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第三十一話:鍛錬の行先と4人の現在地

1.日本からのデリバリーと、商会の胎動


「……おいおい、駿。いくら何でも、これは送りすぎやろ」

ブルグンド公爵城の地下に特別に用意された、完全な防音と施錠がなされた「特設物資集積庫」。

翔が左手を差し出すたびに、空間がすうっと歪み、現代日本の最先端テクノロジーを詰め込んだ巨大な木箱や、重厚な金属製の段ボールが次々と出現していた。


『──アホ言え、兄貴。公爵様が全軍への「3ヶ月お試し導入」を許可してくれたんやろ? だったらこれくらい、投資の必要経費や。おかん(主婦同盟)たちも「あの子たちの筋肉になるなら!」って、プロテインの段ボールを狂ったように梱包してくれたんやから、ありがたく受け取りや』

脳内に響く弟の駿の声は、相変わらず楽しげで自信に満ちていた。


床の上に整然と並べられていくのは、日本が誇るトレーニング機材やケア用品の数々だ。

頑強なパワーラック、レッグプレスマシン。立体動態波治療器が数十台。着るクーラー/ヒーター、作業支援用装着型サイボーグ。そして、一般兵士用に清涼飲料水の粉末(バルク袋)や高性能ランニングシューズが、サイズごとに数十足、山のように積まれていく。

さらに、主婦同盟が手際よく調達してくれた『強力わかもと』や各種プロテイン、アミノ酸のボトルが倉庫の棚を埋め尽くしていった。


「よし、これで騎士団の最適化プログラムに必要な機材はすべて揃ったな」

翔は額の汗を拭いながら、棚に並ぶ物資を眺めた。


『それと、アデライード様たちに渡す「最高級コスメセット」も送ったで。梅田の百貨店で、おかんたちが目を皿のようにして選んだ無添加スキンケアとファンデーションや。貴族用の高級な漆塗りと漆黒のクリスタルをあしらった化粧箱に詰め替えさせといたから、見栄っ張りな上流階級の女どもにはたまらん仕上がりになっとるはずや』

「助かるよ、駿。これで『ミヨシ・トレーディング』の第一歩を踏み出せる」


実際、異世界側の商業展開は驚くべき速さで動き出していた。

アデライードとベアトリーチェは、翔から手渡された日本の最高級コスメを試すやいなや、その異次元の滑らかさと上品な香りにすっかり心酔していた。

「これなら、王都や南部の高慢な令嬢たちから、金貨を山のように毟り取れますわ!」と、ベアトリーチェはサクラ色の唇を誇らしげに歪め、アデライードもまた「北部の経済を潤すためよ!」と、商会の宣伝用パンフレットの作成(もちろん、手分けして魔法陣をトレースしたお礼としての共同作業だ)に嬉々として取り組んでいた。


一方、地球側では──。

4家族の「主婦同盟」が集めた、異世界の初級・中級ポーションの検証が続いていた。

水上や橘の母親たちが、駿のタワマンのリビングで、ポーションを用いた『超高速の肌質改善(アンチエイジング効果)』を実感。

「これ、闇の会員制医療・美容サロンを開いたら、一口数千万円でも東京や海外のセレブが喜んで飛びつくわよ!」と、主婦ならではのリアルな富裕層人脈と口コミネットワークを活かした「地球側異世界支援ビジネス」の骨子を凄まじい熱量で組み立て始めていた。魔道具の稼働テストも無事に成功し、地球の物理法則を揺るがす「魔石の超電導応用」への第一歩が、駿が極秘に手配した研究機関で静かに始まろうとしていた。


2.「現実の壁」と、グスタフの手合わせ


翌日の午前中。

翔の「科学的トレーニングプログラム」の初日の朝メニュー──起床後のマルトデキストリンとBCAA補給、神経系を刺激する軽い朝練、そして高タンパク・高炭水化物の朝食を終えた生徒4人は、いつもより身体が内側から漲るような感覚を覚えていた。


「よし、午前中のHIITと基礎トレは終わりだ。……グスタフさん、少し時間をいただけますか?」

中庭での自主訓練の合間、翔は手綱や武具の整理をしていた公爵家の実力派騎士、グスタフに声をかけた。


「おお、翔殿。何なりと」

「彼ら4人──陽斗、真司、ほのか、鏡花の実戦訓練のために、少し手合わせの相手をしていただけないかと思いまして。『天啓の聖石』で能力は跳ね上がりましたが、彼ら自身、まだその力を本当に使いこなせている実感が湧かないようなのです」

