第四十一話:侯爵の失脚と美魔女サロン
2.王都の陰謀の崩壊:ヘンドリックス侯爵の失脚劇
10日ぶりに、一行はブルグンド公爵城へと帰還した。
城の正門前には、翔の帰りを待ちわびていたアデライードとベアトリーチェ、そして、ブルグンド公爵と、通信魔導書からホログラムのように姿を現しているカノーヴァ伯爵が、これまでにないほど「不敵で、かつこの上なく満足そうな笑み」を浮かめて待っていた。
「翔殿、よくぞ無事でダンジョンを攻略してくれた!」
公爵が豪快に笑いながら翔の肩を叩いた。
「閣下、ただいま戻りました。……何か、良いことでもあったのですか? お二人の顔が、まるで大金を手に入れた投資家のような表情をされていますが」
翔が尋ねると、遠隔の魔導書から、カノーヴァ伯爵が上品にクスクスと笑い声を響かせた。
『──翔殿。お主が旅立つ前に、私と公爵へ託していってくれた、あの「黒い板」に記録されていた「映像」と「音声」……。あれが、王都で凄まじい大爆発を起こしましてな』
公爵が、懐から王都からの公式な書状を取り出して見せた。
「お主が仕掛けた、あのヘンドリックス侯爵への『ビデオ映像による糾問書状』。
あれを王都の他派閥の有力貴族たち、および国王アルトリウスの御前会議で、公式に公開したのだ。
虚空に浮かび上がった、ヘンドリックスの直属の暗殺ギルド『黒の牙』が、王国の至宝である異界の賓客(翔たち)を『事故に見せかけて暗殺せよ』と叫んでいる鮮明な映像と音声。
これには、いかなる政治的な言い逃れも通用しなかった。国王陛下も、魂の契約の痛み(心臓への警告)を感じて真っ青になり、その場でヘンドリックスの『反逆行為』を公式に認定せざるを得なかったのだ!」
「なるほど……。捏造不可能な映像証拠の前に、首が回らなくなったわけですね」
翔は想定通りの展開に頷いた。
「それだけではないぞ!」
公爵は、さらにお腹を抱えて笑い出した。
「仕上げに、お主が提案した『鉛を含まない日本の化粧品』の禁輸措置だ。
王都の貴族たちの間で、早くも『北部の貴族の夫人たちが、急に十歳以上若返ってプルプルの美肌になっている』という噂が爆発的に広まった。
そんな中、ヘンドリックスの派閥に属する貴族の夫人たちだけが、その美肌化粧品(ミヨシ・トレーディング製)の『全面取引禁止』を突きつけられたのだ。
夫人たちはヒステリーを起こして、旦那たちに『なぜヘンドリックスのような反逆者に荷担して、私たちを醜い毒入りの白粉の中に置き去りにするのですか!』と毎夜毎夜、泣き叫んで責め立てたらしい!」
『おかげで、ヘンドリックス派の貴族たちは、身内の女たちの反乱とヒステリーに耐えかね、次々と派閥から脱退。
孤立無援となったヘンドリックス侯爵は、一昨日、公式にすべての爵位と領地を没収され、王都から永久追放、一族は完全に失脚いたしました。
剣を交えることもなく、ただ映像と女たちの物欲だけで、王国最大の過激派主戦派が、一瞬にして自壊したのです。……実に見事な、冷徹極まる報復でしたな、翔殿』
通信魔導書から、カノーヴァ伯爵がこの上なく冷酷で、かつ賞賛に満ちた声を送ってきた。
現代のテクノロジーと経済制鎖のコンビネーションは、中世の政治構造を一瞬で消し飛ばすほどの、圧倒的な破壊力を持っていたのだ。
3.日本側:ミヨシ・ホールディングス日本支部の「美魔女サロン」
同じ頃、現代日本の大阪・北区。
厳重な静脈認証とカードキーで保護された新事務所『ミヨシ・ホールディングス日本支部』の広々とした応接室では、驚くべき「お茶会」が開催されていた。
「──信じられないわ……。お母様、本当にそのシワが一瞬で消えたの!?」
「ええ、玲香。嘘だと思うなら、ほら、私の目元をよく見てごらんなさい」
不破真司の母親が、白く輝くプルプルの肌を指さしながら、娘の不破玲香に見せた。
