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「まだ泳ぐのか?」

 私の「声をかけてよ」という言葉を無視され、ニースにそう言われた。

「いけない?」

 私がそう言って微笑むと、ニースは大きくため息をついた。私の品性が下がったかな。完全に呆れられた? 従者失格?

「髪下ろしているのは反則だろ」

「何?」

「何でもない」

 無表情で彼はそう言う。何かボソッと聞こえて、その後に言う何でもないという言葉を私は信用していない。絶対に何か私に聞かれたくないことを言ったんだろう。

 悪口かな。レディーのくせにこんなことしやがって……、みたいな?

「よくこの柵越えようと思ったな」

 胸あたりまである柵にニースは肘をかけてそう言った。確かになかなかの高さだと思う。ソフィアなら絶対にまたごうと思わないだろう。……他の令嬢もそんなことは思わないか。

「なんかちょっと自分の中で革命を起こしたかったんだよ」

「なんでだ?」

 私はニースの瞳を見据えた。彼は私を射貫くような目で見ている。……私が革命を欲しがっている理由を彼は知っている。彼は私の何もかもを見抜いている。

 魔女だということを彼は知っている。それなのに黙っているのは、私が言い出すのを待っているか、殺すタイミングを狙っているか、のどちらかだ。彼の場合、後者である方が可能性として高い。私を殺すタイミングを狙っているのなら、私が魔女だと言った瞬間に私はきっと殺されるだろう。

「朝日綺麗だね~」

 我ながら思う、話を逸らすのが下手くそだと。

「……俺に言えないのか」

「言ったらどうなる?」

 声に緊張感が漂い、空気がピンと張り詰める。

「主としての役目を果たす」

「……殺す?」

 私は彼から目を離さなかった。彼も私から目を逸らさない。ニースは何も言わない。

 緊迫した空気が私達の間に流れる。朝からなんて話をしているのだろう。  

 暫くして彼はそっと口を開いた。

「主は従者を守るんだよ」

 そう言って私に手を差し出した。思ってもいなかった返答に私は固まった。

 私が魔女でも助けてくれるという解釈で良いのだろうか。彼の手を取って良いのだろうか。

 ……ニースを信じてみよう。私は彼の手を取った。

 グイッと力強く私を引っ張り、軽々と抱き上げた。

 男の人ってこんなにしっかりした体なんだ。いや、ニースは騎士だから鍛えているのか。私なんて一瞬で潰せそうだ。

「ニース、濡れるよ」

「別にいい」

 ニースは私を抱いたまま、さっき地面に置いた私の服を取り歩き始めた。

「え? どこに行くの?」

「リルの部屋」

「自分で歩けるし」

「誰かに見つかったら面倒だろ」

 私の言葉を遮るようにしてニースはそう言った。

 いや、ニースに持ち上げられている方が目立つと思うんだけどな。という言葉は心の中に閉まっておいた。

 使用人からの視線を凄く感じるが、どれも一瞬だけだ。ニースの歩くスピードが物凄く速いからだ。

 やっぱり足が長いから? それにしてもなんかすべての景色が一瞬で通り過ぎていく。やっぱりいつもより速い。秒速三メートルぐらいの勢いだ。

 

 あっという間に私の部屋についた。ニースは私をそっと床に下ろす。

「早かったね」

「ゆっくり歩いて問い詰められたら大変だろ」

「まるで姫を攫う王子のようでしたよ」

 私がからかうようにしてそう言うと、彼は急に真剣な瞳を私の方に向けてきた。ニースが私の方に顔を近づける。

 ……何これ。なにこの至近距離。心臓がうるさい。私の心臓を爆破させて殺そうっていう意図なのかと疑ってしまうほどに彼の色気が凄い。

「あんたみたいなお姫様いねえよ」

 耳元で彼はからかうようにしてそう言った。

 ……私がからかったから仕返しか。いらない演出までいれてきて。私のあの無駄な鼓動を返して欲しい。

「ニースって性格悪いよね」

「リルに言われたくないけどな」

 うん、そうだよね。何も言い返せない。むしろ私がそんなことを言える立場じゃなかった。

「ちゃんとツインテールで来いよ」

 え? なんで? 私、あのツインテールそんなに似合ってるのか? それとも下ろした髪型が悲惨すぎるほど似合っていないのか?

「あと、いつものドレスでな」

 あのフリフリのドレス? もしかしてニースってそういうのが趣味なのかな。それとも単に私に対する嫌がらせなのかもしれない。

「それはご命令でしょうか?」

「ああ」

 ニースの即答に私はガクッと姿勢を崩しかけた。

 いや、私としてはぶりっ子馬鹿令嬢をするためにはあの格好が最適なのだけど……。まさかニースに勧められる格好とは思っていなかった。

「じゃあな」

 ニースはそう言って、私に背を向けて歩いて行った。

 従者思いなのか、優しくして最後にどん底に突き落とすという仕返しの一つとしてあるのか……。もし、私がソフィアを虐めていなかったら分かったことだ。

 ……もし私がソフィアを虐めていなかったなら、ニースは私のことを好きでい続けていてくれたのかな。まぁ、もう過ぎ去ったことを考えてもしょうがないか。

「有難う!」

 私の言葉にニースが振り返る。太陽に反射した彼の瞳は眩しく宝石のように綺麗だった。

「お安い御用ですよ、お嬢」

 ニースが口の端を軽く上げて笑った。

 距離が近いわけじゃないのに、私の心臓はうるさく音を立てた。

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