第四十五話:残党と親たちの愛と心配が詰まった大量の極薄
4.王都の闇と、蠢く他派閥の残党
同じ頃、深夜の王都。
失脚したヘンドリックス侯爵の広大な邸宅は、主を失って冷たく静まり返っていた。
だが、その地下にある秘密の礼拝堂には、いくつかの不気味な黒いフードを被った影が集まっていた。
「……信じられん。ヘンドリックス侯爵が、ただの映像の言い逃れと、女たちの美肌の物欲だけで、これほど容易く失脚するとは」
「ブルグンドとカノーヴァめ……。あの『異界の教師』を囲い込み、見たこともない奇妙なマジックアイテムや化粧品を独占し、北部の軍備を急速に強化している」
「このままでは、王都の我々他派閥の利権も、いずれあの北の野蛮人どもに毟り取られる。
陛下は魂の契約で手が出せんようだが……我々は違う」
影の一人が、冷酷な声で囁いた。
「『天空の神殿』ダンジョンだな。
あそこは王都からも近く、我々の息のかかった者たちを潜り込ませやすい。
神殿の最深部、上級魔物の混乱に乗じて……あの教師と、北部の生意気な子供たちを、ダンジョンの塵にしてくれるわ」
闇の残党たちは、邪悪な笑い声を響かせながら、天空の神殿へとその牙を研ぎ澄ませていた。
5.日本の親たちのリアルな心配と、不穏な「仕送り」
その日の夜遅く。
令嬢たちや生徒たちがそれぞれ天幕で眠りについた後、翔は個室用の天幕で、日本側の駿との定例の通信を行っていた。
「──駿。日本側でのサロンビジネス、そして魔法陣のデータ化の進捗はどうだ?」
『──おう、兄貴。そっちは順調やで。おかん(主婦同盟)たちの人脈のおかげで、サロンの会員権は飛ぶように売れとる。……ただな、兄貴』
脳内に響く駿の声が、いつになく真面目で、少し戸惑ったものに変わった。
「どうした?」
『……今日な、柊のオバチャンと、橘のオバチャン、二人の母親から真剣な顔で相談されたんや。
「駿くん。私たちは、蓮ちゃんや玲香ちゃんを駿くんにけしかけて、サポートさせてるけれど……それはそれとして、異世界にいる我が子(鏡花とほのか)のことが、急に本気で心配になってきたの」ってな』
「……心配? 毎日ポーションや仕送りを送っているし、安全な公爵領にいると伝えたはずだが」
『そうやない。オバチャンたちが心配しとるのは、もっと【リアルな男女関係】のことや』
「男女関係?」
翔は眉をひそめた。
『兄貴は「貴族の騎士や護衛が常に周りをガードしているから、鏡花やほのかに、他の怪しい男が入り込む隙はない」って親たちを安心させようとしたらしいな。
けどな、親たちが心配しとるのは、外の男やない。
──陽斗、真司、カイル、ジーモ。
同年代の血気盛んな男の子たちと、毎日毎日、同じ宿、同じ野営地で、長旅を共にしてるんやぞ?
いくら「天啓の聖石」で身体能力が上がって、モンスターより強くなったからって……不意に同世代の男の子に押し倒されたら、女の子なんやから、もしものことがあったらどうするんや、って親御さんたちは本気で頭を抱えとるんや』
「──ッ!?」
翔は、現役の高校教師として、脳天に雷を浴びたような衝撃を受け、全身を硬直させた。
言われてみれば、その通りだ。
彼らは全員、十代の健康な男女なのだ。過酷な戦いを共に乗り越え、吊り橋効果も加われば、いつ恋愛感情が暴走してもおかしくはない。
「し、しかし、駿! 俺が教育者として、担任として、常に目を光らせているから大丈夫だ!」
『兄貴。お前がずっと24時間一緒におるわけやないやろ。お風呂の時も、夜寝る時も、先生の目が届かん瞬間はいくらでもある。もしものこと、男と女の「最後の一線」を、親としては考えてまうのが当然や』
駿はため息交じりに、信じられない言葉を続けた。
『──でな。おかんたちの機動力、マジで凄いわ。
鏡花の母親と、ほのかの母親二人から、こっそり「駿くん、これ、いざという時のために、翔先生に届けてちょうだい」って、日本の薬局で大量に買い込んできた【避妊具】を託されたんや。
しかもな、それを見た水上のオヤジ(警察官)と、不破の親父も、「男親としても、我が子が間違いを犯して女の子を傷つけんように、これを持たせておいてくれ」って、同じものを大量に駿に預けてきおったんや』
「……な、何だって!?」
翔は顔面を火が出るほど真っ赤にし、天幕の中で思わず立ち上がった。
『今、お前の左手に向けて、その「親たちの愛と心配が詰まった大量の避妊具(日本製・極薄)」を転送するからな。受け取れ、兄貴』
──すっ。
静かな空間の歪みとともに、翔の左手の上に、日本のドラッグストアの袋に包まれた、見覚えのある長方形のカラフルな箱の山が出現した。
箱には『0.01mm』『極薄・フィット』などの文字が、生々しく輝いている。
翔は、その日本の最先端テクノロジーが詰まった「避妊具の山」を見つめ、人生でかつてないほどの深刻な表情で頭を抱えた。
「……あり得ない。いや、親たちの心配を考えれば……あり得ないことではないか。
高校生たちの健全な性教育、そして望まない妊娠や過ちを防ぐのは、教師の、大人の責任だ……。
しかし、これを俺が預かって管理するのか……? どうやって使う機会があるというんだ……」
悶絶する翔の耳元に、駿のこの上なく邪悪で、楽しげな笑い声が響き渡った。
『──アハハハ! 兄貴、真面目に悩んどるな!
けどな、兄貴。よく考えたら、その仕送り……
アデライード様とベアトリーチェ様、さらにアイリス様にまで、夜這いスレスレのスキンシップで狙われとる【お前自身】が一番必要なんちゃうんか?
お義父さん(公爵)の大剣で、縦真っ二つに斬られんようにな?(笑)』
「う、うるさいッ! 俺は教師だ! 生徒たちの模範となるよう、常に理性を保っている! 余計な心配をするな!」
翔は真っ赤になりながら怒鳴り散らし、日本の避妊具の山を、天幕の最も奥深い、誰も見つけられない隠し収納へと、大慌てで隠し込むのだった。
甘酸っぱくも、親たちのリアルな心配を背負いながら、一行の『天空の神殿』への旅路は、不穏な闇の接近と共に、いよいよ佳境へと突入していくのだった。




