第九十二話:夜の通信と、重課金のポチポチ祭り
異世界・王都のブルグンド公爵邸、月光が静かに差し込む深夜の個室。
そして、地球・大阪のタワーマンション、マルチディスプレイの蒼い光が明滅する最新の開発室。
二つの世界を繋ぐ『つながる手』の念話回線を通じて、三好兄弟の密やかな、しかし規格外すぎる「作戦会議」が繰り広げられていた。
『──なるほどな。ドバイのオイルマネーで金塊一トン(約百五十億円)を回収して、地球側の口座資産はついに三千億円を突破したわけか……』
ベッドの縁に腰掛けた三好翔は、念話から聞こえる駿の報告に呆れ半分、感心半分といった風に大きな息を吐き出した。手には、冷えた日本のプレミアムモルツの缶ビールが握られている。
「そうや、兄貴。これで俺たちの『システム課金資金』は、実質的に無限や。……でな、兄貴。今後の攻略ロードマップについて、俺から一つ提案があるんや」
タワマンのデスクで、同じくビール缶を片手に画面をタップしていた駿が、不敵な笑みを深めた。
「お前自身は、もう『神殺しの聖剣』と『絶対障壁』、それに俺が逆課金でブチ込んだスキル補正で、この世界の神様すら殴り倒せるほぼ無敵状態やろ?」
『まあ、物理的にも魔法的にも、俺自身が傷つくイメージは湧かないな』
「せやろ? だけどな、これから挑む二つの闘技大会──カイルたち合同チームで挑む『深淵の闘技大会』、そしてアルベルトたちと新パーティーで挑む『天上の闘技大会』。戦うのはお前一人やなくて、教え子や弟子たちや。……奴らが万が一にも敗北したり、足元をすくわれるリスクは、1%だって残したくない」
駿は画面上のショップメニューから【装備使用権限付与】の項目を開いた。
「だからな、お前が所有しとる神話級・伝説級の防具や武器の『限定使用権限』を、システム経由で生徒や弟子たち全員に付与して渡すんや。
もちろん、普段は普通の練習用具や補正インナーに見えるように偽装(擬態)をかけておく。だけど、大会本番や危ない局面では、神話級の防御力と火力が発揮されるように設定する。
これで、二つの闘技大会での『完全ダブル1位』を100%確実に引き寄せるんや。1位の国しか入場を許されない最深部ダンジョン……そこに必ず、お前たち5人が日本へ安全に帰るための『本当の帰還ゲート』が存在するはずやからな」
念話の向こうで、翔が一瞬沈黙し、それから心底頼もしそうに微笑む気配が伝わってきた。
『……完璧な作戦だな、駿。教え子たちの成長も目覚ましいが、安全装置(保険)はいくらあっても困らない。生徒4人、カイルたち4人、そしてアルベルトたち8人、合計十六人分の神話級防具と武器の権限付与……一気に買い揃えるか』
「おうよ! 資金なら腐るほどあるからな。ポチっとな!」
【──『神威の加護インナー(擬態版)』×16 セット購入:金貨 500,000 枚を決済──】
【──『概念切断の武具・使用権限付与』×16 名分:金貨 800,000 枚を決済──】
「よし、これで異世界組の装備は鉄壁や。……で、次は兄貴から俺への提案があるんやって?」
翔は缶ビールを一口煽り、真剣なグレーの瞳を月へと向けた。
『ああ。……駿、お前がドバイで天狗の姿になって命がけで治療を行ったり、地球側で『HASEL』を立ち上げて敵の標的を買ってくれていること、心から感謝している。
……だがな、駿。ここまで俺たちが無事にやってこれたのは、俺たち二人だけの力じゃない』
翔の声が、どこか温かく、そして熱を帯びたトーンへと変わった。
『地球で俺たちの家族を支え、怪しいスパイからお前を守るために動いてくれている警察関係者や主婦同盟のお母さんたち。
そして、お前の隣で寝食を忘れてプログラミングに打ち込んでくれた名取蓮ちゃんや、お前に寄り添って命がけでサポートしてくれている不破玲香ちゃん。
……彼女たちや日本の親たちに、何かあったら俺は一生後悔する』
