第三十六話:影の撃退と主婦同盟の一時撤退
1.牙の洞窟の激突! 完璧なるコンビネーション
「クハハハ! 異世界のガキどもが、王都の精鋭に勝てると思うな!」
魔力ポーションによって全身からドス黒いオーラを放つ、暗殺ギルド『黒の牙』の十数名が一斉に地を蹴った。彼らの手にするナイフや湾曲刀が、薄暗いドーム状の地下空洞で怪しく光る。
「陽斗、カイル! 前衛は任せたぞ!」
翔の鋭い声が響く。
「まかせろ! 先生、俺たちの15日間の成果、特等席で見ててよ!」
陽斗がニヤリと笑い、地面を爆発的に蹴った。その身体は、以前の無駄な力みが完全に消え去り、ピボットフットを応用した最小限の予備動作で、音を置き去りにするほどの踏み込みを見せる。
「いくぞ、水上! 『限界突破』!」
カイルが叫ぶと同時に、その全身に青白い魔力の光がみなぎった。
固有スキルを得たカイルの速度は、すでに常人の限界を超えている。
「──『迅雷の刃』!」
「──『迅雷斬り』!」
二人のシンクロした超高速の斬撃が、先頭の暗殺者二人の湾曲刀を、防ぐ暇すら与えず一瞬で弾き飛ばした。
「なっ、速すぎる……!?」
驚愕する暗殺者の胸元へ、陽斗が完璧なフォームで体幹を乗せた掌底を叩き込む。
「ぐはっ!?」
内臓を揺らす打撃を受けた暗殺者が、背後の岩壁へと叩きつけられ、そのまま白目を剥いて崩れ落ちた。
「ミリーナ、援護する!」
「ええ、橘さん! 私たちの魔法で、敵の退路を断ちますわ! 『多重詠唱』──『ダブル・ストーンウォール』!」
ミリーナが杖を掲げると、暗殺者たちの背後に頑丈な岩の壁が瞬時に二つ、隆起して道を塞いだ。
「私もいくよ! 『大魔導』──『烈風の咆哮』!」
ほのかの、プロテインと規則正しい栄養補給によって魔力回復速度を限界まで高めた大魔法が、ドーム内を吹き荒れる。強烈な暴風が、残る暗殺者たちの姿勢を完全に崩し、虚空へと巻き上げた。
「真司! ジーモ! 落ちてくる奴らを頼む!」
鏡花が遊撃として走りながら指示を出す。
「おうよ! 『金剛の肉体』最大展開!」
不破真司が、鉄壁の壁となって突進してきた暗殺者の体当たりを真っ向から受け止めた。まるで大岩に激突したかのように、暗殺者の方がボキボキと鈍い音を立てて弾け飛ぶ。
「『剛力無双』! 吹き飛べぇッ!」
ジーモが身の丈を超える巨大なハンマーを片手で軽々と振り回し、暴風で落ちてきた暗殺者たちを次々と叩き落としていく。
水分補給には、大塚製薬の粉末ポカリスエットを水に溶かしたドリンクを絶え間なく摂取し、エネルギー切れにはマルトデキストリンを補給する。
15日間の科学的トレーニングによって鍛え抜かれた生徒たちの肉体、および魔石によってスキルを進化させたカイルたちのスタミナは、まさに「無限」だった。
「ひ、ひぃぃ……! 化け物どもめ、何なんだこの動きは……!」
わずか数分のうちに、十数名いた『黒の牙』の精鋭たちは、傷一つ負わせることもできず、ただの一人も立っていられなかった。立っているのは、恐怖でガタガタと震える暗殺者のリーダー一人だけだ。
「……さて」
翔がゆっくりと大剣を肩に担ぎ直し、冷徹なグレーの瞳をそのリーダーへと向けた。
「授業中にお邪魔虫が紛れ込んできたが、これで終わりだ。……グスタフさん、そいつを縛り上げて、ヘンドリックス侯爵の企みについて、じっくりと吐かせてください」
「承知いたしました、翔殿。実に見事な、いや、恐るべき連携でしたな。代表候補たちの再起、しかとこの目で見届けましたぞ」
グスタフが心からの敬意を込めて一礼し、震えるリーダーを捕縛した。
「よし、みんな。よくやった。怪我がないか、シェリーの『神速回復』で念のため診てもらえ」
翔が生徒たちとカイルたちを見渡すと、全員が晴れやかな、そして確かな自信に満ちた表情で頷き合った。かつて歪み合っていた若者たちが、今は背中を預け合える本物の「戦友」になっていた。
「先生、ボスの部屋がこの先にあるけど、どうする?」
鏡花が尋ねる。
「いや、一度外へ出よう」
翔は冷静に判断した。
「捕虜を安全に公爵閣下の元へ送り届け、ヘンドリックス侯爵の陰謀について報告するのが先決だ。ダンジョンの最深部(ボス部屋)の攻略は、いつでもできる。まずは、安全第一だ」
こうして、最強の合同チームは、初陣を完璧な勝利で飾り、誰一人傷つくことなく『牙の洞窟』を一度後にしたのだった。
2.タワマンの開発沼と、駿のいら立ち
一方、異世界で翔たちが無双していた頃、現代日本の大阪・梅田のタワーマンション。
「……おい、蓮。ここの変数はこれで合ってるか?」
「先輩、違います。そこは三次元的なトポロジー行列の逆数を代入しないと、波動の干渉パターンの整合性が取れません。ほら、私のコードを見てください」
マルチディスプレイの怪しい光に照らされたリビングは、完全に「本物のオタク研究室」と化していた。
