第七十九話:将来のビジョンと、男としての覚悟
「え……? 俺、か?」
翔は、急に矛先を向けられ、息を呑んだ。
「お前の周りを見てみろ。
アデライード様(17歳)、ベアトリーチェ様(17歳)、そして侍女のアイリス(19歳)。
お前、普段は『お堅い教師や』って澄ました顔をしとるけど、アデライード様たちから公衆の面前で全力ハグされて、お義父さん(公爵)の大剣の目の前でデレデレしとったやろ。
お前だって、あの泥酔した夜、アイリスをベッドに引きずり込んで、朝まで『極上の抱き枕』にして撫で回しとったやないか。
最後の一線こそ越えてへんかもしれんけど、外壁は完全に更地にされてるやろ。
……お前は教師やのに、教え子たちと同い年の、まだ『未成年(17歳前後)』の女の子たち三人に、同時に夜這いスレスレで迫られとるんやぞ。客観的に見て、俺より遥かにヤバい状況やろ」
「あ、う……っ!?」
翔は、脳天に雷を浴びたような衝撃を受け、その場に崩れ落ちそうになった。
言われてみれば、その通りだ。
駿の相手である蓮と玲香は、二十歳を超えた現役の女子大生であり、法的には立派な成人である。
だが、翔を本気で愛し、婚姻(結婚)を望んでいるアデライードとベアトリーチェの二人は、この異世界の法律では婚姻可能な年齢に達しているとはいえ、現代日本の基準から見れば、未だ十七歳の「高校二年生と同い年の未成年」なのだ。
現役の高校教師が、教え子と同世代の未成年三人から同時に愛を囁かれ、夜這いスレスレのハプニングに晒されている。
その圧倒的で、おぞましい事実(客観的な現実)に、翔は顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震えながら冷や汗を流した。
「……そ、そうだ。お前の言う通りだ、駿。
俺は、俺は教師として、人間として、お前を責める資格などどこにもない。
俺たちの置かれている状況は、どちらも同じように、いや、俺の方が倫理的に遥かに崖っぷちの深淵に立たされているんだ……」
双子の兄弟は、次元を超えた転送作業の手を動かしながら、互いのあまりにも重く、そして過激な「愛の包囲網」の現実に、深い頭痛を抱えて沈黙するのだった。
3. 将来のビジョンと、男としての覚悟
重苦しい沈黙の後、駿がフォークリフトから降ろされた新たな塩のパレットに手をかざしながら、ぽつりと静かに語り始めた。
「……なぁ、兄貴。
これから先、俺たちの『将来』について、お前は本当にどう考えてるんや。
お互い、適当に遊んで捨てるような男やないことは、双子やから痛いほど分かっとる。
……俺はな、昨日、二人の覚悟を受け入れたあの瞬間、自分の中でハッキリと自覚したんや。
──俺は、蓮のことも、玲香ちゃんのことも、両方同じように、心の底から愛しとる。
ゲスやと罵られても、二人のどちらも、これからの俺の人生から失いたくない。
もし日本の法律が一夫一婦制を頑なに義務付けるなら……俺は、お前たちがいるあの公爵領へ、ビジネスとデータを全部畳んで、三人で『移住』して、あっちで二人同時に奥さんとして娶る覚悟すら、もう決めとるんや」
駿のその、どこか吹っ切れたような、しかし一人の男としての「命がけの重い覚悟」を聞き、翔は胸を打たれた。
翔は、地下倉庫の冷たい石壁に背中を預け、ゆっくりと天井を見上げた。
「……。駿、お前の覚悟、確かに聞いたよ。
お前は本当に、不器用で、でも最高に誠実な男だな。
……。俺の気持ちも、実を言うと、もう半分は固まっているんだ」
翔は、自分の手のひらを見つめた。
旅の道中、何度も身を挺して自分を信じてくれたアデライードのツンとした、でもこの上なく美しい笑顔。
カイルとの破談の傷を乗り越え、自分の手の温もりを求めてくれたベアトリーチェのサクラ色の微笑み。
そして、泥酔した夜、自分の胸の中で「翔様を癒したい」と健気に涙を浮かべてくれたアイリスの温もり。
「三人の好意は、本当に光栄に思うし、一人の男として、彼女たちのことを愛おしいと、将来的に受け入れたいと、心の中ではもう思っているんだ。
……。だがな、駿。
俺が進めない原因は、お前とは違って、いくつもの『分厚い現実の壁』が、目の前に立ちはだかっているからなんだ」
翔は、チョークで黒板を叩くように、自分の脳内の懸念を論理的に吐き出した。
「第 1 に、俺の『教師』という立場だ。
教え子である4人(陽斗、真司、ほのか、鏡花)が、毎日すぐ隣で俺を見つめている。
担任が、教え子と同い年の女の子三人から夜這いされ、愛を囁かれている姿を見せるなんて、教育者として示しがつかないし、何より彼女たちに対する『裏切り』のような気がしてしまうんだ。
第 2 に、彼女たちの『年齢』だ。
この世界の法律では問題なくとも、俺の魂は現代日本の23歳の大人だ。十七歳の未成年の手を握ることに、どうしても本能的な『ブレーキ』がかかってしまう。
そして第 3 に、この異世界での私たちの『不安定な身分』だ。
俺たちは、元の世界へ帰る手段を探している旅の途中だ。いつ帰れるか分からない、明日には命を落とすかもしれない混沌の中で、彼女たちの人生のすべてを『婚姻』という形で背負うには……あまりにも、責任が重すぎるんだ」
「……。わかるわ、兄貴」
駿の声は、いつになく優しかった。
「お前は真面目すぎるからな。
だけど、お前がその『責任』を真剣に考えて、毎日冷や汗を流して悩んでるからこそ、アデライード様たちはお前に心から惚れとるんや。
軽薄な男なら、とっくに手を出して既成事実を作っとるからな」
「はは……。そう言ってくれると、少しは救われるよ」
翔は苦笑しつつも、自分の胸の奥にある重い懸念を打ち明けたことで、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
だが、二人の前に、最も現実的で、かつ最も解決不能とも言える「最大最悪の難問」が立ちはだかっていた。




