第八十六話:駿の二重構想と、おかんたちの鋭い尋問
1.駿の二重構想と、おかんたちの鋭い尋問
大阪・北区。
厳重なカードキーと静脈認証で守られた『ミヨシ・ホールディングス日本支部』の最上階。
開発デスクで冷たいアイスコーヒーを口に含みながら、三好駿は、新たに構築した美容ビジネスの『二重二層戦略』について、集まった「主婦同盟」に向けて説明していた。
「ええか、おばちゃんたち。日本の最新ナノ技術と異世界の高位ポーションを組み合わせた『超高浸透ポーション』は、これまで通り、完全会員制の極秘サロンでのみ扱う。これは月一回の施術で、肌の真皮層、つまり『内部の細胞レベル』まで巻き戻すアンチエイジングが目的や。
一方で、今回道修町の地下研究室で量産化に成功した『HASEL』は、使用者が自宅で毎日使うための『セルフケア商品』。これは表皮、つまり肌の表層の日常的なトラブルや乾燥を防ぐためのものや。
月一回のサロンで内側を完璧に整え、日々の『HASEL』で表層の美しさをキープする。この二重の包囲網で、日本のマダムたちの財布を完全にロックするわけや」
「なるほどねぇ……。毎日のお手入れと、月一回の特別なサロン。完璧な役割分担じゃない、駿くん!」
橘ほのかの母親が、シワ一つないプルプルの頬を撫でながら、感心したように深く頷いた。
「さらに、今回の量産化に伴って、俺と蓮で魔法陣の配列を解析して、全く新しいセキュリティを開発した。……名づけて『使用者指定・自己崩壊呪文』や」
駿は、デスクの上の乳白色の陶器ボトルを指さした。
「これから日本で流通させるすべての『HASEL』、そしてサロンの原液には、この特殊な魔法陣の封蝋が施される。契約の際に指定された本人以外の人物――例えば、成分を盗もうとするスパイや、競合他社が無理やり封を開けた瞬間、魔法的な分子結合が自ら壊れ(セルフ・バニッシュ)、中身はただの『水と、微量な植物性サポニン、ビタミンC』へと自動的に擬態する。
これなら、どれだけ最新のバイオテクノロジーを持つ多国籍企業が血眼になって分析しようが、絶対にコピーは作れん。ポーションの秘匿性と、おばちゃんたち関係者の安全性を、これで極限まで強化した。……どうや、これなら安心して商売できるやろ?」
駿が完璧なドヤ顔で説明を終えると、応接室に並んだ四人のおかんたちは、一瞬、神妙な顔で頷き合った。
だが──。
次の瞬間、柊鏡花の母親が、ニヤリといたずらっぽく目を細めて身を乗り出してきた。
「……うん、駿くんのビジネスが天才的なのはよーく分かったわ。でもねぇ……」
「そんなお仕事の話より、駿くん」
不破真司の母親が、腕をまくりをして、恐ろしいほどの笑顔で駿をロックオンした。
「──蓮ちゃんと玲香ちゃんの件は、一体どうなっているのよ?」
「ぶはっ!?」
駿は、飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出しそうになり、大慌てで口元を押さえた。
その隣では、マイノートPCを叩いていた名取蓮が、顔を真っ赤にして眼鏡をガタガタと震わせ、お茶を運んできた不破玲香も、サクラ色のポロシャツを揺らして、真っ赤になって立ちすくんでいる。
「おばちゃんたち……なんで今、その話になるんや……」
「当たり前でしょう! 私たち、名古屋のあの最高級ホテルの一件、玲香から全部聞いてるのよ!?」
柊の母親が、楽しそうにパタパタと手を叩いた。
「駿くん、女の子二人を偽名でスイートルームに連れ込んで、朝までおもてなし(最後の一線突破)したんですって?
