第四十九話:『ミヨシ・ブーム』と『つながる手』の拡張
1.10階層突破に向けた特訓と、王都の『ミヨシ・ブーム』
ヴァルデマール子爵一族が国王の手によって一瞬で片付けられた翌日、王都のブルグンド公爵邸は、これまでにない熱気に包まれていた。
「皆様、昨日の忌まわしき事件は、王都の治安を脅かす不逞の輩の仕業にすぎませんわ。……さあ、こちらが我が『ミヨシ・トレーディング』が自信を持ってお届けする、最高級のナノ浸透化粧水です」
アデライードとベアトリーチェの二人は、公爵邸の豪華なサロンに集まった貴族の夫人たちの前で、昨日以上の輝かしいデモンストレーションを行っていた。
ヴァルデマール子爵が「国王暗殺未遂」という極刑で一瞬にして歴史の闇に葬り去られた事実を知った貴族たちは、ブルグンド公爵領とカノーヴァ伯爵領の持つ「測り知れない政治的・武力的パワー」に完全に恐れおののいていた。
結果として、ブルグンドが独占販売する日本の化粧品、漆器、精巧なガラスペンに対する需要は、畏怖の念も手伝って爆発的な「大ブーム」へと昇華していた。
「アデライード様! ぜひその『化粧水』とやらを我が家にも十本!」
「おいくらでも金貨を積みますわ、ベアトリーチェ様!」
夫人たちが目の色を変えて財布から金貨を毟り取られていく中、公爵邸の広大な中庭では、若き八人の戦士たちが額に汗を流して特訓に励んでいた。
「シェリー! 次の魔物の軌道予測、少し左にズレてる! ほのか、ミリーナ、射線を1.5 m右に修正して魔法の多重詠唱の準備!」
「了解!」
シェリーの凛とした指揮の声が響く。
10日間の牙の洞窟の攻略を経て、さらに装備された最新の『ミヨシ・アスリートプロトタイプ』インナーの補正効果が馴染んだ彼らの動きは、もはや一つの完成された軍隊そのものだった。
カイルたち新生4人も、泥水をすすって得た謙虚さと、天啓の魔石で獲得した固有スキルを完璧に使いこなすべく、陽斗たち地球の生徒4人と完全に息を合わせて木剣を振るっていた。
「よし、いいぞ。陣形の切り替え、コンマ秒単位で最適化されている。これなら次の10階層のガーディアンも難なく突破できるな」
中庭の端で腕を組み、生徒たちの成長を温かい眼差しで見守っていた翔は、心から安堵の息を漏らしていた。
2.魔導核の解析と、不親切なシステムのバグ
一方、同じ時間──現代日本の大阪・北区。
厳重な静脈認証で守られた「ミヨシ・ホールディングス日本支部」の新事務所。
マルチディスプレイが青白く発光する開発室では、三好駿と名取蓮の二人が、徹夜明けのボサボサの髪のまま、デスクの上に置かれた『古代の魔導核』と睨み合っていた。
「……信じられないわ、先輩。この魔導核から放出されているエネルギーの干渉パターン、地球の物理学におけるマクスウェル方程式を完全に超越しているのに、トポロジー幾何学(位相幾何学)の位相構造としては完璧に自己完結しているわ」
蓮が丸眼鏡を押し上げながら、ディスプレイに表示された三次元の波動干渉グラフを指さした。
「そうや。この魔導核の波動を、俺たちが作った『現代版・電磁トポロジー回路』に共鳴させることで、理論上、充電そのものを不要にする『超省エネ・自己発電型超電導バッテリーシート』の設計が完全に固まる。これ、来月の製造ラインで試作品が作れるぞ」
駿がコーヒーを片手に不敵に笑う。
その時だった。
駿のデスクの上に置かれていた、翔のステータス画面をリアルタイムで監視している「システム専用スマートフォン」が、聞いたこともない軽快な電子音を奏でた。
【──警告:通信帯域の物理的拡張を確認しました──】
【同期対象のレベル上昇(Level 25突破)に伴い、双方向リアルタイム高音質音声・ビデオ通信機能がアクティベートされました】
「……は?」
駿はコーヒーを吹き出しそうになりながら、スマートフォンの画面を凝視した。
画面には、ビデオ通話の受話器のアイコンが、まるで当たり前のように緑色に輝いている。
「なんやこれ……。通信できるようになったんやったら、通知ぐらいもっと大々的に出したらええのに。不親切なシステムやな、ほんまに……」
「先輩、どうかしましたか?」
「いや、蓮。これ見てみ。ダンジョン攻略で兄貴のレベルが上がったからか、いつの間にか、ビデオレターとかの『物質転送』じゃなくても、直接ビデオ通話ができるようになってるみたいや」
駿のその言葉に、蓮は目を見開いた。
「……え!? ってことは、ビデオレターで一方通行のメッセージを送らなくても、そっちにいる生徒4人と、日本の親御さんたちが、今すぐ直接スマホで喋れるってことですか!?」
「そういうことになるな。……よし、蓮。この『世界間通信網』、もっと安定して実用化できんか、今すぐ検証や!」
「やります! 先輩、検証コードを今すぐ走らせます!」
二人の天才プログラマーによる、突発的な大パニックの検証作業が始まった。
幸い、翔たちが王都の公爵邸という、防音結界と安全が完全に保障された場所に滞在している今の期間こそが、地球側での怪しい通信実験を安全に行う唯一の好機だった。




