第九十話:王都の震撼と、駿の『天狗・オイルマネー極秘ビジネス』
同日夕刻。
「三好翔率いるチームが、人類未到達の『天空の神殿』を怪我人ゼロで完全攻略・三十階層を踏破した」という報が、速達魔導通信を通じて王都へと駆け巡った。
王宮の執務室では、国王アルトリウスが報告書を落とし、泡を吹きそうになりながら絶句していた。
「さ、三十階層を……傷一つ負わずに踏破だと……!? あ、あの異世界の教師は、一体どんな化け物どもを育て上げているのだ……!?」
宰相バルテルもまた、冷や汗を流して震えていた。
「……陛下。もはや彼らの勢いを止める術はありません。二大闘技大会は彼らの独壇場となるでしょう。ブルグンド、カノーヴァ両家との婚姻も、もはや誰にも拒絶できません」
一方その頃。
凱旋し、ブルグンド公爵邸の自室で静かにお茶を飲んでいた翔は、右手の『つながる手』を起動させていた。
「──駿、聞こえるか。天空の神殿、無事に完全攻略したぞ」
『──おー、兄貴か。聞いたで、世界初攻略なんやて? ガキどももやるやんけ。これで闘技大会のシード権もゲットか。順調そのものやな』
大阪のオフィスにいる駿の軽快な声が脳内に響く。
だが、翔は通信の向こうから聞こえる「ジャラジャラ……」という、重厚な金属同士が擦れ合う異様な音に眉をひそめた。
「……ん? 駿、お前今、何の作業をしてるんだ?」
『ん? ああ、これか? 純金のインゴット(金塊)のカウントや。今、秘密倉庫にトラック三台分のゴールドが運び込まれてな。数えるのが大変なんや』
「……は? トラック三台分の金塊……!? お前、一体どこでそんな莫大な純金を手に入れたんだよ!?」
翔が素でドン引きして尋ねると、駿は不敵な笑い声を漏らした。
『兄貴、異世界の北部経済戦が完全決着して、俺のビジネスも次のフェーズに入ったんや。
国内で『HASEL』を大ヒットさせた次は……中東の超富裕層、ドバイやサウジの石油王や!』
「オイルマネー……? 待て、HASELを海外輸出するだけなら、そんな金塊手に入るわけないだろ!」
『甘いな兄貴! HASELはただの表の顔や。
本番はな……兄貴経由で手に入れた異世界の高位回復ポーションを使った、超高額な【極秘・自由診療ビジネス】や!』
「自由診療だと……!?」
『現代医学では治療不可能なガンや、事故で手足を失った中東の超大富豪・王族どもをターゲットにな。「東洋に伝わる秘密の治癒術」って名目で、一回数億円〜数十億円相当の治療費を取って、一瞬で完治させてやってるんや』
「お、お前……っ!! 人の病気や大怪我、それに異世界のポーションをダシにして、どんだけエグい金儲けしてんだよ!!」
翔は思わず立ち上がり、頭を抱えて絶叫した。
「だいたい、そんな奇跡みたいな治療をやったら、現代医学界や国家の諜報機関に一発でバレるだろ!」
『そこは抜かりないわ、アホ兄貴。
施術にあたる俺の手先にはな、異世界の魔導具を使って「天狗の長い鼻に、背中に大きな羽が生えた奇妙で怪しい異形」の外見変更モディファイと、強力な認識阻害を施してある。
医学じゃなくて「怪しい天狗の秘術」として演出してるから、現代科学の追及も完璧に煙に巻いてるわ。
支払いは紙幣や口座やなくて「現物資源(純金インゴットや原油権益)」限定で回収しとる。完璧なスキームやろ?』
「天狗の鼻と羽ぇぇぇッ!? お前、何バカな見た目で石油王を治療してんだよ! ドン引きだよ!」
『ハッ、何言っとんねん兄貴!
