第八十八話:女子たちの深夜の暴露会
1.女子たちの深夜の暴露会
男子たちが三好翔の自室で、クローゼットから溢れ出た大量の「日本の親の愛(避妊具)」を前に顔を真っ赤にして大騒ぎしていた、まさにその頃。
公爵邸の反対側にある、柊鏡花の個室でも、まったく同じ「平べったくてカラフルな日本の小箱」を前にして、尋常ならざる静寂が漂っていた。
「……ねえ、鏡花ちゃん。これ、本当に日本の素晴らしい魔導具なの?」
カノーヴァの元代表候補であり、高貴な治癒師であるシェリーが、大理石のテーブルの上に置かれた箱を、まるで壊れ物を扱うように慎重に指先でつついた。
「そうよ、鏡花。この『0.01ミリ』って書いてある数値、魔力の浸透率か何かなのかしら……? でも、なぜこんなにゴムのように伸縮性のある素材が……」
魔術師のミリーナ(ミーナ)も、不思議そうに顔を近づけて、箱の裏に書かれた謎の日本語の説明文を凝視している。
その二人の純粋な疑問とは対照的に、隣に座っていた橘ほのかは、顔を耳の裏まで真っ赤に染め、頭からボッと音を立てて湯気を噴き出しそうなほどに硬直していた。
「あ、う……あ、あ、あれは……その、日本でも、す、すごく秘匿された……」
ほのかの目がぐるぐると回り、今にも過呼吸で倒れそうだ。
鏡花は、出されたフルーツタルトをサクサクと口に運びながら、あまりにもあっけらかんとした、普段通りの軽快な口調で言い放った。
「──ほのかちゃん、隠したって無駄だよ。
シェリーちゃん、ミリーナちゃん。それね、お守りでも魔導具でもなくて、日本の『避妊具』っていうの。
簡単に言えば、男の人とそういうことをしたときに、女の子が『妊娠(子供を授かる)』しないように守るための、日本の最高峰の医療用ゴム製品だよ。要するに……私たちの日本の親たちが、十代の男女が一緒に戦いながら夜を過ごすのを見て、心配になってこっそり仕送り袋の底に仕込んできたんだね」
「「──な、な、何ですってェェェッッ!?!?!」」
シェリーとミリーナの二人は、鏡花のあまりにも直接的でフランクな解説を聞いた瞬間、雷を脳天に浴びたように硬直した。
「に、に、妊娠を……防ぐ……!? 男の人と、そ、そのような不埒な、あられもないことをしたときに……!?」
シェリーの顔が一瞬にしてトマトのように真っ赤になり、サクラ色のドレスの裾をぎゅっと握りしめてガタガタと震え出した。
「ミリーナも、魔導書を放り出して、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「お、お、お腹に赤ちゃんが……!? ジーモと、私が、そんな……う、嘘でしょう!?」
「あはは! 二人とも、ほのかちゃんと同じ反応になっちゃって可愛い!」
鏡花は楽しそうにゲラゲラと笑いながら、紅茶を一口啜った。
「でもさ、おば様たち(親たち)が心配するのも当然だよ。私たちは毎日、同じ屋根の下で、お互いに命を預け合って戦ってるんだからね。
私はまだ経験はないけれど……。もし、本当にお互いが愛し合って、いざという時(最後の一線)を迎えるときには、女の子の体や未来を守るためにも、絶対に使うべきだと思うな。それが、相手を思いやるマナーだしね」
鏡花は、少しだけ真面目な瞳を三人に向けた。
だが、すぐに不敵な、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「──ただし! ダンジョン攻略中や、実戦の任務の合間とかに、そんなことで頭をいっぱいにするのは絶対に禁止だよ!?