グスタフは顎の髭を撫で、フッと好戦的な笑みを浮かべた。

「なるほど。あの『聖石』で目覚めた若者たちのギフトか。よかろう、どれほどのものか、このグスタフが身をもって測ってやろう」


「よろしくお願いします!」

水上陽斗が木剣を構え、意気揚々と一歩前に出た。不破真司、柊鏡花、橘ほのかもまた、天啓の力で得た万能感からか、自信ありげな表情でそれを取り囲む。


「手加減は無用だ。全力で来い、若者たちよ」

グスタフが訓練用の木剣を無造作に、しかし一寸の隙もない自然体で構えた。


「いきます! 『迅雷の刃』!」

陽斗が床を激しく蹴った。

天啓のギフトにより、彼の素早さと筋力は常人の3倍以上に跳ね上がっている。まるで稲妻のような超高速の踏み込み。一瞬でグスタフの懐へと滑り込み、木剣を鋭く振り下ろした。

(──速い! これなら勝てる!)

陽斗は勝利を確信した。


しかし──。

カツン、と乾いた小さな金属音が響いた。

グスタフは慌てる様子もなく、ただ最小限の動作で木剣の角度をほんの数センチ傾けただけだった。陽斗の渾身の一撃は、グスタフの木剣の「腹」を滑るようにして受け流され、空を斬った。


「なっ……!?」

「速さは見事。だが、攻撃が直線的すぎるな」

グスタフは陽斗がバランスを崩した瞬間を逃さず、彼の木剣の手元を、訓練用剣の柄頭で軽くコツンと叩いた。

それだけの衝撃で、陽斗の手から木剣が跳ね飛び、彼はそのまま芝生の上へと派手に転がっていった。


「次は俺だ! 『金剛の肉体』!」

真司が体幹をガチガチに固め、盾を構えるようにして突進する。しかし、グスタフは彼の突進の「重心の偏り」を見抜き、足元へ木剣を軽く差し入れた。

「うわっと!?」

真司の巨体は、グスタフの仕掛けた簡単な足払いに引っかかり、自身の勢いのままに前へ突っ伏して地面にダイブした。


鏡花の『疾風のステップ』を活かした変則的な側面からの連撃も、ほのかの『大魔導』による魔力の威圧も、グスタフは全て「予備動作の段階」で見切っていた。

視線のブレ、肩の僅かな上下、呼吸のタイミング。

グスタフは魔術やスキルなど一切使わず、ただ長年の戦場で培った「技術ソフトウェア」だけで、天啓のステータスモンスターである4人の若者を、僅か数分のうちに、傷一つ負わせることなく地面に転がしてみせた。


「はぁ、はぁ……嘘だろ……。掠りもしないなんて……」

陽斗が芝生の上で大の字になり、悔しそうに天を仰いだ。真司も、鏡花も、ほのかも、自分たちの「最強のステータス」が全く通用しなかった現実に、深くショックを受けて肩を落としていた。


翔は倒れ込む教え子たちを見下ろし、腕を組んで静かに語りかけた。


「──どうだ? 現実が見えたか、お前たち」

その優しい、しかしどこか冷徹な響きを持つ声に、4人はハッとして翔を見上げた。


「天啓の聖石は、確かにお前たちに『最高級のエンジン(ステータス)』を与えてくれた。だが、それを運転する『運転技術(スキル・型)』がなければ、ただ無謀に暴走して自滅するだけだ。グスタフさんのような本物の武人は、お前たちの『エンジンの音』を聴いただけで、次の動きをすべて予測している。基礎のない力は、本物の前には無力だ」


「う……」

陽斗は反論できず、唇を噛み締めた。

「でも……本当に、そんなに技術だけで、ステータスの差を埋められるもんなのかよ……?」


不満そうな陽斗の呟きに、鏡花が翔を指さした。

「……じゃあ、先生。先生も手合わせやってみてよ! 先生だって、能力ステータスは上がってないって言ってたじゃん! 先生とグスタフさんが戦ったら、どうなるの!?」

「そうだ! 先生の手合わせが見たい!」

不破やほのかも身を乗り出した。


翔は困ったように頭を掻き、それからグスタフに視線を送った。

「グスタフさん、よろしいですか? 生徒たちに、少し『身の程』を教えるための特別授業に、付き合っていただけますか」

「ははは、面白い。翔殿の実力、昨日は観戦していただけですからな。私としても、直に剣を交えてみたかったところです。──喜んでお相手いたしましょう」


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