第七十話:夕焼けのハイウェイと、急転するロードムービー
1. 夕焼けのハイウェイと、急転するロードムービー
「──ちょっと、駿先輩! スピード出しすぎです! 阪神高速は現在、速度取り締まり(オービス)や覆面の巡回が強化されている時間帯ですよ。制限速度を守って、安全運転でお願いします!」
助手席に座る名取蓮が、膝の上に最新の開発用ノートPCを広げたまま、眼鏡の奥の黒い瞳をキッと尖らせて駿を睨みつけた。
「アホ言うな、蓮。制限速度はきっちり守っとるわ。お前がハックした警察の取締情報マップをナビに同期させとるから、絶対に引っかからん。それより、時間の余裕が全くないんや」
二十三歳の天才投資家、三好駿は、愛車であるSUVのステアリングを握り締め、夕焼けを背にしながら御堂筋から阪神高速へと滑り込ませた。
現在、時刻は午後六時(十八時)。
西の空には、真っ赤に燃え上がるような美しい夕焼けが広がり、刻一刻と迫る夜の闇へとその色彩を溶かしつつあった。
「玲香ちゃん! 例の鈴鹿サーキットの展示即売会、お目当ての『極太タイヤ・モンスターキックボード』がまだ残ってるか、至急確認してほしい!」
駿の声に、後部座席から不破玲香がパタパタと手を叩きながら、手元のスマートフォンを操作した。サクラ色のポロシャツを揺らし、彼女の顔には駿とドライブできていることへの隠しきれない幸福感が満ち溢れている。
「はい、駿さん! 今、展示販売の現地の運営事務局に電話してみました! ……うぅ、でも……。展示販売会そのものは、さっきの午後五時半(十七時半)で完全に『終了』しちゃったみたいです……」
「なんやて!? 終わってもうたんか!」
「でも、諦めないでください! 事務局の人が、デモ用の現物と最後の一点限定在庫は、これから名古屋にある本店の輸入元代理店へトラックで搬出するって言っていました! 『今から名古屋の店舗に戻るから、そこに来てくれるなら、直接そこで販売と書類の手続きをしてあげるよ』って返答をいただきました!」
「名古屋……!? ドライブ距離が一気に伸びたやないか!」
駿は思わず苦笑した。
本来なら三重県の鈴鹿で回収する予定だったが、行き先はさらに東の愛知県名古屋市へと変更になった。
東へと向かっていたSUVは、ジャンクションの手前で進路を大きく「北」へと変更した。さすがに三重県の鈴鹿サーキットを経由して名古屋に向かうルートでは、時間がかかりすぎる。名神高速道路をフルに活用し、最短ルートで一気に名古屋へと車を滑らせるしかない。
「先輩、急いでください。魔導バッテリーシールのデバッグとテストは、車内でも完了できますわ。……でも、名古屋へ向かうなら、今夜は大阪へ戻るのが相当遅くなりますね」
蓮が画面を見つめながら、少し照れくさそうに呟いた。
「ああ。日をまたぐのは確実や。……まぁ、兄貴と北部の領民たちの命がかかっとるからな。一気にぶっ飛ばすぞ!」
それから二時間と少し。
夜八時を回った頃、駿のSUVは名古屋市内の静かな大通り沿いにある、洗練されたインポート・モビリティ専門店へと到着した。
店の前では、店長と思われる初老の男性が、まさにトラックの荷台から、頑強なスチール製のフレームに極太のブロックタイヤを履かせた、尋常ならざる威圧感を放つ巨大な「オフロード電動キックボード」を降ろしている最中だった。
「こんばんは! お電話した三好です!」
「おお、三好さん! 本当に来てくれたのか! 鈴鹿からずっと待っていたよ。これがデモ用の最高峰レーサー『モンスター 6000』だ。未舗装路を時速100kmで疾走できる、日本に数台しかない代物だよ」
「これや……! これなら兄貴も文句は言えん。今すぐ購入します!」
駿は手持ち二十五万円のキャッシュを支払い、残金はその場で送金手続きを完了させた。書類には「私有地・クローズドコースのみでの使用」という誓約書にサインを記入した。
「よし、それじゃあトラックから降ろすのを手伝おう──」
「いえ、店長。手伝いは無用です。俺一人で運べますから」
駿は、店長が止めるのも聞かず、重量 40kg を超えるスチールと極太アルミで組まれた巨大なキックボードのフレームを、片手でひょいと、まるでおもちゃの三輪車を扱うかのように軽々と持ち上げた。
お前が異世界からシステム経由で俺にブチ込んでくれた、あの「金貨二百万枚の重課金」によって、駿の肉体強度はすでに人類の限界を遥かに超越していた。40kg など、羽毛ほどの重さにも感じられなかった。
駿は一人でキックボードを抱え、SUVのハッチバックを開けると、セカンドシートを倒した荷台へと、完璧に、そして無造作に積み込んでみせた。
「お、おいおい……。君、その細身の体で、それを一人で軽々と持ち上げるなんて、一体どんなトレーニングをしてるんだ……!?」
店長は、我が目を疑うように絶叫して硬直していた。
駿は「ふっ、ただの投資の筋肉ですよ」と、冷たくも魅力的な笑みを残し、車へと乗り込んだ。
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