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第二十二話:異世界の最新魔道具事情と、案内役のメイドに贈る甘いタルトのご褒美

1.穏やかな朝食と、領都の「案内役」


ブルグンド公爵城で迎えた初めての朝は、驚くほど静かだった。

王都のあのトゲトゲとした空気や、旅の道中、常にどこからか漂っていたモンスターの殺気。それらが一切ないフカフカのベッドから身を起こした三好翔は、軽く伸びをしてから、昨日までとは見違えるほどすっきりとした身体の軽さを実感していた。


(……よく眠れたな。生徒たちも、少しは疲れが取れていればいいが)


着替えを済ませた翔は、案内された広々とした食堂へと向かった。

しかし、昨晩の賑やかな宴とは一転して、朝の食堂にはあまり人影がなかった。


「あ、翔様。おはようございます」


席で静かにお茶を飲んでいたのは、公爵家の次女であるアデライードではなく、優雅な佇まいの公爵夫人と、その隣に座る大人びた雰囲気の麗人──公爵家の長女、セシリー・アデライードだった。


「おはようございます、奥方様、セシリー様。昨晩は素晴らしいおもてなしをいただき、本当にありがとうございました。よく眠れました」


「あら、翔様。お口に合いましたようで何よりですわ。北部のお肉は少し硬いでしょうけれど、滋味がありますのよ」


公爵夫人が品よく微笑む。セシリーもまた、妹のアデライードに少し似た勝ち気な瞳を細め、翔に対して丁寧にお辞儀をした。


席に座り、運ばれてきた温かいスープと焼き立てのパンを口にしていると、食堂の重厚な扉が開き、ドスドスと大きな足音が響いた。

現れたのは、ブルグンド公爵その人と、その後ろに控えるがっしりとした体躯の青年──公爵家の嫡男であり、次期公爵としての呼び声も高いキースであった。キースは父親譲りの鋭い眼光を湛えつつも、翔に対して軽く会釈をした。


「おお、翔殿! 朝からよく食うな、素晴らしいことだ!」


公爵はガハハと豪快に笑いながら席につき、すぐに大皿の肉をフォークで突き刺した。


「閣下、おはようございます。……実は、朝食が済みましたら、今後のことについて少しお時間をいただいて、お話をさせていただきたいと考えているのですが、よろしいでしょうか?」


翔が真剣な眼差しを向けると、公爵は咀嚼していた肉を飲み込み、少し目を細めた。


「今後の話、か。……よかろう。だが、午前中は領内の騎士団の査察や文官どもとの会議が入っておってな。今日の夕食の後に、私の執務室でゆっくり時間を取ろう。それで構わんか?」


「ええ、問題ありません。ありがとうございます」


「それまでの間、お主はどうするのだ? 旅の疲れもあるだろうが」


「もしよろしければ、このブルグンドの領都を少し見て回りたいと考えております。この世界の街や、人々の暮らしについて、勉強させていただきたく思いまして」


翔の申し出に、公爵は顎を撫でながら、傍らに控えていたアデライードの侍女であるアイリスを指さした。


「なるほど、市場調査というやつか。ならば、アデライードの侍女であるアイリスを案内役として連れて行くがいい。この街の隅々まで知り尽くしておるからな」


「畏まりました、旦那様。翔様、本日は私が喜んでご案内いたします」


アイリスが丁寧に一礼した。


「……そういえば、翔殿。お主の教え子たちの姿が見えんが、まだ寝ているのか?」


公爵の問いに、翔は苦笑いを浮かべた。


「ええ。昨晩、それぞれの部屋に荷物を配りに行ったのですが……王都を出てから昨日まで、彼らは常に命の危険に晒され、緊張の糸が張り詰めていましたから。ここが安全な場所だと理解して、一気に身体の力が抜けてしまったのでしょう。今日は一日、部屋でゆっくり休ませるつもりです」


「ふむ、無理もないな。若い身空であの過酷な旅路だ。今日は城の中で泥のように眠るがいい」


公爵は理解を示し、キースとともに忙しそうに朝食を平らげると、すぐに執務へと戻っていった。


朝食を終えた翔は、身支度を整え、街へ出る準備を完了させた。

出かける前に、様子を見るために生徒たちの四つの個室を順にノックして回る。


「陽斗、真司。ちょっと街に出てくるから──」


ガチャ、とドアを開けた瞬間、翔は思わず苦笑した。

二人の部屋のテーブルの上には、昨日駿から送られてきたばかりの『日本製のメロンパン』の袋や、見慣れたペットボトルのジュースが転がっていたのだ。二人は日本の懐かしい味を堪能した直後だったらしく、口の周りにパン粉をつけたまま、翔と目が合うと「あっ……」と気まずそうに視線を逸らした。


