第二十五話:繋がる両界の主婦同盟と、脅される教師
1.魔導のデータ化と、弟への「気遣い」
ブルグンド公爵領の朝は、驚くほど冷え込みが早かった。
昨夜、親たちからの温かい仕送りと手紙を受け取った四人の教え子たちは、すっかり表情を明るくし、旅の疲れを感じさせない様子で城の庭を散策していた。
一方、個室に残った三好翔は、ベッドの上にいくつかの「物品」を並べていた。
領都の市場で昨日、案内役のアイリスに頼んで最低限の金貨で買い揃えた、初級〜中級レベルの『赤の魔石』『青の魔石』、そして傷を癒す初級の『治癒ポーション(回復薬)』、さらには部屋を温めるための小さな簡易魔道具だ。
「よし、駿。今から送るぞ」
翔はそれらの物品を右手に持ち、ゆっくりと『左手』へと持ち替えた。
──すっ。
静かな空間の歪みとともに、ベッドの上の物品が消失する。
『──おお、確かに受け取ったで、兄貴!』
数千光年の距離を超え、大阪のタワーマンションにいる双子の弟、三好駿の快活な声が脳内に響く。
『これが魔石とポーションかぁ……。魔石はなんかつや消しのプラスチックみたいやけど、不思議な温もりがあるな。ポーションは日本の栄養ドリンクみたいな色しとるわ。さっそく、馴染みの分析機関に「新種の超電導素材」か「未知の有機化合物」として極秘で成分解析に出してみるわ』
「頼むよ、駿。……ただな、駿。一つ、お前に話しておきたいことがあるんだ」
翔は少し言いにくそうに頭を掻いた。
『なんや、改まって。冷たい水が欲しいとかか?』
「いや、そうじゃない。……お前は『金は気にするな』と言ってくれたし、投資家として大金を動かしているのは知っている。だが、王都での絶対障壁や神殺しの聖剣、あれだけで数億円規模の課金なんだろ? さすがに、実の弟とはいえ、お前にすべての資金を出させっぱなしにしているのは……教師のプライドとしても、一人の兄としても、少し気が引けるんだ」
脳内の通信の向こうで、駿が一瞬、呆気にとられたように沈黙した。
そして、堪えきれないといった風に豪快に笑い出した。
『アハハハ! 兄貴、何真面目なこと言うとんねん! お前がそっちで死にかけとるのを発見した時、俺の口座に40億以上あったんやぞ? 兄貴を助けるためなら、10億や20億、投資の必要経費みたいなもんや。……まあ、でも、お前がそうやって「お返しがしたい」って言うなら、投資家として「新しいビジネス」の提案に乗っかったるわ』
「ビジネス?」
『そうや。お前がただ奢られっぱなしなのが嫌なら、その「つながる手」を使って、地球と異世界の間で「貿易」を成立させればええ。こっちからは、異世界の人間が喉から手が出るほど欲しがる最新の技術や贅沢品を送る。そっちからは、地球の科学を数百年先へ進めるような、未知の魔石や魔導の知識を送る。これで双方向の莫大な利益やろ?』
「……魔導の知識、か」
翔は顎を撫でた。
「そういえばアイリスが言っていた。魔道具には、特定の『魔法陣』が刻まれていて、それが基盤(回路)の役割を果たしていると。この幾何学模様そのものに、何らかの物理法則を書き換えるコードが含まれている可能性があるな」
『それや、兄貴! その魔法陣の模様、できるだけ鮮明な画像にして送ってくれ。幾何学パターンとして日本のAIと解析ソフトに読み込ませれば、何か新しい超電導回路のヒントになるかもしれん』
「分かった。公爵閣下に頼んで、公開されている初級から中級の魔法陣が載っている魔導書を借りてみるよ。生徒たちも手持ち無沙汰にしているし、みんなで撮影を手分すればすぐに終わるはずだ」
翔はすぐに執務室の文官を通じて、城の図書室に保管されている一般公開レベルの魔導書を十冊、一時的に借り出すことに成功した。
そして、その日の午前中。翔の個室に水上、不破、橘、柊の四人を集め、一斉にスマートフォンのカメラを起動させた。
「よし、みんな。これは俺たちが日本に帰るための『資金調達』、そして日本側の駿を助けるための重要な任務だ。この本の全ページの魔法陣を、影が入らないように綺麗に写真に収めてくれ。ページ番号がずれないようにな」
「任せてください、先生! スマホのカメラ機能なんて、俺たちの得意分野ですから!」
水上が親指を立ててウィンクする。
カシャ、カシャ、カシャ──。
若者たちの素早い指先によって、異世界の秘匿されていた幾何学魔法陣のデータが、次々とデジタルの光へと変換され、翔の左手を通じて大阪のタワーマンションへと転送されていった。
2.大阪の「地球側異世界支援本部」
「……いや、さすがにこれは枚数が多すぎるわ。手が足りん!」
大阪・梅田のタワーマンション。
三好駿は、マルチディスプレイに次々と送られてくる、数千枚に及ぶ「魔法陣の画像データ」を見つめ、頭を抱えていた。
ただの画像ではない。魔法陣の線の太さ、歪み、重ね合わされたルーン文字の意味、それらすべてを幾何学データとして分類し、CADソフトにトレースしていく作業が必要だった。投資の取引をしながら一人で行うには、物理的に限界があった。
「どうしたもんかな……。あ、そういえば、あの人らがいたな」
駿は昨日、柊家で結成された「親の会」の連絡先を思い出した。
彼らは我が子の生存を知り、何かできることはないかと、狂おしいほどの情熱を燃やしている。
駿がそれぞれの家庭の連絡用グループに「画像整理や簡単なPC入力の手伝いをしてくれる人はいませんか」とメッセージを送ると──わずか十秒後には、四つの家庭から一斉に「今すぐ行きます!」と返信が届いた。
それから二時間後。
駿のタワマンの広いリビングには、水上、柊、橘、不破の四家族の『奥さんたち(母親たち)』が、主婦特有のエプロン姿や動きやすい服装で勢揃いしていた。
「駿くん! 私たち、子供たちのことなら何でもするわよ! Excelの入力くらい、昔事務職やってたからお茶の子さいさいよ!」
橘ほのかの母親が、腕まくりをして鼻息を荒くする。
「私も、夫の警察の書類仕事を手伝うことがあるから、パターンの仕分けなら任せて」
水上陽斗の母親も、ノートパソコンを前にしてやる気満々だ。
高校生の子供たちは、すでに手がかからない年齢。パートの手を休めてでも、我が子を救うため、そして担任の翔先生を支えるために集まった主婦たちの集中力と団結力は、プロのエンジニアすら恐れおののくレベルだった。
「これ、魔法陣の図面をトレースしていく作業ですね? 線の太さごとにフォルダを分ければいいのね?」
「そうそう、柊さん。そっちの本のデータ、綺麗にナンバリングして共有フォルダに入れといたから!」
「……すごいな、主婦パワー」
駿は、テキパキと役割分担を決め、驚異的なスピードで画像データのトレースと分類を終わらせていく母親たちの背中を見つめ、ただただ圧倒されていた。
こうして、地球側には完璧な「異世界物資調達&データ解析本部(主婦同盟)」が爆誕したのだった。




