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第七話:最上のおもてなしと最後の一刺し

 


1.超速の準備と、最後の一刺し


翌朝。

国王アルトリウスの行動は、驚くほど迅速だった。

それもそのはずである。本来の使役対象であったはずのハズレ召喚者(と、とんでもない暴力装置を隠し持ったその教師)が王城に長居することなど、一刻の猶予も許したくはなかったのだ。

公爵家からの書状による承諾返答など待つこともしない。国王は朝一番から、翔たち五人の即時出立に向けた準備を慌ただしく開始させた。

だが、そこには『魂の契約』という絶対的な首輪がはめられている。もし彼らの旅路を不当に不便なもの、あるいは危険なものにすれば、その瞬間に国王たちの命は絶たれる。

そのため、用意されたものはすべて「超一級品」であった。

まず、道中。王都からブルグンド公爵領の領都までの行程に存在するすべての町、すべての宿場において、最高級の宿の最上級の部屋がすべて貸し切り状態で事前に確保された。

移動用の馬車としてあてがわれたのは、普段は王家直系の一族しか使うことが許されない、白金と漆で贅沢に装飾された大型のマジック・キャリッジ(魔導馬車)だ。

さらに、その馬車の荷台に積まれた【空間拡張機能付きマジックバッグ】の中には、王城お抱えの最高級パティシエや料理人たちが徹夜で作った、山ほどの絶品料理、焼き立てのパン、保存用の肉料理、そして最高級の伝統菓子やジュースがこれでもかと詰め込まれていた。


「……やりすぎなくらいの準備だな」


朝日に照らされる豪華な魔導馬車を見上げて、翔がぽつりと呟く。


『──アホ言え、兄貴。あいつらにとっては俺らの機嫌を損ねる=死やからな。せやけど、ここでもう一発クギを刺しといた方がええ』


耳元で、駿が冷酷に笑う。


「駿、また何か企んでるのか?」


『企んでるとか人聞きの悪い。俺は兄貴の安全と、これから先の利権を確保しとるだけや。ええか、兄貴。出発する前に、あの王様にこう伝えるんや。

「俺らが欲しいもの、必要とするものは、これからは全部ブルグンド公爵を通して依頼する。お前はそれが可能な限り最短で俺らの手に届くように、王都側で全力で手配しろ」とな』


「なるほど。公爵を窓口にして、王家に直接命令を下し続けるルートを作るわけか」


『その通り。魂の契約がある限り、あいつらは地方にいる俺らからの要望を無視できん。公爵を仲介役にすれば、公爵家側も俺らに恩を売れるし、王家側は手抜きができんようになる。ポチっと脅迫ルートの完成やな』


翔はため息交じりに笑ったが、駿の提案が非常に合理的であることは理解していた。

出発の直前、見送りに現れたアルトリウス王に対し、翔は肩をすくめてその言葉をそのまま伝えた。


「国王陛下。懇切丁寧な準備、痛み入ります。ですが、一つだけ覚えておいてください。我々が今後、この世界で生活を営む上で必要となる物資や要望は、すべて派遣先のブルグンド公爵を通してあなたへ依頼します。可能な限り早く、私の手に届くように王都側で迅速に手配してください。……よろしいですね?」


その言葉を聞いた瞬間、国王アルトリウスの顔から完全に血の気が引いた。

(この男は……! 地方へ追いやられてなお、私を奴隷のごとく使い潰す気か……!)

心臓のあたりがズキリと疼いたような錯覚に襲われ、王は冷や汗を流しながら、必死に愛想笑いを作った。


「あ、ああ……無論だ。契約は絶対であるからな。善処しよう。……あ, ああ、そういえば! 私はこれから急ぎの国事、他国との外交についての重要な評議を控えておってな。そろそろ城へ戻らねばならん。見送りは宰相に任せる!」


これ以上、翔の顔を見ていると寿命が縮むと判断したのか、王は仕事という言い訳を口にしながら、這々の体で王城の奥へと逃げ帰っていった。後に残されたのは、最初から翔たちに敵意を持っていなかった、穏やかな風貌の宰相だけであった。



2.新たな同行者と、敬称の謎


「ふふ、陛下もお忙しい方です。改めまして三好先生、そして生徒の皆様、私は宰相のバルテルです。本日は皆様の安全な門出を見送るため、そして道中の同行者をご紹介するために参りました」


