第五十七話:時間稼ぎのディールと蒼雷の電撃
5.時間稼ぎのディール
駿はサーバー室を飛び出し、応接室の扉を勢いよく開け放った。
中では、親たちが絶望の淵で項垂れていたが、駿のその、あまりにも鋭く、そして神々しいまでの覇気をまとった姿に、全員がハッとして顔を上げた。
「おじさん、奴らから電話があったら話を合わせてほしい」
「駿くん……? だが、一万本なんて、どうやって……」
「俺を信じてください。……今から言う通りに、奴らとディール(取引)をしてください。絶対に玲香ちゃんは、俺が今夜中に無傷で連れ戻します」
駿のその絶対にブレない、揺るぎないグレーの瞳に射すくめられ、不破父はゴクリと唾を呑み込み、深く頷いた。
不破父がスマホを手に取り、着信を待つ。一時間ほどして着信が入った。
『……フワの父か。用意する決意ができたようだな』
「条件がある」
不破父は、駿の静かな指示を受けながら、警察官としての冷徹な交渉人の声を作った。
「要求された一万本という数は、物理的に一朝一夕で用意できるものではない。……だが、我が家のルートを使えば、原液の調達は確実に可能だ」
『ほう……?』
「2個だ。2個の原液ポーションであれば、明日の朝、指定の場所へ即座に納品できる。だが、それ以上の個数を一度に調達するには、どうしても明後日の夜まで時間がかかる。……明日の2個の品質を見て、我々の取引の信頼性を判断しろ。それまでは、娘の安全を完全に保障しろ。傷一つでもついていれば、原液はすべて破棄する」
静寂。
工作員のリーダーは、不破父のその、一切のブレのない「プロの交渉」の態度に、ポーションが極めて貴重な戦略物資であることを再認識した。
一度に一万本を要求してポーションを破棄されるより、まずは確実に「2個」を回収し、その効果を大統領府の本部で検証する方が、国家としての利益は遥かに大きかった。
『……いいだろう。明日の朝、指定の座標へ2個の美容液を持参しろ。それまでは、娘の安全は約束してやる』
プツリ、と通話が切れた。
「不破さん、お見事です。……これで、時間は十分に稼げました」
駿は応接室の親たち、そして隣で心配そうに見つめている蓮に向き直った。
「みんな、ここで待っててください。……俺が、玲香ちゃんを助けてきます」
「駿先輩! 私も──」
「蓮、お前はここでシステムのモニタリングをしててくれ。……すぐ戻るわ」
異世界で翔がスマートフォンを操作する、画面には駿に異世界から流し込む、莫大な課金ログが完了していた。
【──『千里透視の魔眼』:適用完了──】
【──『絶対障壁』:適用完了──】
【──『蒼雷の電撃』:適用完了──】
【異世界『ミヨシ・トレーディング』の総利益から、金貨 2,000,000 枚(約20億円相当)を決済しました】
「……二億円どころか、二十億円の重課金やな。兄貴、太っ腹すぎるわ」
駿は不敵に笑うと、新事務所から周りを安心させるようにゆっくりと出ていく、魔眼に表示される玲香までの方角と距離を確認して常人の限界を超えた爆発的な踏み込みで、梅田の夜道を駆け抜けた。
6.倉庫街の無双、そして蒼雷の制裁
大阪港、深夜の湾岸エリア。
潮風が吹き荒れる、不気味に静まり返った巨大な廃倉庫。
駿は、人目につかないコンテナの陰で、魔眼をそっと起動した。
その瞬間、駿の左目の虹彩が、まばゆい金色へと変色し、複雑な幾何学魔法陣が瞳の中に回転し始めた。
『千里透視の魔眼』。
駿の視界は、コンクリートの壁を、鉄筋を、そして遮蔽物のすべてを完全に透過した。
透視能力が、倉庫の内部を白日の下に晒す。
「……見つけた。地下のコンテナ室やな。玲香ちゃん、無事や」
コンテナの中で、手を縛られて椅子に座らされている玲香の姿が、鮮明に脳内に立体投影される。周囲を固めるのは、サブマシンガンやアサルトライフルで完全武装した、他国の極秘工作員15名。
全員が、日本の警察や特殊部隊の突入を警戒し、厳重な射線を構築していた。
「よし、ディール開始や」
駿はクレーンの頂点から、重力を無視したような速度で滑空し、倉庫のガラス屋根を突き破って、中央ホールへと堂々と着地した。
ガシャーーーン!! という爆音。
「なっ……何奴だ!?」
「侵入者! 射殺しろ!!」
工作員たちが一斉に銃口を向け、凄まじいマズルフラッシュとともに、無数の9mm弾や5.56mm小銃弾が、駿に向けて掃射された。
だが、駿は一歩も動かなかった。
キィィィィン……!