翔はシステム画面を操作し、自身が持つ進化スキル【つながる手】の派生メニューを選択した。
『今なら、俺たちの『キャスリング(位置交換)』の術式を応用した【身代わりキャスリング・ブレスレット】が生成できる。
これを、生徒たちの日本の家族、お母さんたち、そして蓮ちゃんと玲香ちゃんにプレゼントするんだ。
万が一、彼女たちが凶悪なテロや拉致、事故などの生命の危機に瀕した瞬間、このブレスレットが自動起動し、一瞬で俺の張る『絶対障壁』の内部へと空間転送されて物理攻撃を完全に無効化する。……これなら、地球側での予期せぬ悲劇を100%防げる』
「……兄貴」
駿は、思わず画面をタップする手を止めた。
いつもはお堅く、真面目すぎる熱血教師の兄。だが、その胸の奥にあるのは、大切な者たちすべてを包み込もうとする、圧倒的で深い「愛」だった。
「……ほんま、お前はどこまでも熱血な先生やな。……おおきに、兄貴。その提案、乗ったわ。さっそく全員分、生成して送ってくれ」
【──『身代わりキャスリング・ブレスレット』×10 個生成:金貨 1,000,000 枚を決済──】
『それとな、駿。もう一つだ』
翔の悪戯っぽい笑い声が念話に混ざる。
『お前自身も、普段の生活で『外見変更』のパッシブスキルを常時適用しておけ。
ドバイで天狗になったのはいいが、素顔の三好駿として街を歩いている時に、スパイから盗撮されたり生体認証をハックされたら元も子もないからな。街を歩く時は、少し雰囲気を変える魔法を常に纏っておくんだぞ?』
「はいはい、お節介な先生やで。……まあ、アドバイス通りにしとくわ」
深夜の静寂のなか、異世界と地球、二つの世界を超えて、兄弟がシステム画面の購入ボタンを「ポチポチ」と押し続ける音が響く。
数億円、数十億円単位の超重課金が、呼吸するように決済されていく。
だが、それは単なる贅沢ではなく、未来の勝利と、愛する者たち全員の安全を完璧に手繰り寄せるための、不敵で絶対的な布石なのだった。
2.地球側の1週間後:忍び寄る巨大な鷲の影
──それから、地球側で1週間が経過した。
大阪・道修町の極秘研究室から産声を上げたボタニカル・バイオテックブランド『HASEL』。
その一回使い切りの乳白色の陶器ボトルに込められた「奇跡の美容効果」は、瞬く間にSNSや口コミを通じて世界中のセレブ層、美容関係者、そして医療界のトップ層へと拡散していた。
主婦同盟が運営する月額100万円・会員権1億円の『極秘サロン』は、政財界のマダムたちの口コミにより完全に満員御礼。
一方、一般市場へ向けた『HASEL-LITE』のオンライン予約は、開始わずか3秒で全世界数百万本の初回ロットが完売するという、歴史的な社会現象を引き起こしていた。
「……駿さん! 本日の『HASEL-LITE』の追加受注分、サーバーへのアクセスが秒間五百万件を超えました! 蓮さんの組んでくれた分散サーバーじゃなかったら、一瞬でパンクしていましたわ!」
新事務所の執務室。不破玲香が、サクラ色のポロシャツの袖をまくり、嬉しそうにタブレットの売上グラフを駿に見せた。
グラフはほぼ垂直に天を突き抜けており、口座に振り込まれる純利益は、一日だけで数百億円という凄まじい領域に達していた。
「ふっ、当然や。本物の『奇跡』を売っとるんやからな」
駿は、仕立ての良いジャケットのポケットに手を突っ込み、コーヒーを飲みながら不敵に微笑んだ。
その傍らでは、名取蓮が人間工学チェアに深く腰掛け、ノートPCの画面に映し出される大量の暗号化メールを精査していた。
だが──蓮の丸眼鏡の奥の黒い瞳が、ふと険しく曇った。
「……先輩。少し、怪しい動きがありますわ」
「ん? なんや、また海外のクラッカーか?」
「いえ……。今回はサーバーへの攻撃ではなく、正式な『ビジネス文書』として届いた案件です。……送り主は、アメリカ・マサチューセッツ州に本社を置く、世界最大級の巨大製薬複合体──『ヴァルケン・バイオメディカル社』です」
