第八十九話:十日間の絆と、天空を渡る決意
朝の「限界突破ホームルーム」を経て、気まずさを吹っ切った一行は、その日の昼前に白亜の巨塔『天空の神殿』へと足を踏み入れた。
今回の遠征には、特別な意味があった。
これまで生徒たちの指導とサポートに徹していた三好翔自身が、指導者としてではなく、共に前線を張る一人の戦士として、生徒八人と共にダンジョン攻略の全工程に同行していたからだ。
攻略は、怒涛の勢いで進んだ。
目標である最上階・第三十階層を目指し、彼らは十日間に及ぶ過酷なダンジョンアタックへと突入した。
五日目、第二十二階層──未だ人類の足跡が絶たれている「未知の領域」。
そこは、見渡す限りの雲海の上に幾つもの巨大な石組みの浮島が点在し、激しい上昇気流が吹き荒れる危険地帯だった。
(……すごいな。俺自身、この階層に来るのは完全に初めてだが……)
身の丈百九十センチの巨躯にジャージを纏った翔は、大剣の柄に手をかけながら、目の前で繰り広げられる戦闘風景に息を呑んでいた。
「ジーモさん、二時方向から風切り鳥三羽! 衝撃波が来るよ!」
キックボードの側面に載せた小型端末を操作しながら、柊鏡花が即座に索敵データを声に出す。
「ふんっ! 『地脈同化・鋼鉄陣』!」
ジーモが不敵に笑い、地面に巨大な重盾を突き刺す。一瞬にして石畳が黒銀色の魔力光を帯び、暴風の刃を真っ正面から弾き返した。
「弾いた! ミリーナちゃん、凍結支援!」
「任せて! 『氷華連鎖・絶対領域』!」
弾き返されて体勢を崩した魔物たちへ、ミリーナ(ミーナ)が寸分の狂いもなく広範囲の氷結魔法を叩き込む。翼を凍らせた鳥たちが落下していく先には、すでに二人の「刃」が滑り込んでいた。
「陽斗、右! 俺が左をやる!」
「オーケー、カイル! 『迅雷・両断斬り』ッ!」
ミントグリーンの電光を纏った水上陽斗と、カイルの双剣が交錯する。
一瞬の無駄もない、完璧に調和した超高速の挟撃。魔物たちは叫び声をあげる隙すら与えられず、一瞬で光の粒子となって消滅していった。
さらに後方では、シェリーが凛とした立ち振る舞いで全隊の魔力残量を把握し、橘ほのかが精霊の風を使ってチーム全体の移動速度を底上げしている。不破真司は背後からの奇襲に備え、巨大な盾を構えて完璧な死ドラッグ(死角カバー)を行っていた。
(……恐ろしいほどの完成度だ。科学のハック、現代的な筋力トレーニングとプロテイン、そして俺が教えた『数理戦術』……それら全てを、あいつらは完全に自分の血肉にしている)
翔は胸の奥が熱くなるのを覚えた。
かつては挫折に打ちひしがれ、あるいは異世界という環境に戸惑っていた若者たちが、今や誰一人として足を引っ張ることなく、互いの長所を掛け合わせて極限の効率で未知のダンジョンを走破している。
翔のサポートなどほとんど必要ないほど、彼らの連携は洗練されていた。
「先生! 先方の浮島の安全確認、ドローンで完了したよ! 休憩ポイントにちょうどいい広場があるよ!」
鏡花が明るい声をあげる。
「……ああ、了解だ。よし、全員! あそこの広場で本日の露営とする!」
翔の号令に、八人は「よっしゃー!」と歓声をあげた。
2.焚き火の夜と、熱血教師の決意表明
九日目の夜。
明日はついに最上階・第三十階層のボス部屋へ突入する。その最後の夜、彼らは雲海を見下ろす神秘的な遺跡のテラスで、小さな魔導焚き火を囲んでいた。
日本から持ち込んだインスタントのスープと高タンパクな乾燥肉を口にしながら、和やかな時間が流れる。
「ねえ、先生」
ふと、スープのカップを手にした陽斗が、メラメラと揺れる炎を見つめながら口を開いた。
「先生ってさ……北部に行った時、アデライード様たちと何があったの? 朝学活の時『将来の婚姻に向けた本気の誓いをしてきた』って言ってたけど……俺たち、ずっと気になってたんだよね」
その言葉に、一瞬で全員の視線が翔へと集中した。
ほのかやシェリー、鏡花、ミリーナの女子組は身を乗り出し、真司やカイル、ジーモの男子組も興味津々といった様子で耳を傾ける。
翔は少し気恥ずかしそうに苦笑し、温かいお茶の入ったマグカップを両手で包み込んだ。
「……そうだな。明日はいよいよ最上階だ。俺の口から、ちゃんとお前たちに話しておきたかった」
翔は炎を見つめ、静かに、しかし力強い声で語り始めた。
「俺は……北部でアデライード様、ベアトリーチェ様、そしてアイリスさんの三人に対して、明確に自分の決意を伝えてきた。……俺はこの世界で、彼女たち三人全員を、男として、生涯の妻として迎える覚悟を決めた、とな」
「「「「おおおおおっ……!!」」」」
男子たちが低く興奮の声をあげ、女子たちは「やっぱりー!」と胸の前で手を組んだ。
「先生、すごいですわ……!」シェリーが感嘆の息を漏らす。「異世界の常識とはいえ、あのお三方の本気を受け止めるのは、相当な覚悟が必要だったはずです」