駿の周囲2mの空間に、まばゆい幾何学パターンの「青い絶対障壁」が、球体状に展開した。
降り注ぐ無数の弾丸は、障壁の表面に接触した瞬間、運動エネルギーを完全に熱エネルギーへと相転移され、カツン、カツンと虚しく床に落ちていった。
「ば、バケモノめ! 何だその盾は!」
「徹甲弾を使え! 撃ち続けろ!」
工作員たちが顔を青ざめさせ、悲鳴を上げながら銃撃を続ける。だが、駿はポケットに両手を突っ込んだまま、冷徹な足取りで、玲香の囚われている地下コンテナへと歩みを進めた。
「悪いけど、俺は兄貴みたいにお説教するほど優しくないんでね」
駿は地下コンテナの重厚な鉄扉の前に立つと、軽く右手を差し出した。
障壁のエネルギー干渉を応用し、鉄扉の分子結合を瞬時に崩壊させ、扉を豆腐のように消し飛ばした。
「──駿さん!?」
椅子に縛り付けられていた玲香が、涙と硝煙の中で目を見開いた。
「玲香ちゃん、遅くなってすまん。……もう大丈夫や」
駿は玲香の元へ歩み寄り、彼女の体を、自身の『絶対障壁』の安全な不可視の領域へと優しく包み込んだ。
コンテナの入り口には、残った10名以上の工作員たちが、銃を構えて包囲していた。彼らの手には、アサルトライフルだけでなく、電磁波を放つ最新の電子機器(通信端末)や起爆装置が握られていた。
「全員、まとめて退場してもらうで」
【──『蒼雷の電撃』:出力最大 ──】
駿の全身から、超高周波の青白い電磁パルスのオーラが爆発的に吹き荒れた。
電気的な極限出力は、以下の数式によって記述される。
駿を中心に、半径50m以内の全ての空間に、光速の雷撃が網の目のように走り抜けた。
バチ、バチバチバチバチィィッッ!!!
「ぎゃあああああああッッッ!?!?」
工作員たちの手元の電子機器、および銃器のバッテリーが一瞬でショートして大爆発を起こし、彼らの神経系に、脳を沸騰させるほどの凄まじい過電流が流れ込んだ。
発砲の硝煙も、彼らの叫び声も、その青い雷光の中に一瞬で掻き消される。
静寂。
雷光が収まった倉庫内には、駿と、障壁で守られた玲香の二人だけが立っていた。
周囲にいた15名の工作員たちは、一人残らず、全身の神経系を完全に焼かれ、床の上に泥のように伏して、完全に息絶えていた。彼らの持つ通信端末や電子機器は、すべて分子レベルで炭化し、いかなるデータも復元不可能な状態へと無力化されていた。
「……すご、い……。駿、さん……」
玲香は、駿のその、あまりにも強大で、そして自分を守るために世界を滅ぼさんとするほどの、冷酷で美しい姿に、完全に魂を奪われていた。
駿は、玲香の縄をそっと解くと、彼女の細い肩を抱き寄せた。
「帰ろう、玲香ちゃん。みんな待っとる」
「はい……っ!」
玲香は駿の広い胸板に顔を埋め、今度は恐怖ではなく、甘い幸福感の涙をポロポロとこぼしたのだった。




