親子の形
春彦は絵を見つめ
「凄く綺麗な絵だ」
と呟いた。
伽羅も頷いて
「それに優しい絵だよな」
大岡先生かなぁ
と呟いた。
更紗は頷いて
「ええ、二人はとても親交が深かったので…あのような喧嘩をするとは私も驚きました」
と言い
「楠野蓮司が絵に付けた手紙でこれは大岡には見せないようにと書いていたのでこの絵の存在は知らないと思います」
と告げた。
「恐らく大岡の家族を描いたのでしょう」
春彦は更紗を見ると
「大岡さんには息子さんがいるのですか?」
と聞いた。
更紗は「いますよ、一人」と答えた。
「確かイベント会社に勤めていますね」
春彦は絵を見つめ
「…そうなんだ」
と呟いた。
その日の夜に譲から報告があった。
それは春彦を驚かせるものであった。
譲は書類を手に
「先ず、大岡太蔵についてですが彼は1977年6月23日に福岡県北九州市で生まれ両親のもとで育ち18歳の時に福岡芸術展で優秀賞を受賞しそこから幾つかの賞を九州に留まらず受けています」
その同じ時に同年で楠野蓮司も最優秀賞を取っています
「そこから二人の親交は始まったようです」
と告げた。
春彦は「そうなんだ」と呟いた。
譲は更に
「それで10年前の件ですが理由については不明ですが突然楠野蓮司が失踪して、少しして大岡太蔵の妻も病気で亡くなって彼はかなりダメージを受けたようですね」
それまで弟子を取っていなかったのですがその後すぐに花村巴瑞季や数人の弟子を取って絵を描くよりは弟子を育てるように切り替えたようです
「彼には政という一人息子がいますがイベント会社に勤めていて今は家を出て一人暮らしをしています」
と続けた。
運営関係者についても
「大岡太蔵の他にも違うグループのメンバーが選ばれており審査員の選定は公平に行われているようです」
と言っても大岡太蔵自体がその辺りは信頼が厚いようで贔屓をしたり不正をしたりはないようです
と告げた。
「大岡太蔵に村瀬隆二、浜中寛一、小宮沙里、波場中和子、鮎原しずくが審査員です」
それぞれ全員が違うグループに所属しています
「村瀬隆二は特に楠野蓮司の一番弟子で彼のグループの今は中心者です」
春彦は腕を組むと
「そうなんだ」
もしかして楠野蓮司の失踪のことで大岡太蔵に恨みを持ってるとかある?
と聞いた。
譲は首を振ると
「わかりませんね」
楠野蓮司の弟子ではありますが3年くらいで失踪となりましたから
「師弟の時間は短かったかもしれませんが…そういうものでは測れないのですから、もしかしたら筆を折らせた彼を恨んでいた可能性はありますが」
と告げた。
春彦は「かもしれないか」と呟き
「それで他には?」
それと楠野蓮司の行方については?
と聞いた。
譲は運営の人間についての報告を行い
「最後になりますが楠野蓮司は9年前に亡くなっています」
と告げた。
「九州を出て名古屋の方で暫く暮らしていたようですが死亡届が出ておりました」
春彦は驚いて
「え!?」
もしかして…自殺とか?
と聞いた。
が、それに譲は首を振り
「ガンだったそうです」
と言い、その後誰が引き取ったかとかは分かりませんが
「当時の病院の人も9年前のことは覚えていないようで」
最期は身内と名乗る人が看取ったそうです
と告げた。
春彦は「そうなんだ」と言い
「大岡さんはショックを受けるだろうな」
と呟いた。
「恐らく彼の行方を捜していたと思うし」
譲は頷き
「さようでございますね」
と呟いた。
春彦は譲から報告書を受け取り
「じゃあ、火曜日の夜に訪問する」
と告げた。
譲は頷くと
「かしこまりました」
そのように手配いたします
と答えた。
春彦は直ぐに更紗と春馬に連絡し、次いで大岡太蔵にも連絡した。
「色々ご報告とお聞きしたいことがあるので火曜日の夜に訪問させていただきます」
太蔵は承諾すると
「わかりました、お待ちしております」
と答えた。
翌日、春彦は狙撃事件以降長く休んでいたのだが、漸く学校へ登校したのである。
車の中で伽羅は
「久しぶりだよな」
すっげぇ嬉しい
と笑顔を見せた。
春彦も頷いて
「俺も、本当に久しぶりだよな」
もう3か月近く経つよな
「しかも学年変わってるし」
と呟いた。
が、それには伽羅が
「あー、クラスは持ちあがりだから顔ぶれは変わってないけど」
と言い二人は同時に笑った。
教室に入ると伊藤朔と田中悠真と神宮寺凛と陸奥樹と羽田野大翔とが挨拶をして二人の元へ集まった。
同時に大翔の友人の小竹陽翔と南歩も加わった。
結局、屋上へ上がることは禁止され施錠するという厳戒ぶりで大翔の勧めで
「教室で食べればいいんじゃないか?」
どうせ俺らだけだからな
ということで弁当を教室で食べることになった。
他の人々は学食で食事しに行くのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。