プログラミングの「開発沼」に完全に引きずり込まれた駿と蓮の二人は、気がつけば15日間、寝食を忘れていたが、コーディングの成果は劇的だった。
『主婦同盟』が玲香を連れてきた日から数日。
異世界の魔法陣から抽出した幾何学パターンを解析し、電磁気学や信号処理の効率を極限まで高める「超電導応用回路」のベータ版、すなわち『魔法陣の第一次解析』が、完璧に完了したのだ。
「……できた。ついに、現代の地球でも実際に動作させられる『現代版・魔法陣基盤』の基礎コードが完成したな」
駿がマルチディスプレイを見つめ、深く息を吐き出した。
「すごいです、先輩! これを使えば、スマートフォンの通信効率を高める回路や、バッテリーの寿命を理論上数倍に引き延ばす、全く新しい超省エネ充電魔法陣が作れますよ! これをどうやって世間に発表しますか?」
蓮が眼鏡の奥の黒い瞳をキラキラと輝かせながら、駿に詰め寄る。
だが、駿の表情は、どこか浮かないものだった。
その理由は、物理的な疲労だけではなかった。
「……いや、それよりも、だ」
駿はチラリと、自分のリビングを見渡した。
ピザの空箱とエナジードリンクの缶が山積みになっていた部屋が綺麗に掃除され、快適な空間に。
そして何より──ソファの横には、なぜか不破玲香(真司の姉)が「駿さん、お疲れ様です! 今日は駿さんのために、スタミナ抜群の特製手作り弁当を作ってきたんです!」と、お重を抱えて満面の笑みで控えている。
さらにその横には、蓮がマイノートPCを開いたまま、「先輩、ここのデバッグが終わるまで、私は一歩も動きませんからね」と、当然のように駿のプライベート空間に居座っていた。
駿は、女性二人のことが嫌いなわけではなかった。
蓮の圧倒的なプログラマーとしての才能は尊敬しているし、玲香の自分に向ける健気な好意も、男として悪い気はしない。
だが──。
(……俺の時間が、一秒も取れへん。投資のシミュレーションをする静かな時間も、一人でコーヒーを飲むプライベートな空間も、完全に占領されとる……!)
元々、一人で静かに暮らすために手に入れたタワマンだ。そこに、朝から晩まで女性二人が居座り、ピリピリとした恋の牽制(バチバチとした火花)を散らしながら、自分の空間を侵食していく。投資家としての精神的な余裕が、確実に削られつつあった。
「……すまん、お前ら」
駿は、思い切って二人、そしてそこに合鍵を使って定期的に掃除や食料搬入に来ていた「主婦同盟」の母親たちに向き直った。
「俺、お前らのことが嫌いなわけやない。蓮の開発への熱意も、玲香ちゃんのお弁当も、おばさんたちの手伝いも、本当に感謝しとる。……ただな、ここは俺の『自宅』であり、本来は一人で頭を冷やすためのプライベートスペースなんや。お前らが常駐しとると、俺の投資の仕事の時間が全く取れんし、精神的にも限界や」
駿は、首筋を掻きながら、ハッキリと言い放った。
「だから……別で『事務所兼研究所』を構えたい。これからの魔法陣の開発や、ビジネスの展開は、全部その新事務所で行う。ここは、本来の俺の一人の部屋に戻させてくれ」
その言葉に、リビングはしんと静まり返った。
「あらあら……」
柊鏡花の母親が、ハッとしたように口元を押さえた。
「そうよね、駿くん。私たち、我が子を救うためとはいえ、若い男の子の一人暮らしのプライベートスペースに、土足で踏み込みすぎていたわね。本当にごめんなさい、配慮が足りなかったわ」
主婦同盟の母親たちは、自分たちの「おせっかい」が駿に負担をかけていたことを素直に謝罪した。
「よし! なら、すぐに新しい事務所を探しましょう! 旦那たちの警察や行政、それに地元の政財界のツテを使えば、セキュリティが万全で、怪しい研究をしていても絶対に目立たない、最高のオフィスビルや一軒家がすぐに見つかるわ!」
水上陽斗の母親が、頼もしく腕まくりをして言った。主婦同盟のネットワークは、こういう時の機動力が尋常ではないのだ。
一方、蓮と玲香の二人は、駿の言葉を聞いて顔を真っ青にしていた。
(嫌われた……!? 私が、居座りすぎて、先輩に敬遠されたの……!?)
蓮は、駿との「最高の共同開発者」としての聖域が壊れる恐怖に、珍しく弱気になって下を向いた。
(駿さんに、迷惑をかけちゃった……。お弁当なんて、重かったのかな……)
玲香もまた、自分のアプローチが駿の負担になっていたことを深く反省し、シュンと肩を落とした。
二人は、駿に本気で嫌われることを何よりも恐れた。
「……すみません、先輩。私、ちょっと調子に乗っていました。これからは、先輩のプライベートな時間はちゃんと邪魔しないようにします」
「私も……駿さんの仕事の邪魔をしないように、これからは一歩引いて、応援します……」
二人は、お互いを牽制し合いながらも、駿に嫌われないよう、タワマン以外の場所──これから探す新事務所などで、節度を持った「大人のアプローチ」を始めようと、密かに心に決めるのだった。