玲香は我が目を疑うように、母親の顔に触れ、あ然としていた。
この新事務所には、主婦同盟の人脈を通じて、地元の政財界のトップ層マダムや、警察幹部の夫人たちが、極秘裏に「美魔女サロンの先行体験」として招待されていた。
「駿くん。この、異世界の『高位ポーション』を、日本の『高周波・超音波ナノカプセル導入美顔器』で浸透させるシステム。……これ、本当に一口数億円の会員権が、飛ぶように売れてるわよ」
橘ほのかの母親が、タブレットに表示された契約書類(億単位の入金データ)をスワイプしながら、興奮気味に言った。
「そうですね、おばさんたち。日本の富裕層マダムの『若返り』への執念は、異世界の貴族以上です。この資金があれば、翔兄貴たちが向こうで必要とする資材や、僕たちがこれから開発する『超省エネ魔法陣バッテリーシート』の初期開発予算を完全に回収できます」
デスクでコーヒーを飲む駿が、不敵に笑った。
その隣では、大学の後輩である名取蓮が、マイノートPCを叩きながら、満足そうに眼鏡を押し上げた。
「先輩、魔法陣の第一次解析に基づいた『現代版・電磁トポロジー回路』のプロトタイプ設計、完了しました。これを提携しているバッテリー工場へ極秘で持ち込めば、来月には『コンセント不要のスマートフォンバッテリーシート』の製造ラインが稼働できます」
「よくやった、蓮。お前がいてくれて本当に助かるわ」
駿が蓮の頭を軽く撫でると、蓮は「ふ、ふん。先輩の相棒なんですから、当然です」と、嬉しそうに頬を桜色に染めて下を向いた。
だが、その様子を横目でキッと睨みつけていた不破玲香が、すかさず駿の隣へ割り込んだ。
「駿さん、本当にお疲れ様です! 開発ばかりで、お体がガチガチになっていませんか?」
玲香はすっと駿の背後に回り込み、躊躇なくその細く白い指先を駿の肩へと乗せた。
「あ、玲香ちゃん……?」
「ふふ、ちょっと失礼しますね。これでも、大学でスポーツマッサージを少し勉強したんです。……どうですか? ここ、すごく凝ってますよ」
玲香は身を乗り出し、自分の豊かな胸元が駿の背中にほんの少し触れそうなほどの超至近距離で、力を込めて優しく駿の肩を揉み始めた。指先を通じて伝わる玲香の体温と、甘い女の子の香りに、駿は一瞬で背筋を硬直させた。
蓮はキーボードを叩く速度を無駄に高速化させながら、冷ややかな声を上げた。
「玲香さん。現在、先輩は極めて精密な検証作業を行っている最中ですが? 先輩のパーソナルスペースを不当に侵害し、物理的なアプローチで脳の処理速度を低下させるような行為は、控えていただきたいのですが」
「あら、蓮さん。何を言っているの?」
玲香は駿の肩を揉みほぐしながら、ツンと胸を張って言い返した。
「肩を揉んで筋肉の緊張をほぐすことで、首や脳への血流が劇的に改善されて、脳への酸素供給が活性化するのよ! 開発効率を高めるための『健康管理サポート』よ。それとも、蓮さんは駿さんに頭痛持ちのまま作業してほしいの!?」
「な、何ですって……!? 私はただ、無駄なスキンシップで集中力を乱さないようにと──」
「無駄じゃないです! 駿さん、すごく気持ちいいですよね?」
「あ、あはは……。まあ、確かに楽にはなるけど……」
バチ、バチ、バチ……!
新事務所の真ん中で、早くも散り始める凄まじい「恋の鞘当て」の火花。
(……はぁ。タワマンを逃げ出してきたはずやのに、結局ここでも俺のプライベートな安息はゼロやないか……。主婦のネットワークが有能すぎて、事務所から一歩も逃げ出せへんし……)
駿は首筋を掻きながら、小さくため息をついた。
だが、日本側でのビジネスと技術開発は、二人の女性のバチバチとした火花をエネルギーにして、恐るべき速度で動き出していた。