ここで稼いだ膨大な純金と資源はな、全部そっちの生徒たちの最新装備と、将来お前が三人の令嬢と結婚して「二つの世界を繋ぐ永久事業」を立ち上げるための莫大な資金になるんやぞ! 俺に感謝こそすれ、文句言われる筋合いは無いで!』
「う……ぐぬぬ……!」
正論(?)を突きつけられ、翔はぐうの音も出なくなって呻いた。
『──ま、そういうわけや。天狗の治療師ビジネスは順調そのもの……と言いたいところなんやが、ちょっと不穏な動きも出てきてな』
駿の声から急に冗談めかしたトーンが消え、冷徹な起業家の声へと切り替わった。
「不穏な動き……?」
『ああ。死の淵から一瞬で人間を完治させる「天狗の鼻を持つ謎の術士」の存在が、どうやら海外の裏社会や軍事企業、巨大製薬会社の知るところになったらしい。
「あの奇跡の技術と天狗の身柄を強奪せよ」ってんで、中東の極秘施術現場の周辺に、海外の高度な暗殺部隊や傭兵集団がチラつき始めてるんや』
翔は目を見開いた。
「なっ……! 大丈夫なのか、駿!? お前が狙われたら……!」
『ハハン! 誰に向かって物言ってんねん兄貴。
こっちは日本の最新ドローン兵器と、そっちから送ってもらった防御魔導具、それに手配したプロのSP陣を完璧に配備しとる。
向こうが本気で「天狗」を強奪しに来るんなら……中東の砂漠で、全員まとめて冷酷にハメ殺して返り討ちにしてやるだけや』
駿の氷のように冷たい笑い声。
『兄貴は心配せんと、王都の闘技大会でガキどもと大暴れしてこい。
地球の裏の掃除と、莫大な資金稼ぎは……この俺、三好駿が完璧にこなしてみせるからな』
通信が切れ、静もりかえる部屋。
翔は深々とため息をつき、お茶を飲み干した。
(……相変わらず、無茶苦茶な弟だ。だが……頼もしすぎる)
翔は窓の外、王都の美しい夕焼けを見つめた。
天空の神殿を完全に攻略し、次なる舞台は王都の二大闘技大会。
そして地球では、駿が巨大なオイルマネーと裏社会の刺客を相手に立ち回っている。
「──よし。俺たちも、負けていられないな」
熱血教師の瞳に、不退転の闘志が再び燃え上がるのだった。
1.HASELの飛翔と、地下研究室の不敵な算盤
道修町の地下研究室に、陶器の小瓶が擦れ合うかすかな硬質音が響いていた。
「……三好社長。中東の王族系ファンド『アル・シャハニア』の日本代理人から、今朝方、四度目となる正式オファーが届きました」
クリーンベンチの青白い光のなかで、名取蓮がノートPCの画面を指でスワイプしながら、冷静そのものの声で報告してきた。丸眼鏡の奥の黒い瞳には、プログラマー特有の冷徹な分析の色が宿っている。
「条件は破格ですわ。『HASEL』のドバイおよびリヤドにおける独占販売権、ならびに現地フラッグシップショップの開設準備金として、初期費用だけで二百億円。……断る理由が見当たりません」
「ふっ、二百億か。景気のええ話やな」
俺──三好駿は、仕立ての良いジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、壁一面のディスプレイに映し出される中東の投資マップを睨みつけて口元を歪めた。
道修町の老舗OEMメーカーと組み、分析ジャミングを施した希釈ポーションを素焼きの陶器ボトルに詰めて売り出したボタニカルブランド『HASEL』。
その爆発的な成功は、国内の富裕層や芸能界にとどまらず、いまやオイルマネーで潤う中東の超富裕層の耳にまで届いていた。
だが、俺の狙いはそんな「美容液の輸出」程度で終わるつもりはさらさらなかった。
(中東の連中が本当に求めておるのは、単なる肌のハリやツヤやない。……金で買えぬ『絶対の命』や)
俺はデスクの引き出しから、桐の箱に納められた一本のクリスタルボトルを取り出した。