「ヴァルケン……」
駿は目を細めた。
ヴァルケン社といえば、年間の売上高が十兆円を超え、米国の政財界や軍部、さらには中東の医療利権にまで絶大な影響力を持つ、名実ともに世界頂点の製薬巨大コングロマリットだ。
「内容はどのようなものだ、蓮?」
蓮は、画面の英文レターを日本語に翻訳しながら、感情を殺した静かな声で読み上げた。
『──親愛なる三好駿社長へ。
貴社が展開するブランド「HASEL」の革新的な植物由来テクノロジーに対し、我がヴァルケン社は最大級の敬意を表します。
つきましては、貴社の「HASEL」事業、ならびに抽出特許・製造ラインの全権を、弊社が総額【五千億ドル(約五十兆円)】にて完全買収することを提案いたします。
貴社におかれましては、ヴァルケン傘下の特別名誉顧問として、将来にわたり巨額のロイヤリティを約束いたします。
なお、本提案は貴社の今後の国際的な円滑な事業継続、および【安全保障】の観点からも、極めて有益な選択であると確信しております。
つきましては、来週、弊社副社長を筆頭とする交渉団が大阪の御社事務所を訪問いたしますので、前向きなご回答を期待しております──』
読んだ瞬間、執務室内には重苦しい、冷たい静寂が降り積もった。
「……五十兆円、ですか」
玲香が、その途方もない金額にゴクリと息を呑んだ。
だが、駿の表情には、喜びや驚きの色は微塵もなかった。あるのは、氷のように冷ややかな、投資家としての冷徹な怒りだった。
「……文章は極めて丁寧で、洗練されたビジネスレターに見える。……だがな、行間に滲み出とるのは、圧倒的な力による『押し付け』と『簒奪(強奪)』の気配や」
駿は冷たく言い放った。
「五千億ドルという破格の提示は、一見すると破格の買収に見える。だが『安全保障の観点からも』という一文……。これは裏を返せば、
『この提案を断れば、お前たちの事業の安全も、お前たち個人の身の安全も、アメリカの力をもって保証しないぞ』
という、極めて品のない脅迫そのものや」
「……ええ。私の解析でも、ヴァルケン社は過去に数々の新興バイオベンチャーに対し、同様の丁寧な買収提案を行い、拒否した企業は謎の実験室火災や、経営者のスキャンダル、最悪の場合は突如として特許侵害の巨額訴訟を起こされて破産に追い込まれています」
蓮が、ノートPCの画面にヴァルケン社の暗部データを表示させながら、苦々しく吐き捨てた。
世界頂点の製薬コングロマリット。彼らは、現代の科学では説明のつかない『HASEL』の驚異的な治癒・美肌効果が、既存の数兆円規模の抗がん剤やスキンケア市場を完全に破壊することに恐怖したのだ。
だからこそ、五十兆円という巨額の札束を叩きつけ、手に入らなければ力任せに潰しにかかる──まさに「巨大なアメリカの鷲」の強奪ロジックだった。
「……ふっ。面白いやんけ」
駿は、仕立ての良いジャケットの裾を軽く払い、不敵な、凶悪とも言える笑みを口元に浮かべた。
「ポーションの原液の正体も分からん愚か者どもが、五十兆円の札束で俺を買収しようだなんて……百年早いわ。
おばちゃんたち(主婦同盟)のサロン、そして俺たちの『HASEL』……。誰一人として、指一本触れさせん」
駿はポケットの中で、兄から送られた『身代わりキャスリング・ブレスレット』の重み、そして自らの体内に宿る神域の絶対障壁と蒼雷の魔力を確かめた。
「蓮、玲香ちゃん。来週の交渉、受けて立つで。
世界頂点の巨大企業が、自慢の圧力と札束でどこまで俺たちを脅かしてくるか……特等席で高みの見物を決め込んでやろうや」
世界を超えた異世界の覇道、そして地球側で巻き起こる巨大製薬コングロマリットとの静かなる全面戦争。
二人の双子が仕掛ける不敵なる「課金無双」は、世界の頂点をも飲み込む、次なる激動の舞台へと力強く足を踏み出すのだった。




