第七十五話:蒼天の浮島と、先達の石碑
1. 蒼天の浮島と、先達の石碑
三好翔が日本の最先端モンスターキックボードに跨がり、一陣の蒼い雷撃となって北部ブルグンド公爵領へと急行した、まさに翌朝のこと。
王都のブルグンド公爵邸に残された「ミヨシ・クラス」の八人の戦士たちは、誰もがその瞳に静かな、しかし極めて強固な闘志の炎をたぎらせていた。
「よし、みんな。先生が北部の領民たちを救うために命がけで走っているんだ。俺たちも、ここ王都の神殿でいつまでも足踏みしているわけにはいかないだろ」
水上陽斗が、日本の最新高機能サポーターを膝に巻き直しながら、不敵な笑みを浮かべた。
隣に立つ新生カイルも、引き締まった表情で深く頷く。
「ああ。俺たちの進化した戦術連携の真価、この神殿の最上階である『三十階層』で証明して見せる」
新旧の代表候補たちが、互いに拳を軽く突き合わせ、白亜の巨塔『天空の神殿』へと足を踏み入れた。
彼らの進撃は、まさに「嵐」そのものだった。
すでに一階層から二十階層までは完璧なマッピング(地図)が完了しており、どこにどんな魔物が潜んでいるかは完全に頭に入っている。
毎日、日本のプロテインを摂取し、科学的トレーニングで極限まで鍛え上げられた彼らの肉体は、重い防具を身につけているとは思えないほどのスピードで、迷宮の回廊を駆け抜けていった。
ガチ、ガチ、ガチ、ガチッ──!
十階層のガーディアン、そして二十階層のボスであるカオス・グリフォン。かつては王国の精鋭すら死線を彷徨った強敵たちであったが、今の八人の前には、ただの「通過点」にすぎなかった。
シェリーの冷静な指揮、そして真司の不壊の盾とカイルたちの限界突破による超高速の斬撃により、ボスたちは十日前の苦戦が嘘のように、僅か数分のうちにボコボコに無双され、光の粒子となって消え去っていった。
そして、遠征開始から五日目。
一行は、未だ人類の数パーティーしか足を踏み入れたことのない、未知の『第二十一階層』の石扉を押し開けた。
「……うわぁ」
扉を抜けた瞬間、橘ほのかと柊鏡花の二人から、思わずといった風に感嘆の吐息が漏れた。
そこは、これまでの薄暗い「洞窟型」や、木々が鬱蒼と茂る「フィールド型」とは、完全に次元の異なる世界だった。
頭上に広がるのは、雲一つない、吸い込まれそうなほどに澄み切ったクリスタル・ブルーの青空。
そして彼らの足元に広がっていたのは、虚空にぽつりと浮かび上がる、新緑に覆われた巨大な『浮島』であった。
視界の遥か彼方、別の浮島からは、大気へ向けて透き通った水が音もなく零れ落ちる巨大な滝が何条も流れており、その水しぶきが太陽の光を浴びて、空中へ幾重もの美しい『ダブル・レインボー(二重の虹)』を描き出していた。
ファンタジーの極みとも呼べる、息をのむほどに美しい天空の絶景。
一瞬、全員がその美しさに心を奪われ、足を止めて見惚れてしまった、まさにその時。
「──全員、気を引き締めて! 絶景に見惚れている暇はありませんわ!」
最後方から、指揮官のシェリーの鋭い警告の声が響き渡った。
シェリーは手にした魔導杖を素早く天空へと掲げ、その視線は遥か上空、雲の切れ間からこちらを値踏みするように螺旋を描いて降下してくる、複数の巨大な「影」を見据えていた。
「遠方に、上級魔物の反応あり! 数は四! ……皆様、思い出してください。私が事前にブルグンド公爵閣下、およびカノーヴァ伯爵に確認した、この階層の『真実』を」
シェリーの言葉に、カイルやライネルたちがハッとして表情を引き締めた。
「公爵様たちが仰るには、過去の歴史において、エルサス王国の代表パーティーたちは、この二十一階層以降を『完全に攻略(踏破)』したわけではありませんの。
あの方々は、この天空の浮島エリアを、ただ安全に『レベルを上げるための訓練場』として利用していたにすぎないのです」
「……どういうことだ、シェリー?」
不破真司が、大盾を構え直しながら尋ねる。
「この広い浮島エリアには、無数の『転移魔法陣』が点在していますが、その中には、入ったら最後、二度と元の階層へ戻ってこれなくなる『一方通行のトラップ魔法陣』が多数紛れ込んでいます。
もし欲望に目を眩ませて無計画に進めば、天空の孤島に取り残され、飢え死にするか、落下して塵になるしかありません。
安全にレベルを上げるためには、先達の代表たちが検証を重ね、魔法陣の傍らに『安全の石碑』を建てて残してくれた、あの公式な転移陣だけを使用するよう、厳重な警告を受けています」
「なるほどな……。ここから先は、ただの蛮勇や、力任せのゴリ押しだけで進むパーティーには、『死』しか待っていないということか」
陽斗が、鋭い目で上空の影を見据えた。
「ああ。だが、俺たちには、翔先生から叩き込まれた『科学の戦術』、そしてシェリーの指揮がある。……戦闘の準備を始めよう、みんな!」
「「──了解!!!」」
八人の若き勇者たちは、迫り来る天空の魔物──『スカイ・ワイバーン』に向けて、完璧な戦闘フォーメーションを、大地に深く根を張るようにして展開したのだった。