集中力が乱れて、ワイバーンに食べられちゃうからね!」
「「「──するわけないでしょう(ですわ)!!!」」」
深夜の女子部屋に、赤面した少女たちの悲鳴のような絶叫がハモって響き渡り、彼女たちはその日本の小さな箱を抱きしめたまま、眠れない夜を過ごすことになるのだった。
2.翌朝の緊迫した朝学活
翌朝。
「……先生。ちょっと、男の子たちにも言っておいてほしいことがあるんだけど」
朝一番、ジャージ姿の鏡花が翔の個室を訪ね、昨夜の女子部屋での「コンドーム暴露会」の様子を、これまたあっけらかんと翔に報告したのだ。
「あ、あちゃぁ……やっぱり、女の子たちの分にも混ざっていたか……」
翔は、胃が痛むように額を片手で押さえて深くため息をついた。
現役の高校教師として、この問題を「見て見ぬふり」にして、曖昧に放置しておくわけにはいかない。お互いがギクシャクしたままでは、次のダンジョン攻略に致命的な隙が生まれる。
翔は覚悟を決めた。
「──全員、中庭へ集まってくれ。出発前の、短い朝学活を行う」
数分後。
朝靄の立ち込める中庭に、水上陽斗、不破真司、カイル、ジーモの男子4人、そして柊鏡花、橘ほのか、シェリー、ミリーナの女子4人、合計8人の若き戦士たちが整列した。
だが、中庭に漂う空気は、これまでにないほどに「緊迫」し、そして強烈に「気まずい」ものだった。
男子は男子で、昨日手渡された小箱をジャージのポケットに忍ばせ、女子は女子で、全員が俯いて視線を地面に落としている。
ほのかとミリーナは、顔が火を吹くほど真っ赤で、お互いに一言も喋らない。
翔は、彼らの前に立ち、意を決して毅然とした教師の声で切り出した。
「──ゴホン。全員、よく聞きなさい。
昨日、日本の親御さんたちの心配から、不意に『避妊具』という特別な物品がお前たちの手元に渡ってしまった。
お互いに気まずい空気になっているのはよく分かるが……俺から、教師として、そしてこの世界の状況を背負う大人として、はっきりと伝えておきたいことがある」
全員がハッとして顔を上げ、翔のグレーの瞳を見つめた。
「まず、前提として。
このエルサス王国の法律、および社会の常識において、お前たち8人は、全員がすでに立派に『結婚できる年齢(成人)』に達している。
そして、年齢的にも、そのような性的、あるいは異性への関心が沸き起こるのは、生物学的にも心理学的にも極めて自然なことであり、俺はそれを『汚いもの』だとか『不埒なことだ』と頭ごなしに禁止するつもりは、毛頭ない」
翔の、一切の偽善を廃した言葉に、カイルや陽斗たちはゴクリと唾を呑み込んだ。
「お前たちが、お互いを本気で愛し、信頼し合って、納得した上で最後の一線を越える(性的関係を持つ)分には、俺は口を出すつもりはない。
日本の親御さんたちが送ってくれたあの物品は、その『責任と安全』を全うするための、最高峰の道具だ。使う機会があるならば、相手への思いやりとして正しく使いなさい」
「せ、先生……そこまで言うんだ……」
真司が、顔を真っ赤にして呟いた。
「──しかし!!」
翔は、その瞳を鋭くぎらつかせ、教壇を叩くように声を張り上げた。
「危険極まりない『ダンジョン攻略中』や、命のやり取りを行う『実戦任務の最中』に、そのような浮ついた気持ちで臨むことは、もってのほかだ!
これからの『天空の神殿』の攻略、および王都の闘技大会は、お前たちがこれまでに経験したことのない、本当の強者たちとの命がけの戦いになる。
一瞬の集中力の乱れ、一瞬の性的な邪念(迷い)は、自分だけでなく、背中を預けている仲間の『死』に直結する。
お前たちがそれぞれ、自分たちの『責任』と『愛の質量』をどう考えるかは自由だ。
だが! 出発するまでに、全員、その浮ついた、恥ずかしそうな表情を完全に捨て去り、頭の芯まで冷やして、戦士としての『戦闘モード』に気持ちを切り替えてくれ。
……よろしいですね、お前たち!」
「「「「──はい、先生!!!!」」」」
8人の、顔を真っ赤にしながらも、力強く、そしてどこか吹っ切れたような、清らかな声が中庭に響き渡った。
翔は、全員を解散させた後、フゥと深くため息をつきながら自分の頭を抱えた。
(あ、あちゃぁ……。一歩間違えれば、教師として完全アウトな『セクハラ・ホームルーム』だったんじゃないか、これ……。さすがに、あそこまで直接的に語りかけるのは、胃が千切れそうなほど緊張したぞ……)
翔が胃の痛みに耐えながら中庭の隅で佇んでいると、背後からスッと忍び寄ってきた鏡花が、ニヤニヤとした、この上なく邪悪で楽しげな笑みを浮かべて翔を小突いた。
「──ねえ、翔先生。
今のホームルーム、すごく格好良く言い切ってたけどさ。
もしこれを、現代日本の高校の教室で、担任の先生が高校二年生の男女に向かって堂々と言い放ってたら……その瞬間、保護者会と教育委員会から大クレームが来て、一発で『社会的アウト(免職)』になってるよね?(笑)」
「う、うるさいっ! ここは異世界だ! 状況が状況だけに、極限の例外ルールが適用されているんだよ! 早く次の特訓の準備に行きなさい!」
翔は顔を真っ赤にして叫び、キックボードの整備を始めるのだった。
混迷を極める彼らの恋と特訓の授業は、親たちのリアルな心配を背負いながらも、より一層の強い「責任」と「絆」を伴って、天空の神殿の最上階へと向けて、力強く走り出すのだった。




