第四十三話:個々のスキルを垂れ流しているだけ
5.チームの指揮官論と課金装備の相談
その日の午後、公爵城の中庭。
翔は教え子4人、およびカイルたち新生4人の計8人を集めていた。
「よし、お前たち。牙の洞窟の攻略、本当によくやった。
ボス部屋での無双も見事だった。だが、お前たちのステータスやスキルが上がった今だからこそ、俺から言わなければならないことがある」
翔はスッと、左手を差し出した。
──すうっ。
静かな空間の歪みとともに、翔の掌の上に、8つの不気味な青い光を放つ魔導アクセサリーと、日本の高機能なインナーウェアが出現した。
これは、日本の駿が、蓮の開発した『現代版・魔法陣基盤』の技術を応用し、アンダーアーマーの最新コンプレッションインナーに「魔力防御・肉体強化」の魔法陣を極秘に織り込ませて、送ってくれた最高峰のチート装備──『ミヨシ・アスリートプロトタイプ』だった。
それ以外にも、カイルの長剣・水上が希望した太刀など計8点の武器が並んでいる。
「す、凄い魔力の残滓……。これ、日本の服に、魔法陣が織り込まれているのですか!?」
魔術師であるミリーナが、その異常なまでの防御力とステータス補正値に、驚愕の声をあげる。
「そうだ。これを全員に支給する。物理的な防御力、および魔力伝達効率は、これまでの3倍以上に跳ね上がる。……だが」
翔は装備を配り終えると、冷徹なグレーの瞳を8人に向けた。
「装備を強くする前に、相談がある。
──お前たちのチームの『指揮官』は、誰だ?」
その問いに、8人はハッとしてお互いの顔を見合わせた。
「え……? 指揮官?」
陽斗が不思議そうに首をかしげる。
「いや、いつもはなんとなく、鏡花ちゃんが遊撃の指示を出したり、俺やカイルが前衛で息を合わせて戦ったりしてますけど……」
「なんとなく、ではダメだ」
翔はきっぱりと言い放った。
「牙の洞窟のような中級ダンジョン、あるいはボスが単純なベヒモスであれば、個々の暴力的なステータスとスキルを垂れ流すだけで圧倒できた。だが、これから向かう『天空の神殿』や、闘技会の上級者たちは違う。
お前たちが個々のスキルを垂れ流している時、それを的確に予測され、連携の隙を突かれたらどうする?
戦闘中のコンマ一秒の判断において、
『誰が全体の状況を把握し、誰が撤退や突撃の指示を下し、誰が誰をカバーするのか』
その『役割分担』と『指揮権』が、この8人には全く存在していない。
それぞれが『強い個人』として暴れているだけだ」
「それは……」
カイルは言葉を詰まらせた。
確かに、彼らは10日間の実戦で「背中を預け合える戦友」にはなった。しかし、いざという時の判断は、それぞれの個人の感覚に依存していたのだ。
「先生。それなら、実際にやってみようよ」
柊鏡花が、不敵な笑みを浮かべて木剣を構えた。
「私たちは、この10日間で、先生が思っているよりずっと強くなってる。
先生が一人で、私たちの『8人の連携』の隙を突けるか、実際に試してみて!」
「ああ、望むところだ」
翔はフッと笑い、肩をすくめた。
「特別授業だ。お前たち8人、全員まとめてかかってこい。
俺は、あの『神殺しの聖剣』は使わない。
駿に買ってもらった、身体能力を同等に引き上げる『インナーウェア(ステータス補正)』だけで相手をしてやる」
6.特別実戦訓練:翔 vs 8人の圧倒的な現実
中庭の空気が、一瞬にして張り詰めた。
公爵やアデライード、ベアトリーチェ、そして限界突破プログラムで恐ろしく強くなっていた公爵領の騎士たちまでもが、息を呑んで中庭の周囲を取り囲む。
「翔殿、本当に一人で8人を相手にするのか……」
グスタフが冷や汗を流しながら呟く。
中庭の中心。
翔は使い古された、ごく普通の訓練用の木剣を一本、無造作に下段に構えて立っていた。
対する8人は、支給されたばかりの『ミヨシ・アスリートプロトタイプ』に身を包み、鋭い眼光を翔へと向けていた。
「いくぞ、お前たち。……全力で来い!」
翔の声が響いた瞬間、8人が同時に地を蹴った。
「カイル、俺が右からいく! 『迅雷の刃』!」
「合わせる! 『限界突破』──『迅雷斬り』!」
陽斗とカイル、二人の超高速のシンクロした突撃が、左右から翔の喉元をめがけて放たれた。
その速度は、すでに常人の限界を遥かに超えている。
だが、翔は一歩も動かなかった。
カツ、カツン……!