「先生……あの、これ、めちゃくちゃ美味しくて……」


「わかった、わかった。怒ってないから。今日はゆっくり身体を休めておけよ。ほのかと鏡花にもよろしく伝えてくれ」


「はーい、お気をつけて!」


バツの悪そうな教え子たちの顔を見送りながら、翔はアイリスの待つ玄関口へと向かった。


アデライードやベアトリーチェたちも、今日は旅の疲れを癒すために一日ゆっくり過ごすとアイリスから事前に聞いていた。

こうして、翔とアイリスの二人による、ブルグンド領都の「市場調査」が始まった。



2.市場調査と、異世界の魔道具


城門を一歩踏み出すと、そこには活気に満ちた、しかしどこか規律正しい美しい街並みが広がっていた。

北部特有の、少しひんやりとした涼しい風が吹き抜ける。翔はポケットの中で、国王アルトリウスからむしり取ったずっしりと重い金貨袋の感触を確かめた。


「アイリスさん、本日はよろしくお願いします。まずは、領民たちが日常的に利用している市場へ行きたいのですが」


「はい、翔様。こちらです。午前中の市場は、周辺の村々から新鮮な食材が集まって大変な賑わいになりますよ」


案内された市場は、威勢の良い商人たちの声と、スパイスや乾燥肉の匂いで満ち溢れていた。

英語教師としての性なのか、あるいは生来の好奇心からか、翔は並んでいる品物を熱心に見つめた。

大麦、小麦、見たこともない奇妙な形状の芋類、干し肉、岩塩、そして様々な調味料。

翔はスッとポケットから「スマートフォン」を取り出し、それらの品物の名前や推定される価格を、メモアプリへと素早くフリック入力していった。


「あの……翔様?」


横で歩いていたアイリスが、不思議そうに翔の手元を覗き込んできた。


「その、ピカピカと光る板は……魔法の道具なのですか?」


「ああ、これは……召喚された時に、私が偶然持っていた道具(私物)だよ」


翔は嘘を言わずに微笑み、カメラアプリを起動した。


「試しに、アイリスさん。そこへ立って、少し笑ってみてくれませんか?」


「え? あ、はい、こうですか?」


アイリスが緊張した面持ちで、少しぎこちない笑みを浮かべる。

パシャリ、と小気味よいシャッター音が響いた。


「うわっ!? なんの魔法ですか、今!」


驚くアイリスに、翔は画面を見せた。そこには、市場の背景と共に、今しがた撮影された彼女の姿が、寸分違わぬ色彩で鮮明に映し出されていた。


「な、中にお私が吸い込まれている!? 鏡のようですが、動きませんわ!」


「これは『写真』と言って、その一瞬の風景を正確に切り取って記録する道具なんだ。他にも、文字を書いたり、計算をしたり、様々な用途に使えるんだよ」


「素晴らしい……! まるで古代の失われた大魔導具のようですわ。この世界には、そのような便利な魔道具は存在いたしません」


「魔道具……?」


翔はその言葉を拾い上げた。


「魔道具というのは、どのような仕組みで動いているのですか?」


「ええと……一般的な魔道具は、道具本体に特殊な『魔法陣』を彫り込み、指定されたスロットにエネルギー源となる『魔石』を設置することで起動するものの総称です。温風を出すものや、水を浄化するものなど、生活を豊かにするための様々な魔道具が普及していますわ」


「なるほど。魔法陣が基盤(回路)で、魔石が電池のような役割を果たしているわけか……」


翔は非常に納得がいった。異世界の技術体系を理解することは、今後の「課金戦略」や、日本からの物資の持ち込みの言い訳を作る上でも、極めて重要だった。


しばらく歩き回ると、市場の喧騒から少し外れた路地に、甘く香ばしい、バターと果実の香りが漂ってくる一角を見つけた。


「……いい匂いですね」


「あ、そこは領都でも指折りの菓子店ですわ! 領民たちも、お祝い事や特別な日にしか買いに来られない、とても高価で素晴らしいお店なんです」


アイリスが少し目を輝かせて説明する。

翔はふっと笑い、「アイリスさん、案内のお礼です。少し休憩していきましょう」と、彼女の背中を優しく押して店へと入った。


店内はこぢんまりとしつつも、上品な木製のテーブルと椅子が並んでいた。

翔はメニューを眺め、桃に似た芳醇な香りを放つ果物のタルトと、サクサクとしたビスケット、そして温かいハーブティーを注文した。


「あの、翔様……私は使用人ですので、ご一緒の席に座るなど……」


遠慮して直立不動になるアイリスに対し、翔は穏やかな、しかし拒絶を許さない教師の微笑みを向けた。


「いいんですよ、アイリスさん。今日はプライベートの街散策です。私に美味しいお菓子や、この街のことを教えてくれた先生に対する『お礼』ですから。座って、一緒に食べてください」


その言葉に、アイリスは頬を少し赤らめながら、恐縮しつつも嬉しそうに席についた。


運ばれてきたタルトを一口食べたアイリスは、その上品な甘さに「まぁ……!」と両手を頬に当ててうっとりとした表情を浮かべた。


「美味しいですね。この街は、とても豊かだ」


翔がビスケットをかじりながら言うと、アイリスは誇らしげに頷いた。


「はい。ブルグンド公爵閣下は、本当に領民のことを第一に考えてくださる素晴らしいお方なのです。だから、この厳しい冬を控えた北国でも、皆が笑顔で暮らせるのですわ」


日が次第に傾き始め、街が美しいオレンジ色に染まる頃、翔たちは満足のいく市場調査を終え、公爵城へと戻った。

部屋に戻った翔は、国王から提供された上質な濡れタオルで首筋の汗を拭い、フゥと息を吐き出した。


(さて、そろそろ夕食の時間か。さすがに今夜は、一日中引きこもっていたあの四人を連れて行かないとな)


スマホのカメラ機能に驚くアイリスさんが可愛かった回でした。

次の話(第23話)は、明日朝7:40に更新です!

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