第四十二話:スキンシップ戦争に試される理性
4.令嬢たちの「スキンシップ戦争」と、侍女アイリスの隠れた火花
異世界、ブルグンド公爵城。
夕食後のテラス。嵐のような深夜の説教(と、啖呵による逆プロポーズ)から一夜明け、アデライードとベアトリーチェの二人は、翔に対して、以前とは明らかに異なる「堂々としたアプローチ」を開始していた。
「──翔様! 10日間の探索、本当にお疲れ様でした。体中がお疲れでしょう?」
テラスに佇んでいた翔の背後に、美しい金髪を揺らしたアデライードがすっと忍び寄った。
「あ、アデライード様?」
驚く翔の返事も聞かず、アデライードは翔の大きな右腕を、自分の細い両腕でぎゅっと抱きしめ、体全体をぴったりと密着させてきた。驚くほどの柔らかさと、少女の体温が翔の二の腕へとダイレクトに伝わる。
「アデライード様!? こ、これはさすがに近すぎます!」
「ふん、何が近すぎるのよ! お母様から『性的な関係(最後の一線)に陥らない範囲なら、スキンシップは非常に効果的な関係修復の手段よ』とお墨付きをいただいたのだわ! だからこれは、お世話になった貴方への健全で、最上級の労いですわ!」
頬をリンゴのように真っ赤にしながらも、アデライードはツリ目を輝かせて離れようとしない。
「まぁ、アデライード。相変わらず、強引な屁理屈がお上手ですこと」
ベアトリーチェが、上品なサクラ色のドレスを身にまとっておっとりと歩み寄ってきた。彼女は翔の正面に回り込むと、翔の大きな両手をそっと自分の白く滑らかな手で包み込み、そのまま自分の胸元へと優しく引き寄せた。
「おもてなしの心でしたら、私の方が一枚上手ですわよ? さあ、翔様。私の手を通じて、カノーヴァ特有の『癒しの魔力』を体内に感じてくださいな。長旅とダンジョンの疲れを、芯から溶かして差し上げますわ」
ベアトリーチェは、朝露を湛えたサクラのような微笑みで、翔のすぐ隣にぴったりと寄り添い、上目遣いで翔を見つめた。
「な、何言ってるのよ、ベアトリーチェ! 貴方、ずるいわよ! 私が先に翔様を労っていたのよ!」
「ずるいなどと、心外ですわアデライード。私はただ、翔様の健康を一番に考えて、温もりを分け合っているだけですの。……さあ、翔様。どちらの温もりがお気に召しました?」
二人の超絶美少女令嬢から、左右から密着され、バチバチとした火花が散るような視線を浴びせられ、翔は顔を火が出るほど真っ赤にしながら「え、ええと、二人とも本当にありがたいのですが、心臓に悪いので一度離れてください……」と、必死に引きつった笑顔を浮かべることしかできなかった。
背後の物陰からは、
「あはは、先生、完全に包囲されてるね」
「アデライードちゃんたち、宣戦布告してから本当に堂々としてるなぁ」
と、鏡花とほのかがニヤニヤしながらスナック菓子を食べて観戦していた。
その日の夜遅く。
令嬢二人の猛攻から這々の体で逃げ出し、自室へと戻ってきた翔。
ベッドに腰掛け、ようやく一息ついたその時、部屋のドアが非常に控えめにノックされた。
「……? はい、どうぞ。開いてますよ」
てっきりアデライードたちが再び突撃してきたのかと身構えたが、入ってきたのは、お盆を持ったアデライードの侍女、アイリスだった。
「翔様……。夜遅くに、失礼いたします。お部屋の加湿用の魔法道具を、お持ちいたしました」
「あ、アイリスさん。ご丁寧にありがとうございます」
翔が立ち上がり、アイリスからお盆を受け取ろうとした、その時。
アイリスはお盆をテーブルに置くと、顔を耳まで真っ赤に染め、俯いたまま、すっと翔の前に一歩踏み込んだ。
「あ、あの……翔様」
「はい?」
アイリスは震える小さな手を伸ばし、翔の着ているシャツの乱れた襟元を、指先で整え始めた。指が翔の鎖骨や首元に触れるたび、彼女の指先がピクリと震える。
「アイリス、さん……?」
「その……私のような立場を弁えないアプローチは、アデライード様たちに怒られてしまいますが……。でも、お二人が見ていないところなら……私も、翔様を癒して差し上げたいと思いまして……」
アイリスは上目遣いに翔を見つめると、顔が弾け飛びそうなほど真っ赤になりながらも、翔の大きな右手をそっと、しかし愛おしそうにきゅっと握りしめた。
「アイリスさんまで!? も、もしやこれも、公爵夫人が……?」
「は、はい……。『アイリス、あなたも翔様を狙うなら、夜にこっそり大胆に行きなさい』と、お母様(公爵夫人)から直々に、公認のお言葉をいただいてしまいまして……」
(どうなってるんだ、この城は……! お母様、裏で何吹き込んでるんだよ!? 教育者として、俺の貞操観念が完全に大ピンチなんだが……!)
翔は顔面を真っ赤に染めながら、内心で絶叫するしかなかった。
だが、恥ずかしがりながらも必死にアプローチしてくるアイリスの健気な温もりに、翔の心拍数はかつてないほどに跳ね上がっていた。
スキンシップの嵐がひと息ついた翌朝、公爵が執務室から姿を現し、翔に向き直った。
「翔殿。次のダンジョンの情報だが……。
我がブルグンド領、およびカノーヴァ領をさらに越えた先、王都の近郊にある古の遺跡。
【──『天空の神殿』ダンジョン──】
ここには、高難度の上級魔物が巣食っており、中央闘技大会の代表候補たちが最終調整として挑む、王国でも指折りの聖域だ。
カイルたち、およびお主の生徒たちの合同チームをさらに鍛え上げるには、これ以上ない舞台だろう」
「天空の神殿、ですか。分かりました」
翔は引き締まった表情で頷いた。
「ですが閣下。彼らがその高難度ダンジョンへ挑む前に……。
彼らには、解決しなければならない、極めて深刻な『課題』があります」
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