第七十四話:共同お婿様計画
公爵は、二人の令嬢のすぐ隣に座り、俯きながらもお盆をきゅっと握りしめているアイリスへと、視線を移した。
「……そして、アイリス。お前もだ」
「は、はい、旦那様……!」
アイリスが、びくりとして居住まいを正した。
「お前は、アデライードの侍女であり、我がブルグンド公爵家の『寄子貴族』の娘だ。身分としては、上級貴族の令嬢である二人とは明らかに異なる。
……それなのに、お前もまた、あの翔殿の部屋で『朝まで抱き枕として過ごした』などという噂を、堂々とお茶会で吹聴し、二人と張り合ってでも翔殿と一緒になりたいというのか?」
アイリスは、顔が弾け飛びそうなほど真っ赤になり、細い指先をぎゅっと震わせながらも、ゆっくりと顔を上げた。
その深い黒い瞳には、令嬢二人にも負けない、静かだがこの上なく強固な『愛の覚悟』が宿っていた。
「はい、旦那様……!
私のような身分で、お二人と張り合うなど、おこがましいことは重々承知しております。
ですが……あの夜、翔様のあの大きくて、熱い両腕で抱きしめられ、そのお優しい寝息と温もりを全身で感じたあの瞬間から……。
私は、翔様以外の男性を、一生愛することはできないと、心に誓ってしまいました。
旦那様、私を……私をどれほどお叱りになっても構いません。ですが、私のこの気持ちも、お二人に負けないほど、本気でございます……っ!」
アイリスは、涙目を浮かべながらも、凛とした声で自らの想いを貫いてみせた。
「……う、ぐぬぅ……」
公爵は、愛娘と、自分の信頼する寄子貴族の娘から放たれた、凄まじいトリプル・プロポーズの熱量に、ただただ深く安楽椅子に沈み込み、両手で顔を覆って深くため息をつくしかなかった。
カノーヴァ伯爵もまた、魔導書のホログラムの向こうで「……ハァ。あやつ、本当に厄介な男だな。男としての魅力が、規格外すぎる……」と、頭を抱えて項垂れた。
「あなたたち。車内であまり娘たちを責め立てるのはおやめなさい。……フフ、本当に頼もしい娘たちねぇ」
公爵夫人が、食堂車側のシートからおっとりと姿を現し、楽しそうにクスクスと笑いながら三人娘の肩を優しく抱いた。
「私は、これほど誠実で、強くて、しかも領民たちのために一日で $700\text{km}$ を駆け抜けるような素晴らしい男性、お婿様として大歓迎ですわよ?」
「お前は能天気すぎるぞ、妻よ!!」
公爵が、最高級魔導馬車の車内で絶叫した。
やがて、娘たちを一度下がらせ、馬車の個室には、公爵と伯爵の「父親二人」だけが残された。
二人は、お互いに高級ブランデーのグラスを傾けながら、深刻な表情で頭を抱え、密談を開始した。
「……カノーヴァ。どうする、この事態を。答えを出さねばならん」
公爵が、グラスをコツンとテーブルに置き、深い頭痛を抱えて呟いた。
「アイリスは、我が領の寄子貴族の娘。預かっている以上、我が公爵家としての責任を伴う。あやつの気持ちを無下にして、適当な男に嫁がせるなど、一人の領主として、人として道理が立たん。
……そして、うちのアデライードと、お前のところのベアトリーチェだ。
二人は、王家に嫁いでも、あるいは隣国の皇太子に嫁いでも、誰からも文句の出ない最高爵位の令嬢。その二人が、揃いも揃って『お婿様として彼を迎えたい』と、一歩も引かずに火花を散らしている……」
伯爵もまた、深くため息をつき、ブランデーを一口煽った。
「……ええ。社交界のパワーバランスとしても、極めて厄介な問題です。
翔殿の実力、および駿殿がもたらす『地球の資本力とコスメ利権』は、我が両家を王国最大の軍事・経済派閥へと押し上げつつある。
もし、どちらか片方だけが翔殿を独占すれば、ブルグンドとカノーヴァの間に、不必要な亀裂や嫉妬が生まれる危険性すらある……。
だが、あの三人の心をつかんで離さない、あの教師の男……。彼をどう位置づけるべきか、本当に頭が痛い……」
「……いっそのこと、な」
公爵が、少し声を潜めて、あり得ない「ウルトラC(裏解決策)」を呟いた。
「この世界において、圧倒的な武力と功績を持つ者、あるいは新たな利権を興した者が、複数の妻(あるいは夫)を娶ることは、上級貴族の常識として珍しいことではない。
……翔殿を、ブルグンド公爵家、およびカノーヴァ伯爵家の『両家の公式な共同のお婿様』として、あの三人まとめて、公式に婚姻を結ばせてしまうというのは、どうだ?」
「な……、何ですとォッ!? 三人同時に、お婿様として迎えるだと!?」
伯爵が驚愕のあまりのの字に硬直した。
「そうだ。そうすれば、両家のパワーバランスは完璧に維持され、利権の分配で揉めることもない。何より、あの三人娘の『嫉妬の嵐』を一瞬で解決できる。
……だが、あのお堅い、教師としての貞操観念を持つ翔殿が、そんな『三人同時の婚姻』を素直に受け入れるかどうかが最大の難関だがな……」
「……ハハ、確かに。彼は、最後の一線を守るために、毎日冷や汗を流しているようなお堅い男ですからな」
二人の父親は、お互いにブランデーのグラスを干し、愛する娘たちの将来、そしてあの「規格外の熱血教師」を巡る、甘くも深刻な『共同お婿様計画』の妄想に、深い頭痛と可笑しげな笑いを噛み締めながら、夜遅くまで車内で頭を抱え続けるのだった。
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