中に満ちているのは、淡い金色の光を放つ『上級治癒ポーション』。
これまでは低級や中級のポーションをナノ技術で希釈し、美容液やサロンのアンチエイジングに使ってきた。だが、この原液たる上級ポーションの効能は、そんな生ぬるいレベルではない。
ガン細胞の超高速消滅。事故や病で失われた四肢・器官の完全な再構築。まさに地球の医学を数百年跳び越える「神の奇跡」そのものだ。
(異世界ですら高位の回復術士っちゅうのは極少数や。兄貴が向こうで『天啓の魔石』や『システム課金』を使って解放した高位回復魔法と上級ポーションの権利……これに俺が莫大な資金をブチ込んで投資しておけば、将来、兄貴や俺たちに何かあったときの最強の『保険』になる)
「蓮。中東からのオファー、受けるで。……ただし、美容液の販売なんかやない。『神の治療』の直接取引としてな」
「……直接取引、ですの?」
蓮が怪訝そうに首を傾げた。
「そうや。相手は進行ガンや事故による欠損に苦しむ、王族の重鎮や大富豪の当主限定や。一回数億円から数十億円の現物資産──『純金』での即金決済のみで請け負う。だがな……俺が『三好駿』として表舞台に出て治療したら、世界の製薬会社や国家のスパイに拉致されて、一生拷問部屋でポーションを絞り取られるハメになる」
俺は不敵に笑い、自分の顔を指さした。
「だからこそ、俺は『人』であることをやめるんや。……正体不明の、異界より現れし『天狗』としてな」
2.怪人物の仕込みと、手作りの鞍馬衣装
「──ちょっと、駿さん! 何ですかこの真っ赤なお面と、変な一本歯の下駄は!? どこで買ってきたんですか!?」
新事務所の応接室。荷物を抱えて入ってきた不破玲香が、テーブルの上に並べられた奇妙な小道具の山を見て、サクラ色のポロシャツを揺らしながら絶叫した。
「玲香ちゃん、声が大きいわ。これは俺の『変装セット』や。中東の王族相手に正体を隠して、怪しげな民間療法家として乗り込むためのな」
「天狗……ですの?」
蓮がノートPCから顔を上げ、テーブルの上の真っ赤な天狗面と、背中に背負う鳥の羽で模した大羽団扇をマジマジと見つめた。
「そうや。外見変更の魔法道具と認識阻害のスキルを重ねがけした上で、この天狗の面と鞍馬衣装を纏う。さらに、会話はすべて時代がかった古典風の話し方に徹底する。……これなら、どれだけ最新の防犯カメラやバイオ認識スキャナーで撮影されようが、俺が『三好駿』であると見破ることは百パーセント不可能や」
「もう……駿さんたら、相変わらず考えることが極端なんですから!」
玲香は呆れ顔でため息をついたが、すぐに腕まくりをして乗り気になった。
「でも、どうせやるなら完璧にやりましょう! この市販のコスプレ用の衣装じゃ、生地が安っぽくて中東の大富豪に見破られちゃいますよ。私が大学の被服科の友達に頼んで、本物の絹と金糸を使って、最高級の高級鞍馬天狗の衣装を仕立て直してあげます!」
「流石ですわね、玲香さん。手芸や裁縫の行動力だけは認めますわ」
蓮もまた、眼鏡の奥の目を光らせた。
「私の方は、音声変声アルゴリズムを開発します。先輩の声を、重厚で古風な、脳に直接響くような倍音成分を含んだ『天狗の威厳声』にリアルタイム変換するインナーマイクを仕込みますわ」
「頼もしい二人やな。……よし、衣装と音声が整ったら、次は『護衛(SP)』の用意や」
俺はスマホを操作し、システムショップの画面を開いた。
異世界の金貨をブチ込み、購入したのは【自律型・無感情人型スペクター(SP)】二体。
漆黒のスーツに身を包み、黒いサングラスをかけた二人の男。一見すると海外のエリートシークレットサービスに見えるが、その正体は感情を持たず、物理攻撃や弾丸を完全に遮断する肉体を持った「動く防壁」だ。
「よし……仕込みは完璧や。行くぞ、中東へ!」