翔は、バスケットボールで培った重心移動を応用し、右足を軸にしてコマのようにわずかに身体を回転させた。
二人の必殺の剣撃は、翔の胸元をわずか数ミリの差で、滑るようにして受け流され、空を斬った。
「なっ……!?」
「前衛が突っ込みすぎだ。後ろの状況が見えていないぞ」
翔は回転の遠心力を利用し、木剣の柄頭でカイルの右手を軽く叩いた。
テコの原理により、カイルの木剣が強烈な衝撃を受けて弾け飛ぶ。
バランスを崩したカイルの胸元へ、翔は掌打を優しく滑らせた。
「ぐはっ!?」
カイルが後方へと弾き飛ばされる。
「陽斗、下がれ! 真司、ジーモ、肉壁を張れ!」
鏡花が叫んだ。
不破真司とジーモが、盾を掲げて翔の前に立ちはだかる。
「『金剛の肉体』最大展開!」
だが、翔は彼らの突進の「重心の偏り」を、一瞬で見抜いていた。
「真司、お前は盾を構えるとき、右肩が下がる癖が治っていないぞ」
翔は不破の盾の端に、自身の木剣をスッと引っ掛け、上へと跳ね上げた。
ガードが強制的にこじ開けられ、無防備になった不破の足元へ、翔は軽い足払いを差し入れた。
「うわっと!?」
不破の巨体は、自身の突進の勢いのままに前へと突っ伏し、地面にダイブした。
「ほのか、ミリーナ、魔法を!」
遊撃の鏡花が、側面から翔の退路を断つように回り込みながら叫ぶ。
「『多重詠唱』──『ダブル・ファイアボール』!」
「『大魔導』──『烈風カッター』!」
二つの大魔法が、翔の頭上から降り注ぐ。
だが、翔は慌てることなく、横たわるジーモの巨体を、自身の木剣の側面で軽く「押し流す」ようにしてシールド代わりにした。
「わあっ!? 冷たい, 冷たい!」
ジーモの頑強な肉体に遮られ、魔法の軌道がわずかにズレる。
その一瞬の隙。
翔は『疾風のステップ』で回り込もうとしていた鏡花の予備動作──「肩の上下」を見極め、彼女が地面を踏み込む「一瞬前」に、そのステップの着地点へと木剣の先をスッと差し置いた。
「きゃっ……!?」
鏡花は自身のスピードに足元をすくわれ、芝生の上へと派手に転がっていった。
「ミリーナ、シェリー、後ろがガラ空きだ」
気がつけば、翔の姿は魔法を放ち終えたばかりのミリーナと、回復のシェリーの目の前にあった。
スッ、と翔の木剣の先端が、二人の眉間の前でぴたりと静止する。
「……そこまで」
静寂が、中庭を支配した。
時間にして、わずか一分半。
日本のチートインナーを装備し、個々のステータスが限界突破しているはずの8人の若者たちは、翔に掠り傷一つ負わせることもできず、全員が地面に転がされるか、武器を失って立ち尽くしていた。
「……参った。本当に、手も足も出ない……」
陽斗が芝生の上で大の字になり、悔しそうに天を仰いだ。
カイルも、鏡花も、自分たちの「最強のステータス」が全く通用しなかった現実に、深くショックを受けていた。
翔は木剣を引き、倒れ込む8人の教え子たちを見下ろして、静かに、しかし優しく語りかけた。
「──どうだ? 現実が見えたか、お前たち」
その声に、8人はハッとして翔を見上げた。
「お前たちの個々の能力は、確かに素晴らしい。日本のチートインナーのおかげで、さらに強度も上がった。
だが、今の戦いを見てみろ。
前衛の陽斗とカイルが突っ込んだとき、後衛のほのかとミリーナは、二人が邪魔になって魔法の射線が通っていなかった。
真司が盾を構えたとき、ジーモはお互いの距離感が近すぎて、自慢の巨槌を振り回すスペースを失っていた。
鏡花は遊撃として走っていたが、誰も彼女のカバーに入っていなかった。
お前たちは、それぞれが『個々のスキルを垂れ流しているだけ』で、8人という『一つのチーム』としての立ち回りが、全くできていないんだ」
翔の容赦ない、しかし極めて的確な論理的指摘に、8人は反論できず、静かに唇を噛み締めた。
「闘技会、あるいはこれからの高難度ダンジョンで本当に勝ち抜くためには、個人の強さだけでは絶対に届かない壁がある。
お前たちが本当に『一つ』の不壊の軍隊となるための、チームの立ち回りと連携。
明日からは、その『戦術の授業』を本格的に始めるぞ。
──覚悟しておけよ、お前たち」
「「──了解、先生!!!」」
敗北の悔しさを胸に抱きながらも、8人の勇者たちの瞳には、かつてないほどの清らかな「向上心」と、真の強さを求める炎が、ぎらぎらと燃え上がっていた。
混沌とした世界を札束とテクノロジーで支配する彼らの課金無双は、真の『軍隊』を鍛え上げる、次なる段階へと突入していくのだった。




