第八十四話:『HASEL-LITE』の登場と、道修町(どしょうまち)の暗躍
「アデライード、ベアトリーチェ、アイリス。お前たち三人に、改めて確認する。……翔殿は、複数の妻を娶ることに、日本の常識(一夫一婦制)や年齢の壁を言い訳にして、最初は激しく躊躇していたはずだ。それを、お前たちの気持ちに、本当に一切の変わりはないのだな?」
公爵の、父親としての威厳に満ちた、しかし真剣な問いかけ。
アデライードは、迷うことなく胸を張った。
「当然ですわ、お父様! 私たちは、彼以外の男性を夫として迎えるつもりは、万に一つもありませんわ!」
「はい、お父様。ベアトリーチェも同じですの」
「私も……生涯をかけて、翔様をお支えいたします!」
アイリスも、深く頭を下げて忠誠と愛を誓った。
通信の向こうで、カノーヴァ伯爵が上品に微笑み、グラスを置いた。
『──素晴らしい覚悟ですな、お嬢様方。
ならば、我ら両家としても、その愛の質量にふさわしい、完璧な【対外的な見せ方(政治的根回し)】を、今すぐ王都で仕組まねばなりませんな、公爵閣下』
「ああ、その通りだ、カノーヴァ」
公爵は不敵にぎらりと眼光を輝かせ、デスクの上の羊皮紙をトントンと叩いた。
「まず、前人未到の『天空の神殿・三十階層踏破』という、王国の歴史を塗り替える圧倒的な功績。
これを、カイルたち合同チームと事前に話し合い、すべての指揮と最大の殊勲を『三好翔の功績』として公式に王宮へ報告させる。
これほどの伝説的な成果があれば、王都のいかなる政治屋も、あのバケモノ教師の存在を無視することはできん。
この功績をもって、我が両家から国王アルトリウス陛下に対し、翔殿を我が公爵家、および伯爵家の娘たちを娶るにふさわしい、格式高い『上級貴族の爵位(男爵、あるいは子爵級)』を授与させるよう、強力な政治的圧力をかける!」
『ふふ、陛下はあの魂の契約に怯えていらっしゃいますからな。喜んで爵位の授与を認めるでしょう。
そして、翔殿に公式な爵位が授与されたその直後……。
王宮の舞踏会の場において、我が両家から、アデライード、ベアトリーチェ、アイリスの三人との『公式な婚約発表』を同時に行う!
そして、闘技大会の結果でこの国を1位に導いたその瞬間に、正式に結婚を執り行うのです』
「完璧なロードマップですわ、お父様!」
アデライードが、嬉しそうに声を弾ませた。
「……ただな、お前たち」
公爵夫人が、上品にクスクスと笑いながら、三人の令嬢の肩を抱いた。
「翔様はね、水上さんたち4人の生徒を『元の世界に無事に返すまでは、結婚はできない』と、とてもお堅いことをおっしゃっていたでしょう?
おば様(夫人)としてはね、そんなお堅いルールは、少し曲げてでも、一刻も早くお婿様としてお迎えしたいの。
だから、アデライード、ベアトリーチェ。お前たちから、あの水上さんたち4人の生徒に向けて、『先生、私たちのために、そこは少し妥協して、早く結婚してあげて!』と、裏から翔様を説得するように、美味いお菓子や日本のゲームをエサにして、強力に頼み込んでおきなさい(説得を頼む)」
「まぁ……! お母様、本当に素晴らしいアイデアですわ! さっそく、鏡花さんたちに魔導無線でお願いしておきますわね!」
こうして、異世界の父親たち、そして夫人による、翔の貞操を合法的にハメ殺す「公式お婿様計画」の完璧な包囲網が、本人の知らないところで、冷酷かつ華麗に仕組まれていくのだった。
4.『HASEL-LITE』の登場と、道修町の暗躍
一方、現代日本──。
ボタニカル・バイオテックブランド『HASEL-LITE』のセンセーショナルな登場は、日本の、そして世界中の美容業界のトレンドを一瞬にして塗り替え、創調者である三好駿の元へ、世界中から巨万の富と注目が津波のように押し寄せていた。
だが、駿がその仕掛けの「心臓部」として選んだのは、東京の華やかな表参道でも、銀座の超一等地でもなかった。
大阪・道修町。
江戸時代から「薬の街」として栄え、日本中の薬種問屋が集まり、今なお大手製薬会社や化学メーカー、化粧品原料問屋が軒を連ねる、日本の薬種歴史の心臓部。その一角にひっそりと佇む、最先端の化粧品OEM(受託製造)メーカーの極秘研究室に、駿は異世界から転送させたポーションを持ち込んでいた。
クリーンベンチの青白い殺菌灯が灯る室内で、白衣を羽織った初老のベテラン研究員が、アクリル窓の向こうで質量分析計のモニターを睨みつけていた。彼は何度も頭を抱え、プリントアウトされたチャート用紙とスキャナーを往復させては、信じられないといった様子で声を荒らげている。
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