「ああ」翔は深く頷いた。「俺は最初、日本の立場や教師という役職、それに一夫一婦制の常識を言い訳にして、彼女たちの好意から逃げようとしていた。だが、彼女たちは俺のために命をかけ、立場を賭して尽くしてくれた。そんな相手に対して『大人だから』『世界が違うから』と濁し続けるのは、誠意じゃないと気づいたんだ」
翔のグレーの瞳が、力強い輝きを帯びる。
「だから俺は決めた。俺が彼女たちを妻として迎えることに、王宮や世間、いかなる政治屋からも文句を言わせないだけの『圧倒的な実績と功績』を、この手で積み上げると。
だから……俺はこの天空の神殿を何としても世界初攻略し、続く二大闘技大会でこの国を完全なる優勝へと導く。神と国王の前に、ぐうの音も出ない成果を叩きつけてやるつもりだ」
「先生……」
カイルが胸を熱くして翔を見つめた。
「もちろん」翔は笑顔を深め、日本の生徒四人──陽斗、真司、ほのか、鏡花を順番に見つめた。「お前たち四人を、無事に日本の家族の元へ返すという最優先の使命は、何があっても曲げない。あいつらを家に返すまでが、俺の『担任』としての責任だからな。……だから、あいつらが成人して無事に日本へ帰還し、全ての準備が整ったその時に、俺は彼女たちと正式に結婚する」
「……先生、かっこよすぎるよ」
陽斗が目頭を熱くして笑った。
「俺たち、絶対先生の脚を引っ張らない。明日も、闘技大会も、全部勝って……先生の最高の結婚式、俺たちが演出してやるからさ!」
「そうですよ、翔先生!」真司も拳を握りしめる。「先生がそこまでの覚悟を持って戦ってるなら、俺たちも120%の力で応えます!」
「ふふ、先生のお婿様ロード、私たちが一番近くでプロデュースしてあげなきゃね!」
鏡花がニシシと笑い、ほのかやミリーナも力強く頷いた。
焚き火の温かい光の中で、九人の心は今や完全に一つへと束ねられていた。
3.神殿最上階の死闘と、完全撃破
十日目──ついに迎えた『天空の神殿』最上階、第三十階層。
天井が存在せず、蒼天と真っ白な雲海が果てしなく広がる巨大な神殿の広場。
そこへ、九人の足音が力強く響き渡った。
ズズズ……ドォォォンッ!!
広場の中心に鎮座していた全身金属鎧の巨神──高さ十メートルを超える『天空の守護像』が、両目を赤く発光させて起動する。手には巨大な大理石の石剣。背中には禍々しい光を放つ魔力結晶。
(──凄まじい威圧感だ。だが……今の俺たちに迷いはない!)
翔は大剣を構え、最後方に位置しながら全体を鋭く見渡した。
「──全員、配置につけ! 事前のデコイ戦術で解明した通りの挙動だ! ヘイト感知は十メートル、初撃は右薙ぎ払い! 真司、ジーモ!」
「おうよっ! 任せろ先生!」
「我が盾は不動!」
真司とジーモが重盾を並べて最前線へ跳躍する。
ズォォォォンッ!!
巨剣が空気を切り裂き、爆風のような衝撃波とともに襲いかかる。
「鏡花、リアルタイム修正! 左三度!」
「了解! ジーモさん、角度を少し右へ!」
鏡花のアナウンスと同時に、真司の『物理無効化・衝撃分散防壁』とジーモの『鋼鉄化・地脈展開』が美しく重なり合った。
ドカァァァンッ!!
凄まじい爆音が響き渡るが、二人の足元は一ミリも後退しない。
「ブレスが来る! ミリーナ、ほのか!」
「『魔法霧散・属性中和術式』!」
「『氷結の柱』!」
ミリーナの極大打ち消し魔法が光線ブレスの軌道を歪め、上空の雲海へと逸らす。そこへほのかの氷結魔法が追撃し、ボスの背中の結晶を一時的に凍結・機能停止させた。
「ブレス再装填まで十五秒! カイル、陽斗、いけぇぇぇっ!!」
「「──『限界突破』ッ!!」」
カイルと陽斗の身からミントグリーンの電光と濃密な闘気が同時に爆発した。
プロテインと現代的トレーニングで限界まで高められた二人の脚力が、石畳を砕いて跳躍する。
空中で陽斗が短剣の平をカイルの足裏に滑り込ませ、超人的な体幹でカイルをさらに高みへ打ち上げる。
「『迅雷・両断斬り』ぃぃぃっっ!!」
バチチチチッ! ドガァァァン!!
カイルの放った雷光の連撃が、コロッサスの右肩関節を正確に破壊。巨腕が不自然に折れ曲がり、巨剣が手元から崩れ落ちた。
「仕上げだ、陽斗ぉッ!」
「任せろぉッ! 『極光・心臓穿ち』!」
落下しながら、陽斗は全身の闘気を一本の刃に集中させ、胸部のコアへと音速を超えた突きを刺し込んだ。
ズドンッ……!!
一瞬の静寂。
次の瞬間、アイアン・コロッサスの巨体が内側から眩い光を放ち、ガラガラと音を立てて光の粒子へと崩壊していった。
攻略時間、わずか三分四十二秒。
人類が誰一人として踏み込んだことのない『天空の神殿』最上階を、彼らは怪我人どころか、誰一人としてかすり傷一つ負うことなく、完璧なノーダメージで完全撃破してみせたのだった。
「……見事だ、お前たち!」
翔の声が響き渡ると、八人の生徒たちは一斉に歓声をあげ、翔の元へと雪崩れ込んで彼を揉みくちゃにして抱き合った。
開かれた宝物庫の中央には、古代エルサス文明の財宝とともに、羊皮紙に黄金の刻印が施された『ダンジョン管理者権限委任状』が鎮座していた。




