第五十三話:『天空の神殿』、去年の「先行代表候補」の襲来
1.『天空の神殿』20階層へ向けて
「──全衛、突っ込みすぎです! ジーモ、真司、あと半歩前に出て盾の角度を15度外側へ! 敵のブレスが来ます!」
『天空の神殿』の第10階層。前回は危なげなく攻略できた。だが、今回は相手がイレギュラーだった。
大理石で組まれた広大なドーム状の闘技場に、指揮官であるシェリーの凛とした大音声が響き渡る。
前回倒してこの階層のガーディアンは『アンガー・キマイラ』:レベル50。
しかし、目の前に君臨しているのは、
【──『クリスタル・キマイラ』:レベル50──】
全身が透き通るような結晶の鱗で覆われ、獅子の頭、山羊の胴体、そして猛毒の結晶を滴らせる大蛇の尾を持つ、難攻不落の巨大魔獣。
キマイラがその三つの口を大きく開き、光の魔力を収束させた極大の「クリスタル・ブレス」を放とうとした、まさにその瞬間だった。
「『金剛の肉体』最大展開! ぬうううりゃぁぁッ!」
不破真司が、バルクプロテインでビルドアップされた肉体に魔力をたぎらせ、最新のウエイトベストで鍛え抜かれた体幹をガチガチに固めて盾を突き出した。
「『剛力無双』! 支えるぞ、不破!」
ジーモが不破の背中にその丸太のような太い腕を当て、二人がかりで巨大な障壁を構築する。
ズドォォォォン!!!
闘技場全体を揺らすような、狂暴な光の奔流が真司の盾に激突した。凄まじい熱波と衝撃波が周囲を覆う。
だが、二人の肉体は一歩も退かなかった。毎日、マルトデキストリンとEAA(必須アミノ酸)を補給し、限界までケアされた筋肉は、ベヒモスを遥かに超えるキマイラの怪光線すらも、完全に「いなし」てみせた。
「今よ! 魔法組、火力を集中させて!」
シェリーの指揮が、コンマ秒単位の隙を突いて飛ぶ。
「『多重詠唱』──『トリプル・バースト』!」
ミリーナの杖の先から、三条の極大火球が同時に撃ち出された。
「私もいくよ! 『大魔導』──『烈風の嵐』!」
ほのかの、プロテインによって魔力回復速度が極限まで高められた大嵐の魔法がそれに重なる。
超高火力の「三重火炎旋風」がキマイラの顔面を直撃し、その頑強なクリスタルの鱗をバキバキと粉砕した。
「──カイル! 陽斗! 決めなさい!」
「おうよ! 『限界突破』!」
カイルの全身から、青白い魔力の奔流が音を立てて吹き荒れる。
「『迅雷の刃』」
陽斗が、ランニングシューズの圧倒的なグリップ力を活かし、直角に近い高速のステップ(方向転換)でキマイラの懐へと潜り込んだ。
シュザザザザザッ!!!
