第八十五話:小難しい説明は不要、儲けてなんぼや
「三好社長。これ、本当に『海外の未開拓の秘境』で見つかった新規ボタニカル(植物)の抽出液なんですか? 分析器の限界まで精密測定しても、検出されるのは水、微量な植物性サポニン、それとどこにでもあるアスコルビン酸(ビタミンC)だけなんですよ。しかし、私のこのカサカサだった手の甲、この長年の実験で荒れ果てた皮膚にたった一滴落としただけで……見てください。一瞬で、まるで吸い付くような潤いが戻って、頑固なシワが完全に消失した。こんなこと、現代の生化学の常識ではあり得ん。魔法でもかかっているとしか思えない!」
「ふっ、非科学的やからこそ、独占する価値があるんですよ、先生」
俺──三好駿は、仕立ての良いイタリア製の高級ジャケットのポケットに手を突っ込み、口元を不敵に歪めた。
(当然や。中身は正真正銘、異世界の『本物の魔法美容薬』なんやからな)
どれほど精緻な現代日本のハイテク分析器をもってしても、異世界のポーションが秘める「魔力的な分子調和」を直接ハックすることはできない。 それもそのはずだ。物質をこの世界に転送する直前、俺は『つながる左手』を通じて兄貴の翔に指示を出し、ポーションに「ジャミング(自己崩壊呪文)」のセキュリティを施させていた。容器から別の試験管へ移し替えたり、強力なレーザーや電磁波を照射されたりした瞬間に、魔法的な結合が自ら壊れ(セルフ・バニッシュ)、ただの「サポニン水」へと自動的に擬態する仕組みだ。 これなら、どれだけ最新のバイオテクノロジーと潤沢な資金を持つ世界有数の巨大製薬会社が血眼になってリバースエンジニアリングを仕掛けてこようが、絶対に「真似」は作れない。 特許を取得しようとすれば成分や製法をすべて公開しなければならないため、あえて特許は申請しない。レシピを完全なブラックボックスにすることで、コカ・コーラやケンタッキーの秘伝のスパイスをも遙かに凌ぐ、世界で唯一の「永久の独占販売権」がここで確定したのだ。
「先生、驚くのはそれくらいにしてください。厳重な秘密保持契約(NDA)の通り、これ以上の深追いは無用です。あとは、俺が定期的に持ち込むこの『原液』を、一切の化学保存料や防腐剤を添加せずに、日本の極めて厳格な衛生基準(GMP)に適合した状態で、そちらの工場でパッキングしてもらう。それだけで結構です」
「しかし、これほど不安定で、分析するとただの水に見える液体を、どうやって品質保持したまま流通させるつもりなんです? 一般的なガラス瓶やプラスチック容器では、紫外線や静電気で数日でただの水に戻ってしまう危険性がありますが……」
「だからこそ、ボトルにはこれを使うんですよ」
俺は手元のスマートフォンの画面をタップし、メーカーの技術者に提示した。
「1回使い切り(アンプル型)の、素焼きの陶器製ミニボトル。それも、余計な光を100%遮断する、なめらかな質感の乳白色の小瓶です。これなら、成分の変質を防ぐと同時に、圧倒的な高級感を演出できる」
「陶器の小瓶、しかも一回使い切りですか!? 製造コストがガラス瓶の十倍以上に跳ね上がりますよ!」
「ええ、それで構いません。現代の美容トレンドは『ヴィーガン』と『ミニマリズム』、そして『クリーンビューティー』です。化学添加物を一切使わない100%植物由来だからこそ、一回ごとに贅沢に栓を引き抜くという『儀式』が、本物志向のセレブの所有欲に深く突き刺さる。液体の美しいヘーゼル(琥珀色)を引き立てるよう、ボトルの外観は極限まで無駄を削ぎ落としてください。香りは、こちらで手配する最高級の天然オールドローズに、ほんのりと柑橘類の爽やかさを混ぜたアロマを纏わせる。……最高の一本を作りましょう、大阪の技術力で」
こうして、現代日本における美の特異点──ボタニカル・バイオテックブランド『HASEL』が、ここ道修町の地下研究室で密かに産声を上げた。
この『HASEL』の上位一般販売ラインの稼働に伴い、大阪・北区の新事務所で行われていた極秘の会員制美魔女サロンは、おかんたち(主婦同盟)の主導によるクローズドな運営(口コミ紹介制)へと完全に移行。
一方、公へのプロモーションや、一般市場への爆発的な販売ルートの開拓は、表舞台に立った俺(三好駿)がすべてを一手に担うという、完璧な「役割分担(ヘイト管理)」を確立した。
「駿くん、すごいわ! サロンから一般向けの『HASEL』の陶器ボトルへ移行したいっていうマダムが殺到して、嬉しい悲鳴よ!」
不破母が、嬉しそうに顧客リストを整理していた。
「ええ。そこは、サロンの会員価格の一部返金に快く応じてあげてください。顧客の信頼を勝ち取るためなら、一億円の返金など、これからの莫大な『HASEL』の世界的な売り上げに比べれば、ただの必要経費ですからね」
駿は、淹れ立てのコーヒーを口に運びながら、日本の、そして世界中の美容市場のマネーを完全にハックする冷酷で不敵な笑みを、道修町の夜の光に向けて浮かべるのだった。




