第八十七話:クローゼットの秘密と、紅潮する男たちの homeroom
3.クローゼットの秘密と、紅潮する男たちの homeroom
その日の夜、嵐のような大移動と特訓の疲れを癒すため、翔は公爵邸の自室のフカフカのベッドで、静かにハーブティーを飲んでいた。
コン、コン、コン、コン!!!と、部屋のドアが、妙にせっかちで、かつ尋常ならざる緊迫感を持った音でノックされた。
「……? はい、どうぞ。開いてますよ」
ガチャリとドアが開くと、そこになだれ込んできたのは、ジャージ姿の男子4人――水上陽斗、不破真司、そしてカイルとジーモであった。
だが、彼らの表情は、いつもの気の良い表情ではなかった。全員が、顔を耳の裏まで真っ赤に染め、息を荒くしながら、翔のベッドの前に整列した。
そして、陽斗が、震える手でポケットから「とある、カラフルで平べったい日本の小箱」を、テーブルの上にバンッと叩きつけるようにして置いた。
そこにあったのは、見慣れた日本のドラッグストアで売られている、日本語で『0.01mm』『極薄・フィット』などと書かれた、紛れもない『コンドーム(避妊具)』であった。
「……せ、先生。これ、一体どういうことだよ!」
陽斗が、真っ赤な顔で抗議の声をあげた。
「そうだよ、先生! 俺たち、実家のお母さんたちから届いた仕送りの袋を開けたら、その一番底の、お菓子の箱の隙間から、この『ゴム』が、全員の袋から一個ずつ出てきたんだぞ!?」
真司も、顔を真っ赤にして叫んだ。
カイルとジーモの二人は、その日本語で書かれた謎の小箱を見つめ、不思議そうに首をかしげていた。
「……あの、三好先生。陽斗たちから、これは『いざという時に、女性を傷つけず、望まない子供を作らないための、日本の最高峰の魔法の袋(避妊具)』だと説明を受けたのですが……。
なぜ、俺たちの仕送り袋の中にまで、これが当然のように入っているのですか……?」
ジーモが、丸太のような太い腕を真っ赤にして頭を掻いた。
カイルもまた、顔を林檎のように赤くしながら、翔を問い詰めるように見つめた。
「先生……。俺たち、これを手にした瞬間、どうしても隣の部屋にいるシェリーやミーナたちの顔が頭に浮かんで……。何を想像していいか分からず、頭が破裂しそうなんです! なぜ先生は、こんな不埒なものを俺たちに配ったのですか!?」
「あ……あちゃぁ…………」
翔は、その小箱を見た瞬間、脳天に雷を浴びたように硬直した。
やってしまった。
一昨日の夜、日本の駿から「親たちのリアルな心配と愛が詰まった避妊具」を受け取り、慌ててクローゼットの奥深くに隠し込んだ。
だが、今日、生徒たちの追加の仕送り物資(親たちからのお菓子や服)をアイテムボックスから手渡す際、中身を細かく確認せず、個人の袋をそのまま渡してしまったため、親たちがこっそり底に仕込んでいた「避妊具」が、そのまま生徒たちの手元へと流れてしまったのだ。
「みんな、落ち着け。……これには、深くて重い、大人の事情があるんだ」
翔は、這うようにしてベッドから起き上がると、クローゼットの重厚な扉を開け放った。
ガラッ。
そこにあったのは、棚の奥にうず高く積まれた、日本のドラッグストアの袋に入った『大量の、様々なメーカーのコンドームの箱の山』であった。
「「「「な、何だこれはァァァッッ!?!?!」」」」
男子4人が、その圧倒的な物量に、悲鳴のような声をあげて後ずさりした。
「……先生。お前、裏で、裏でこんなに大量のゴムを溜め込んで、一体何をするつもりなんだよ!?
アデライード様たち三人相手に、毎晩、一体どんな授業を……!?」
陽斗が、恐怖と羨望の混ざった目で翔を指さした。
「違う! 違うんだ、陽斗! 俺のじゃない!」
翔は真っ赤になりながら、必死に手を振って弁明した。
「これはな……お前たちの、日本にいる『親御さんたち(お父さん、お母さんたち)』が、本気でお前たちのことを心配して、駿に託して送ってきたものなんだ!
お前たちは、まだ十代の健康な男女だ。
毎日毎日、同じ宿や野営地で、同じ屋根の下で過酷な戦いを共に生き抜いている。
そんな環境で、いつ恋愛感情が暴走して、間違いを犯して女の子を傷つけてしまうか分からない。
日本の親御さんたちは、我が子が傷つき、あるいは望まない形で誰かを傷つけてしまわないように……親としての、本当にリアルな、泣きそうなほどの心配と愛を込めて、この『魔法の袋』を俺の元へと大量に送ってきたんだよ!
俺はそれをクローゼットに隠していたんだが、今日の仕送りの中に、親御さんたちが個別に仕込んでいたものが、チェック漏れでそのままお前たちの手元に渡ってしまったんだ!」
翔の、教師としての真剣で、かつ必死の「ホームルーム(性教育)」。
陽斗、真司、カイル、ジーモの四人は、その言葉を聞き、日本の親たちの、あまりにもリアルで、かつ深い『心配の質量』を理解し、一瞬にして静まり返った。
「親御さんたち、そこまで俺たちのことを考えて、心配してくれていたんだな……」
真司が、自分の母親の手紙を思い出し、ぽつりと呟いた。
「お前たちの年頃だ、こういうことに興味を持つのは、男として極めて不自然なことじゃない。
だが、力を持つ者として、守るべき女の子たちの尊厳と人生を、何よりも一番大切に考え、常に責任ある行動を取るんだ。それが、大人になるということだ。分かったな、お前たち!」
「「「「──はい、先生!!!」」」」
深夜の公爵邸の個室。
顔を真っ赤にした男4人の、日本から届いた「親の愛(避妊具)」を巡る、少し甘酸っぱくも、この上なく真面目な特別授業は、強い絆と、未来への確かな「責任」を胸に抱きながら、静かに幕を閉じるのだった。




