第九十八話:冷たい視線と、食堂での土下座
その時だった。
カチャリ、と広場に面した1階の廊下の扉が開いた。
朝食へと向かう女性陣──橘ほのか、柊鏡花、シェリー、ミリーナの四人が歩いてきたのだ。
開放されたドアから、石畳の上で汗だくになって正座させられている男たちの惨めな姿が、バッチリと視界に入った。
「「「「……」」」」
女性陣の足が止まった。
ほのかは冷ややかな、冷酷と言ってもいいような目で水上を見下ろし、鏡花は腕を組みながら「自業自得ね」と言いたげに鼻を鳴らした。
シェリーはカイルに対し、呆れ果てて哀れみすら含んだ一瞥を送り、ミリーナはプイッと顔を背けて立ち去ろうとした。
誰一人として、彼らに情けの声をかける者はいない。氷のように冷たいオーラだけを残し、彼女たちはそのまま食堂へと歩み去っていった。
その「無言の拒絶」は、翔のお説教よりも遥かに深く、男たちの胸を抉った。
「……これで、よく分かったな」
翔は静かに立ち上がり、四人を見下ろした。
「今からすべきことは何だ? 俺が教えるべきことではないから、各自の判断に任せる」
「……謝りに行く、しか……ないです」
水上が、掠れた声で答えた。
「よろしい。……けじめをつけてきたら、身体を完全に回復してやる。行ってこい」
翔がそう言って送り出すと、四人は生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせ、よろよろと立ち上がった。激痛の走る脚を引きずりながら、彼らは女性陣の後を追って食堂へと向かった。
* * *
食堂のドアを勢いよく開けた四人は、朝食をとろうとしていた女性陣のテーブルへと一直線に向かった。
そして──周りの使用人や配膳の給仕たちが驚愕する中、ドシン! と同時に膝を突き、床に深く頭をこすりつけた。
「「「「本当に申し訳ありませんでした!!!!」」」」
大音量の土下座。
「僕たちが浅はかでした! 鼻の下伸ばして浮かれて、みんなが守ってくれようとしてたのに、バカな受け答えをしてごめんなさい!」
水上が必死に叫ぶ。
「もう二度と、他の女の人にお世辞言われてもデレデレしません! 筋肉も触らせません!」
不破も汗を流しながら叫んだ。
カイルとジーモも、プライライドを完全に投げ捨てて頭を下げ続けた。
「シェリー、ミリーナ……俺たちが愚かだった! 助けてもらったのに、調子に乗って本当にすみませんでした!」
一連の醜態と、あまりにも必死な謝罪の姿に、食堂の空気は妙な静けさに包まれた。
ほのかと鏡花は呆れたように顔を見合わせ、小さくため息をついた。
「……はぁ。まったく、先生に絞られて反省したからいいようなものの……」
鏡花が呆れ顔で腰に手を当てた。
「分かればいいのよ、分かれば。でも、次はないからね? 変な噂立てられたら、私たちがどれだけ迷惑するか……ちゃんと考えてよね!」
ほのかがプンプンと怒りながらも、渋々といった様子で許しの言葉を口にした。
シェリーも冷ややかな表情を緩め、「二度と、あのような軽率な約束をしてこないでくださいね、カイル」と釘を刺し、ミリーナも「ジーモのバカ……次はご飯あげないんだから」とぽつりと呟いて、ようやく場が収まった。
4.勘の良さと、約束の部屋
無事に(?)許しを得て、命からがら翔の元へ戻り、完全回復の魔法をかけてもらった四人は、ようやく人心地がついて朝食のテーブルについた。
朝食を食べながら、水上陽斗の頭の中で、今朝からの一連の出来事が高速でパズルのように噛み合い始めていた。
(……待てよ。なんで鏡花やほのかは、あんなにブチ切れてたんだ? 単にハニートラップの警戒不足ってだけなら、先生にお説教されて終わりでいいはずだ。なのに……あの冷たい目。あの激しい嫉妬みたいな怒りは……)
水上はチラリと、向かいのテーブルでお茶を飲んでいる柊鏡花を見た。
鏡花は、水上が他の公爵令嬢に「迅雷の刃が〜」と自慢していた時のことを思い出しているのか、未だに不機嫌そうにストローを噛んでいる。
(……あ。もしかして……)
水上の中で、雷が落ちたような衝撃が走った。
(鏡花……俺が他の女に鼻の下伸ばしてたから、あんなに怒ってたのか……!? ほのかも俺に……いや、不破に怒ってたし、シェリーたちも……)
周りを見渡せば、カイルとシェリー、ジーモとミリーナ、不破とほのか……それぞれの間に流れる、独特の甘酸っぱくも緊張感のある空気。
(そうか……そういうことかよ……! 俺たち、完全に試されてたっていうか……やらかしてたんだ……!)
自分の鈍感さに冷や汗を流しつつも、水上の胸の奥で、じんわりと温かい高揚感が広がっていった。
鏡花が自分のことを「一人の男」として意識してくれているという事実。それがたまらなく嬉しかった。
朝食が終わり、席を立ちあがろうとする鏡花に向けて、水上は意を決して声をかけた。
「……あのさ、鏡花」
「なに? まだ何か言い訳でもあるわけ?」
鏡花がツンとそっぽを向く。
「違うよ。……その、朝食が終わったら、二人で少し話せないか?」
水上の真剣な、まっすぐな眼差しに、鏡花は一瞬驚いたように目を丸くした。
そして、水上がようやく自分の「本当の気持ち」と怒っていた理由に気づいたのだと察し、呆れたような、けれどどこか嬉しそうな小さな笑みを浮かべた。
「……やっと気づいたわけ?」
鏡花は少し頬を赤らめながら、振り返って言った。
「いいよ。……でも、その前に、もう一回先生に完璧に回復魔法かけてもらってから、私の部屋に来なよ。途中で倒れられたら迷惑だからね」
そう言い残し、鏡花はドレスの裾を揺らして食堂を後にした。
残された水上は、自分の胸の鼓動が急激に速くなっていくのを感じながら、拳をぎゅっと握りしめるのだった。




