第八十一話:あっさりと経済戦争は幕を下ろす
敵対貴族のリーダーが、声を張り上げて言い放った。
玉座に深く腰掛けたブルグンド公爵は、その獅子のような鋭い眼光を細め、ふっと冷たい笑みを浮かべた。
「……ほう。なぜ一介の商人に過ぎぬコーリア商会が、我が領の反対勢力たる貴族どもと行動を共にし、我が屋敷にまで詰めかけているのか、逆に問いかけさせてもらおうか」
公爵の圧倒的な覇気に一瞬気圧されながらも、コーリア商会長は、勝算を確信した薄汚い笑みを浮かべて一歩前に出た。
「我がコーリア商会は、この王国で不法を働き、流通を乱している大罪人が北部に逃げ込んだと聞き及びましてな。正義ある貴族の方々の『摘発の一助』になればと、協力している次第にございます」
「なるほど、摘発の一助、か。実に殊勝な心がけだ」 公爵は顎を撫でながら頷いた。 実はこの時、公爵の耳には目立たない小型のイヤホンが差し込まれている。翔の左手のスマホを通して日本に居る駿が声でフォローをしていた。部屋の片隅では、光学迷彩の魔道具で姿を完全に消した翔が、日本の駿とリアルタイムで通話をつないだ「システムスマートフォン」のカメラを向けて、会議の様子を駿へ生配信していた。
公爵は、日本の駿からの通信指導を受けながら、静かに、そして冷酷に罠(誘導尋問)を仕掛けた。
「言葉巧みに、一体誰がその不法者をとらえようとしているのか、はっきりと聞かせておこう。誰の正義だ?」
「当然、国王陛下の御意志である! 我ら北部の正義ある貴族一同が、王命を帯びてこの罪人をとらえに参ったのだ!」
敵対貴族たちが、調子に乗って胸を張る。
「わかりました。……おっしゃりたいことは以上ですか?」
公爵はそう確認すると、テーブルの上に一枚の羊皮紙とインクペンを置いた。
「翔をとらえた後、国王陛下へ相応の褒美を申請する必要があるからな。間違いがあっては困る。ここに関係する貴族、および商会の関係者全員の名前(署名)を書くがいい」
手柄を独占できると確信した彼らは、疑うこともなく、我先にと羊皮紙に自らの名前を署名し、コーリア商会もまた堂々とその名を刻み込んだ。
「よし、署名は確かに受け取った」
公爵は羊皮紙を回収し、虚空に向けて、鋭い声を張り上げた。
「──さて、国王陛下。会話を聞いておられましたね。あなたの命令で彼らは翔をとらえようとしているようですが、間違いありませんか?」
その瞬間、室内に響き渡る魔導通信の音声が、スピーカーを通じて大音量で轟いた。
『な、な、な、そんなわけないであろうォォォッ!!!』
国王アルトリウスの、裏返った怒号だった。
すでに王都の王宮では、叫び出しそうになる国王の口を、冷徹な宰相バルテルが力づくでガシッと塞ぎ、これまでの一部始終を強制的に聞かせていたのだ。
通信が解放された瞬間、国王は恐怖と怒りで滝のような冷や汗を流しながら絶叫した。
『ブルグンド公爵! 王命を偽り、我が王国の賓客を害しようとしたそのバカ貴族ども、および関係している者どもを、反逆罪としてその場で直ちにとらえよ!
そしてコーリア商会の商会長アーサーよ、我が国への内政干渉、および不法な陰謀の件、そなたの国(リペラ共和国)に対して公式に、総力を挙げて厳重に問わせてもらう。覚悟しとけ!』
通信がプツリと切れ、謁見の間は、氷ついたような静寂に支配された。
敵対貴族たちも、コーリア商会長も、顔面を土気色に変えてガタガタと震え上がっている。
「我が国王陛下はこうおっしゃられている。わしも堪忍袋の緒が切れておるのだ、さっそく『意趣返し』をさせてもらおうか」
公爵はゆっくりと立ち上がり、巌のような拳を鳴らした。
「北部公爵領は両中央から遠く離れ、モンスターや獣が多い危険な地域だ。我がブルグンド、およびカノーヴァの騎士団は、昨日よりすでに大々的な『討伐(掃除)』に向かっている。まあ、王命を騙る反逆者や、民を苦しめる悪徳商人どもが、どさくさに紛れてモンスターとして『狩られて』も仕方ないよな?」
「ひ、ひぃぃっ……!」
「そうそう、コーリア殿。あなた方が、北部の食料を『流通差し止め』のために、他国の市場で大量に、しかも高値で買い占めてくださり感謝する。今頃は我が領の民も喜んでいよう。私とカノーヴァの伝手で、日本から安く大量の食料と塩が手に入ったのでな。ちょっとばかし利益を乗せて、民に格安で売りさばいておるのだよ」
コーリアは、我が目を疑うように絶句した。
「コーリア商会も、北部で生産された食料を綺麗に買い占められて良かったな。腐る前に、さっさと母国へ持ち帰られよ」
「あ、ありえない……私は、全財産を失うのか……!?」
市場を支配しようとして、紙切れ同然の不良在庫(食料の山)を抱え、破産が確定したコーリアが、その場に崩れ落ちた。
「そなたがこの領地で購入したすべての土地の権利証を、今ここで無償で寄こせば、ブルグンドとカノーヴァで、持ち帰れない食料は快く処分(買い叩き)してやろう。……安心しろ、地下に居心地の悪い部屋を用意している。ゆっくり考えてくれたまえ」
公爵は豪快に笑いながら、騎士団長に命じた。
「連れて行け!」
私兵も貴族も、そしてコーリアも、引きずられるようにして地下牢へと連行されていった。
「これで仕舞いか? 翔、駿」
公爵が耳のイヤホンに囁くと、部屋の片隅で、光学迷彩を解いた翔が姿を現した。そのスマホからは、
『完璧や、公爵のオッチャン! 世界一の経済ハメ殺し、大成功やな!』
と、日本の新事務所で足を組んでチャートを睨んでいた駿の、不敵で、かつ小気味よい笑い声が響いていた。
三人による完璧な連携で、北部の敵対貴族を一掃し、コーリア商会の乗っ取り計画を粉々に叩き潰したのだった。




