、素直に聞いているのが無難な道、安全な道なんだろうって思ってるのかも」


 だから依織は、多少無理をしてでもセントフェラストに通うことを決めた。

 話を聞いていて、トオルは正直、重い親だなと思った。だが、厳しさとともに深い愛情をこめて育てられたことも伝わってくる。羨ましいと思う気持ちもあった。


「依織さん、それが親の愛情っていうものなのか?それで何でも親の言いなりになるのか?」


「……でも、私も、自分の思いをないがしろにしたわけじゃなくて、自分でよく考えて女子寮に決めたの。要望書を書く時、色んなことを考えて、やっぱり私はまだ、この世界の未知さに対して不安が大きいと思ったから。せめて、住む場所くらいは、少しでも気安いところが安心かなって。両親のアドバイスももちろんあるけど……」


「まあ、たしかに女子寮の方が、リスクが少なそうに思える」


「トオルくんはどんな寮にしたいの?マンションタイプ以外にも、シェアハウスやホームステイもあるみたいよ」


「ホームステイ?」


「他の心苗や、セントフェラスト領内の住民、学校の先生の家に泊めてもらうタイプね」


「それはぼくには合わないかもね」


 今や自分が、人間とミーラティス人のハーフであるということまで分かってしまったトオルとしては、運ゲー的要素の高いホームステイは厳しいだろうと感じていた。アトランス界の社会での、人間とそれ以外の種族間の関係性も分からない。もし他種族に偏見を持っている家庭に入ってしまえば、叔父一家での二の舞になるだけだ。もうすぐ成人の年齢になることもあり、何とか自立したいと思っているトオルとしては、今がその時だと考えていた。


 嫌なことを思い出し、悶々としているトオルの顔を見て、依織は少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「まさかとは思うけど、トオルくん、男女混合のシェアハウスに申し込む気じゃないよね?」


「え?な、な、なぜ?」


「だって、トオルくんだって、年頃の男の子だから。いやらしいこととか考えて、可愛らしい女の子との出会いを期待するものなんでしょう?女の子と同じ家に住めるなんて、これ以上ないくらいのチャンスじゃない?」


 依織が急に深刻な表情になって、偏見に満ちた青年像を語り出した。聞かされたトオルは真っ赤になったり青ざめたり、顔色をコロコロ変えている。


「い、いい依織さん。ぼく、ぼくのような素性の者が、女性にその、口説くとか、あり得ないし。そもそもぼくは、複数の男性も住んでいる中で、同じ家にいる女性のうちの一人にアプローチするような自信、微塵も持ち合わせていないよ」


 しどろもどろな返事をするトオルを見て、病み上がりでからかいすぎても可哀想だと、依織が笑った。


「それはそうか。もしトオルくんにその度胸があれば、高校の時にもっと存在感があったはずよね」


 トオルは顔を薄赤く染めたまま、苦笑いする。


「そうだ、ぼくはそういうの、度胸がないから……」


――何で依織さんは、そんなにぼくの寮が気になるんだろ……。


 黙ってしまったトオルを、依織が見ている。その視線はまだ、トオルの答えを待っているように思えた。トオルは自分の要望をぽつりと話し出す。


「ぼくは、寝室でロボットのプログラミングができるならどこでも良い」


「それは要望にならないよ」


「え、そうかな?」


「トオルくん、ここはもうセントフェラストだから。どの寮でも、個人スキルの研鑽が認められているのよ。もちろん、ルームメイトの了承は必要と思うけどね」


「なるほど。それならぼくは、シングルルームだと助かるな」


「シングルね……そんな寮あるのかな?ま、要望書に書いてみたら良いんじゃない?なるべく近い物件を探してくれるはずよ」


「うん。……でも、もし希望に叶う寮がなかった時は、どうすればいいんだろう……」


 もしも必ず二名以上で住まなければならないとしたら。そのルームメイトと気が合わなかったり、機械やロボットが嫌いだったりしたらと、悩みは膨らんでいく。


「ふふ、トオルくんらしいね。何でもロボット最優先なんだもの」


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