第四十七話:他派閥の刺客、王都に潜む悪意
3.9階層の遭遇と、他派閥の刺客
攻略を開始して9日目。
順調に階層を重ね、転移陣のある10階層のガーディアン部屋の直前、薄暗い『9階層』の円形回廊へと差し掛かった時だった。
カツン、カツン──。
大理石の床を叩く、不気味な金属鎧の足音が響いた。
曲がり角から姿を現したのは、神殿の魔物ではない。フルフェイスの漆黒の兜を被り、怪しげな魔力を帯びた暗殺剣を手にした、十数名の武装集団だった。
その衣服の胸元に刻まれていたのは、失脚したヘンドリックス侯爵の派閥、その残党たちが王都の闇ギルドから雇い入れた、超一流の暗殺者たちの紋章だった。
「……やはり、来たな」
翔が冷徹なグレーの瞳を向け、大剣に手をかけようとした、その時──。
「先生、下がっていて。私たちの授業の邪魔をする不埒者は、私たちが処理します」
カイルが、かつての傲慢なクズとは程遠い、鋭く澄んだ武人の目で翔を遮った。
「シェリー。指示を」
「ええ。全員、実戦訓練の第4フォーメーションを展開して!
敵は暗殺を専門とする『速度重視』の集団です。前衛は突っ込みすぎず、真司とジーモを壁にして敵の突撃を『いなし』、魔法組の射程へと誘い込んでください!」
「「──了解!!」」
「ちっ、ガキどもが舐めるな! 殺せ!」
暗殺者たちが音もなく地を蹴り、恐るべき速度で殺到してきた。
しかし、シェリーの指揮の前に、彼らの「速度」は完全に封じられた。
真司の『金剛の肉体』に阻まれ、勢いを殺された暗殺者たちの側面を、カイルと陽斗の超高速の斬撃が容赦なく両断する。
「『多重詠唱』──『トリプル・アイスコフィン』!」
ミリーナの放った三条の氷の棺が、逃れようとする暗殺者たちの両足を地面ごと瞬時に凍りつかせ、完全に動きを封じた。
「真司、ジーモ、そのまま押し潰して! 鏡花、残党の退路を断って!」
「了解!」
わずか2分。
王都の闇ギルドが誇る超一流の暗殺部隊は、翔の『絶対障壁』や『神剣』を使うまでもなく、8人の完璧な戦術連携の前に、誰一人として掠り傷すら負わせることなく、文字通り「ボコボコ」に無力化され、大理石の床へ転がされた。
「……すばらしい。お前たち、本当に強くなったな」
翔は教え子たちの成長に、教育者としてこの上ない感動を覚え、彼らの頭を順番に撫で回した。
こうして、彼らは10階層のガーディアンをも難なく撃破し、最初の転移陣を起動させ、約束通り一度、王都の公爵邸へと帰還したのだった。
4.王都の華麗なるPRデモンストレーションと、届いた「毒ワイン」
同じ頃、王都にあるブルグンド公爵邸。
そこは、王都中から集まった高貴な貴族のご夫人方や、令嬢たちの熱気と歓声で満ち溢れていた。
「皆様、よく見ていてくださいな。これが、我が『ミヨシ・トレーディング』が極秘裏に仕入れた、鉛を一切含まない日本の最高級スキンケア──『化粧水』ですわ」
アデライードが、日本の漆塗りを施した美しいガラスのボトルを掲げると、集まった夫人たちから「まぁ……!」とため息が漏れた。
ベアトリーチェが、朝露を湛えたサクラのような微笑みで、一人の肌の荒れた年配の伯爵夫人の前に寄り添った。
「奥様、少しだけ失礼いたしますね」
ベアトリーチェが、ナノカプセル化処方を施された日本の最新ローションを、奥方のカサついた頬へとそっと馴染ませる。
すると、どうだろう。
高位ポーションの細胞活性化プロセス、そして日本の超音波ナノ技術が融合した奇跡の浸透力により、奥方の頬のシワが、まるで魔法のように一瞬にしてピンと張り、見違えるほどに白くプルプルの「若返り肌」へと生まれ変わったのだ。
「な、何ということ……!? 私のシワが、消えた……!? お肌が、まるで20代の娘のようにもちもちに……!」
「私も! 私も試させてちょうだい、ベアトリーチェ様!」
「おいくらでも払いますわ! その日本の美しいボトル、私に売ってくださいな!」
デモンストレーションは大成功、いや、大爆発だった。
王都の女性たちの見栄と物欲を完全に支配した『ミヨシ・トレーディング』は、初日だけで、王都の貴族たちの財布から山ほどの金貨を毟り取ることに成功していた。
そんな大熱狂のPRイベントの翌日、公爵邸の客間に、一つの美しい木箱が持ち込まれた。
送り主は、ヘンドリックス侯爵の派閥に属していた、王都の他派閥の貴族──ヴァルデマール子爵であった。
「アデライード様、ベアトリーチェ様。
こちらは、我がヴァルデマール家に代々伝わる、非常に希少な『極上の甘みを持つヴィンテージワイン』にございます。
先日の、あまりにも見事なお披露目会への、ささやかなお祝いとして、ぜひお嬢様方に召し上がっていただきたく……」
子爵の代理として訪れた執事が、恭しく頭を下げた。
アデライードとベアトリーチェは、そのワインのボトルを見た瞬間、お互いにチラリと視線を交わし、その美しい唇を「フッ」と冷酷に歪めた。
なぜなら、彼女たちは、道中で翔から『中世の美容と医療の闇』について、徹底的な講義を受けていたからだ。
(……間違いないわ。酸っぱくなった安物のワインに鉛の板を浸し、その毒性で無理やり人工的な甘みを引き出した──『酢酸鉛(鉛糖)入り毒ワイン』ね)
二人は、翔から事前に渡されていた日本の「簡易検出キット」を使うまでもなく、その不自然に濁った琥珀色の液体と、その持ち主の意図を完全に見抜いていた。
北部で急激に影響力を強めるブルグンドとカノーヴァの令嬢を、病死、あるいは体調不良によるスキャンダルに見せかけて排除しようとする、王都の他派閥の小賢しい陰謀。
だが、アデライードは、かつての気の強い令嬢ではなかった。翔と過ごし、政治的な「大人の戦い方」を学んだ彼女は、この上なく上品な微笑みを浮かべて、その執事に向き直った。
「まぁ、ヴァルデマール子爵からの、このような素晴らしい贈り物。
本当に、嬉しいですわ。……ですが、これほどまでに希少で、素晴らしい甘みを持つ極上のワイン。
私たちのような若輩の令嬢だけで楽しむなど、あまりにも不敬というものですわね、ベアトリーチェ?」
「ええ、本当にそうですわ、アデライード」
ベアトリーチェも、サクラ色の唇を誇らしげに歪めて頷いた。
「ですから、この素晴らしいワインは、そのまま私たちの手で、王城にいらっしゃる『国王アルトリウス陛下』へと、お祝いのおすそ分けとして公式に献上させていただきますわ。
あ、それから、子爵の執事。……このワインは大変繊細で、『日持ちがいたしません』ので、陛下には『どうか早めにお飲みくださいね』と、私たちの口から、しかとお伝えしておきますわね」
「な……、何ですとォッ!?」
執事は、顔面を土気色に変えて硬直した。
自分たちが令嬢たちを毒殺(病死)させるために贈った毒ワインが、そのまま「ヴァルデマール子爵からの献上品」として、国の絶対者である国王の元へとスライドして届けられる。
これ以上の、最悪の自殺行為があるだろうか。