宰相バルテルは、敵意のない丁寧な一礼をして、背後に控えていた面々を前に促した。


「今回、皆様の護衛として、また御者として二人の高名な騎士が同行いたします。こちらはブルグンド公爵家が誇る精鋭騎士、グスタフ・クロイツェル。そしてこちらは、カノーヴァ伯爵家の若き騎士、レオン・ベルナルディです」


「ブルグンド公爵家が騎士、グスタフにございます。これより皆様を、我が主君の領地まで安全にお送りいたします」


グスタフはがっしりとした体躯を持つ、三十代半ばの、いかにも叩き上げといった渋い顔立ちの男だった。礼儀正しく敬礼する。


「カノーヴァ伯爵家が騎士、レオンにございます。この度はご同行の機会をいただき、光栄の極み。どうぞよろしくお願いいたします」


レオンは二十代半ばの、爽やかな顔立ちをした細身の美男子だった。

「そして……」と、宰相はさらに二人の少女を前に促した。


「皆様の主賓たる同行者として、公爵家、および伯爵家のご令嬢が旅を共にされます。──ご紹介しましょう。セリア・アデライード、この度皆様が向かわれる公爵家のご令嬢です」


「……アデライード・ド・ブルグンドと申します。我が公爵領まで、よろしくお願いいたします」


ツンと上を向いたツリ目に、輝くような金髪をハーフアップにまとめた小柄な少女──アデライードが、優雅に、しかしどこか警戒心を剥き出しにした目で翔たちを見つめた。年の頃は、後ろにいる教え子たちと同じ十七歳前後だろうか。衣服は非常に仕立てが良いが、その動きには育ちの良さと共に、気が強く少し人を見下すような、勝ち気な性格が見え隠れしていた。


「そしてもう一人。セリア・ベアトリーチェ、ブルグンド公爵様と大変親しい、カノーヴァ伯爵家のご令嬢です」


「ベアトリーチェ・ディ・カノーヴァと申します。途中、カノーヴァ領を通過いたしますので、ご一緒させていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたしますね」


こちらは長いウェーブのかかった栗色の髪に、大らかで慎み深い笑みを浮かべた少女だった。アデライードと同い年ほどに見えるが、非常に落ち着いた雰囲気を醸し出しており、隣でトゲトゲしいオーラを放っているアデライードを優しく宥めるような視線を送っている。


「さらに、後ろに控えておりますのが、王都の冒険者ギルドから推薦された、腕利きの護衛兼御者の冒険者六名にございます」


武装した経験豊富な冒険者たちが、翔に対して軽く頭を下げた。彼らは昨日の模擬戦で翔が代表候補を瞬殺した噂をすでに聞いており、翔に対して並々ならぬ敬意と畏怖の念を抱いているようだった。

紹介が終わり、全員が馬車へと移動しようとしたその時、翔はふとした疑問を宰相に投げかけた。


「宰相閣下。一つ質問なのですが、先ほどのお二人のご紹介についてです」


「はい、何なりとお尋ねください」


「先ほど、お二人をご紹介される際、『セリア・アデライード』『セリア・ベアトリーチェ』とおっしゃいました。 ですが、彼女たち自身の自己紹介では『アデライード』『ベアトリーチェ』と名乗られていました。 この『セリア』という言葉には、何か別の意味があるのですか?」


翔の英語教師としての、あるいは言語に対する好奇心からの問いに、宰相バルテルはなるほどと手をポンと打った。


「ああ、なるほど。異界の方にとっては不思議な響きでしたね。ご説明いたしましょう。この世界において、上級貴族のご令嬢をお呼びする際、あるいは紹介する際には、そのファーストネームの前に『セリア(Celia)』という敬称を付けてお呼びするのが一般的な礼儀なのです。親しい間柄、あるいは対等な身分の者同士であれば、そのままアデライード、ベアトリーチェと直接名前で呼ぶこともございます」


「なるほど、上級貴族の令嬢に対する『敬称』ですか。非常に分かりやすい解説をありがとうございます」


翔は納得し、教え子たちを見た。


「みんな、覚えたか? むやみに名前だけで呼ぶと失礼になるから、気をつけよう」


生徒たちは「はーい」と緊張した面持ちで頷いていた。

こうして、短い見送りの儀式は終わり、翔たち一行はついに王都を出立することとなった。


体のいい左遷(厄介払い)ですが、主人公たちにとっては好都合。

次の話(第8話)、初日ラストのエピソードはこのあと18:05に更新!

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