おばちゃんたち、駿くんのことは大好きなの。だからね、おじさんたち(旦那たち)には内密にして、裏で美味しく取り計らってあげるから……。駿くん自身が、二人のことを本当にどう考えているのか、男としての『本音』を今すぐ教えなさい!」
四人のおかんたちからの、凄まじい「お節介の包囲網」。
駿は、逃げ場がないことを悟り、観念したように首筋を掻きむしった。
だが、その瞳には、一人の男としての、極めて誠実で揺るぎない覚悟が宿っていた。
「……。分かったわ、おばちゃんたち。
正直に言う。俺は、蓮のことも、玲香ちゃんのことも、心の底から愛しとる。
どちらか片方だけを選んで、もう片方を奈落の底へ突き落とすなんて、俺には到底できんかった。
……日本には重婚禁止の法律がある。だから、表立った籍は入れられへんかもしれんけど、俺は、二人とも『事実婚(デコイ抜きの本物の妻)』として、一生をかけて、同じように大切にしていく覚悟を決めた。
この件については、異世界にいる兄貴の翔にも報告して、許可を貰っとる」
駿は、隣で震えている蓮と玲香の手を、自らの大きな手でそっと握りしめた。
「だから……まずは、近いうちに、玲香ちゃんのご両親(不破のおじさんたち)、そして蓮のご家族に、俺から直接、男として誠実に筋を通しに伺います。
そして、異世界の戦いやゲートの件がすべて落ち着いたその時には、俺の実家の両親にも、二人を『俺の妻です』と、堂々と紹介して挨拶に連れて行くつもりです。……これが、俺の出した答えです」
駿の、ブレない、そして命がけの不敵なプロポーズの言葉。
蓮は、眼鏡の奥の瞳に大粒の涙を溜めて、駿の胸にぽすっと頭を預け、玲香もまた、駿の腕をぎゅっと抱きしめてワンワンと声を上げて泣きじゃくった。
「まぁ……! 駿くん、本当に、本当にかっこいいわ!」
「おばちゃん、感動しちゃった! 旦那たちへの根回し、そして実家のオカンへの説明は、全部私たちが裏から完璧に仕組んであげるから、安心して二人を幸せにしなさいね!」
主婦同盟のおかんたちは、我が子のことのように涙を流して大はしゃぎし、新事務所は、甘酸っぱくも、この上なく強固な『ミヨシ・ファミリー』の絆で満たされるのだった。
2.王都の凱旋と、背負うべき愛の質量
異世界、エルサス王国の王都にあるブルグンド公爵邸。
キィィィィッッ!!! という、美しいタイヤの制動音を響かせ、一陣の蒼い雷撃──モンスターキックボードに乗った三好翔が、中庭へと滑り込んだ。
「先生! 先生、お帰りなさい!」
中庭にいた水上陽斗、不破真司、橘ほのか、柊鏡花、そしてカイルたちの八人が、一斉に翔の元へと駆け寄ってきた。
「みんな、ただいま。……怪我はないか? 留守中の天空の神殿の攻略状況は、どうだった?」
翔がキックボードをマジックバッグへと収納しながら尋ねると、遊撃の鏡花が自慢げに胸を張った。
「バッチリだよ、先生!
二十一階層の浮島エリア、先生に教えてもらった『科学的偵察(デコイ戦術)』をフル活用したんだ!
使わなくなったドローンとラジコンカーをボス部屋の隙間から突入させて、ボス『天空の守護像』の攻撃範囲やブレスのタイミング、挙動のすべてを、安全な位置からカメラ映像で完璧に確認したの!
ボスのパターンをハックしたから、次は怪我人ゼロで一撃で踏破できるよ!」
「……素晴らしいな。ドローンをデコイにしてボスの挙動を暴き、王都へ一時撤退する。
まさに、リスクを最小限に抑える完璧な『科学の勝利』だ。お前たちのその臨機応変な知性、教師として本当に誇らしいよ」
翔は、教え子たちの圧倒的な成長に、心からの感動を覚えて彼らの頭を順番に撫で回した。
だが、一通り褒めちぎった後、翔は少しコホンと咳払いをし、頬を少し赤らめながら、言いにくそうに頭を掻いた。
「……それと、みんな。出発の前に、北部でアデライード様、ベアトリーチェ様、そしてアイリスさんの三人に……。
一人の男として、将来の『婚姻(結婚)』に向けた、本気の誓い(腹をくくった申し出)を伝えてきたんだ」
「えええええええっ!?!?!」
女子生徒たち(鏡花、ほのか、シェリー、ミリーナ)から、一瞬にして黄色い、凄まじい大歓声が沸き起こった。
「きゃあー! 先生、ついに三人同時にプロポーズしたのね!?」
「お堅い先生が、ついに腹をくくったんだ! 格好良すぎるよ、先生!」
少女たちは大はしゃぎで飛び跳ね、対照的に男子生徒たち(陽斗、真司、ライネル、アルベルト)は、
「……マジか。三人の令嬢を同時に妻に迎える覚悟を決めるなんて、先生、男として器が違いすぎるだろ……」
と、純粋な男としての最大級のリスペクトを目に宿して、翔を見つめていた。
元代表のカイルとジーモも、その圧倒的な「器の大きさ」に、
(この男は、戦いだけでなく、背負うべき愛の質量すら、我らとは次元が違う……。本当に勝てないな)
と、深く脱帽するしかなかった。
「あ、あはは……。まあ、詳しい話は後だ。
それと、日本の駿から、お前たちの実家の親御さんたちからの『追加の仕送り物資』を預かって、アイテムボックスに入れてある。
親たちの好意で、異世界組のカイルたちや、ライネルたちの分のお菓子や高機能なシャツもたくさん入っているから、みんなで分けて受け取ってくれ」
「うおお! お母さんたちの仕送りだ! 先生、ありがとう!」
陽斗たちは大喜びで、自分たちの名前が書かれた日本の紙袋や段ボール箱を抱え、それぞれの部屋へと戻っていった。