二人の完璧にシンクロした、音速に迫る超高速の剣撃が、キマイラの首元をすれ違いざまに交差して切り裂いた。
光の粒子となって崩れ落ちていく『クリスタル・キマイラ』。
その跡地には、まばゆい光を放つ『転移陣』が、静かに起動を始めたのだった。
「……完璧だ。本当に、一つの『軍隊』になったな、お前たち」
最後方で腕を組み、静かに見守っていた翔は、心からの感動を覚えていた。
こうして、彼らは神殿の次の目標である20階層に向けて足を進めた。
11階層からは様子が大きく変わった。ここまでは山をくりぬいた通路型だった。
「環境が違いすぎるな」翔がつぶやいた。
「公爵様から事前に聞いていました。先生を驚かせるために黙っておくように言われてました」
ミリーナが翔の反応を見ながら説明する。
「ここからは、草原や林があるフィールド型になります。鳥など空中からくる敵はいませんが、林は木を利用した上からの攻撃や擬態する敵が現れるそうです」
「それは時間がかかりそうだな。指揮官として、ミリ―ナは20階層までどう攻略すべきだと思うんだ」
まってましたとミリーナが嬉しそうに翔を見ながら説明した。
「もう一つ、この階層には特徴があるんです。11階層の入口と20階層への出口がこの階層にあります。なんで次が20階層と呼ばれているかわかりません」
翔は少し考えこんだ。
「みんなで話し合った方針ですが、鏡花からドローンで20階層への出口みつけたらと提案があったので採用したいと思います。戦闘ですが、10種類のモンスターがここでは現れるらしいので、全種類討伐して経験を積んでから一旦ダンジョンを出ようと考えています。どうでしょうか」
「俺が今考えていたのも同じような手順だ。みんなでその答えにたどり着いたのなら採用しよう」
翔はカイル達の成長が目に見え嬉しかったのか、8人の頭を撫でた。
「よし、4人でドローンで20階層への出口さがし、俺と残りの4人は周囲警戒。今回は早く終わらせて王都に戻るぞ」
***
ドローンを使った出口探しはあっさりと終了し、ドローンが途中で見つけたモンスターを倒しに進んだ。
「先生、ドローンって便利すぎて攻略している感が全くないんだけど」
水上がぼやいたが、翌日には10種類目のモンスターを倒し終わりダンジョンを出た。
2.『ミヨシ・ブーム』の過熱と、去年の「先行代表候補」の襲来
王都のブルグンド公爵邸は、昨日以上の凄まじい熱気に包まれていた。
国王の手によって、毒ワインを贈ってきたヴァルデマール子爵の一族が一瞬で国家暗殺未遂として処刑された事実。それは、王都の他派閥の貴族たちに「ブルグンドとカノーヴァ、そしてあの異界の教師に逆らえば、国王自身の手で一瞬で首を撥ねられる」という、底冷えするような畏怖を植え付けていた。
結果として、アデライードとベアトリーチェが独占販売する、日本の最高級の鉛を含まない化粧品やスキンケア製品に対する需要は、爆発的な「大ブーム」へと昇華していた。
夫人たちが目の色を変えて金貨を毟り取られていく中、公爵邸の豪華な客間に、突如として不穏な足音が響いた。
ガチャン、ガチャン……。
重厚な鎧の擦れる音。
現れたのは、これまでの王都の腑抜けた貴族たちではない。
その全身から、凄まじい実戦経験と、神から与えられた「祝福の種」の圧倒的な魔力を湛えた、四人の若き戦士たち──。
一昨年、そして去年の闘技大会を圧倒的な強さで勝ち抜き、すでに中央ダンジョンの権利を一部獲得している、エルサス王国の『先行代表候補パーティ』であった。
「……ふん。北部の田舎者どもが、何やら怪しげな化粧品とやらで王都を騒がせていると思えば……。カイル、お前、ずいぶんと腑抜けた顔になったな」
先頭に立つ、長髪の冷徹な剣士──去年の代表候補リーダーであるライネルが、カイルを蔑むような目で見下した。
彼らは、自分たちの後ろ盾である王都の過激派貴族たちが、翔の台頭と公爵領の急激な発展によって次々と失脚、あるいは黙らされている状況に、激しい焦りと不満を抱いて、偵察に現れたのだ。
「ライネル……。俺は、己の傲慢さを知り、這い上がるために翔先生の元で学んでいるだけだ」
カイルが、静かだが強い闘志を秘めた瞳で言い返す。
「ハッ、教師だと? その、ただのハズレのガキの教師のことか?」
ライネルの冷たい視線が、翔へと向けられる。
「お前がどれほどの魔道具を持っているかは知らんが、闘技大会の本当の戦いは、個人の小細工などでは通用しない。……精々、次の階層で無様に死に晒さないことだな、田舎者ども」
一触即発の、凍りつくような緊迫感。
しかし、翔は穏やかなグレーの瞳を彼らに向け、ただフッと静かに笑った。
「貴重なアドバイス、ありがとうございます、ライネル君。ですが……私たちの特別授業の成果、精々その目でよく見ておくといいですよ」
先行代表候補たちの襲来は、闘技大会を前にした、王都のさらなる嵐の予感を告げていた。




