第二十一話:深夜の涙とカップヌードルの香り。遠き地球から届いた親たちの『愛の結晶』
4.絶対障壁と、公爵の真意
公爵が木剣を構えると同時に、その全身から凄まじい「魔力」の波動が立ち上った。
それは肉体を強化する『能力向上系魔法』。公爵の筋肉がさらに一回り膨張し、周囲の空気がビリビリと震える。
「いくぞ、若者よ! ハァッ!!」
公爵が大きく息を吸い込むと、その口から、あるいは左手から、巨大な「炎の魔法」が放たれた。
轟音を立てて押し寄せる紅蓮の炎。それと同時に、公爵は一足飛びで距離を詰め、炎の幕の向こうから、木剣を『槍』に見立てた、半ば本気の必殺の突きを繰り出してきた。
炎による視界不良と熱波、そして本気の物理突撃。並の騎士であれば、肉体ごと蒸発するか、貫かれて終わる一撃だった。
(避けて引き延ばすのは危ないな……)
翔は一歩も動かなかった。大剣を構えることすらしなかった。視界に駆け寄る姿が見えたのだ。
ただ、心の中で一つのスキルを起動させた。
『絶対障壁』──駿が莫大な金を投じて購入し、翔に付与した、あらゆる攻撃を完全に無効化する神の盾。
ドォン!!!
凄まじい爆発音とともに、中庭が赤黒い炎と土煙に包まれた。
「翔様!!」
アデライードが悲鳴のような叫び声を上げ、生徒たちも息を呑む。
しかし、土煙が晴れた瞬間、そこにいた全員が我が目を疑った。
「──な、に……?」
公爵の突き出した木剣は、翔の胸元から数十センチ離れた空中で、まるで『見えない壁』に阻まれたように完全に停止していた。周囲の炎は、翔の身体に触れることすらできず、ガラスに当たった水滴のように綺麗に霧散している。
翔の衣服には、焦げ跡一つ、埃一つついていなかった。
自分が放った必殺の炎と、半ば本気の突きが、触れることすらできずに無効化された──。
その圧倒的な現実を前に、百戦錬磨のブルグンド公爵の動きが、驚愕によってピタリと止まった。
「お父様、いい加減にして!!」
その時、父親の手合わせを止められなかったアデライードが、二人の間に割って入ろうと死に物狂いで近づいてきていたのだ。
「アデライード、危ない! 下がっていなさい!」
公爵がハッと我に返り、近づいてくる愛娘の存在に気がついた。公爵は木剣を引き、大きく飛び下がって構えを解いた。
「ふぅ……。すまぬ、アデライード。少々熱くなりすぎたな。……そして、翔殿。手合わせ感謝する。お主のその力、まさに本物。いや、本物どころか、私の想像を遥かに超えているな」
公爵は深く息を吐き出し、翔に向かって丁寧に一礼した。
「閣下、なぜこのような真似をされたのですか? 到着早々、手合わせを求めるなど、少し度が過ぎているかと思いますが……」
翔が少しトーンを落として尋ねると、公爵はバツが悪そうに頭を掻き、そして真剣な表情になって語り始めた。
「……正体を疑っていたのだ、翔殿」
「私の、正体をですか?」
「うむ。代表候補のカイルたちは、我がブルグンド公爵領、そしてカノーヴァ伯爵領の北部出身の者たちだ。私は元々、彼らの活躍を非常に期待していたのだ。気が合わない部分もあったが、北方の誇りだからな」
公爵は一呼吸置き、懐から一通の手紙を取り出した。
「だが先日、私の伯父にあたる国王陛下から、一通の手紙が届いたのだ。そこには……『王都で三好翔という者が代表候補との決闘に勝ったが、その実力は非常に怪しく、何か不正な魔法道具を使った疑いがある。代表候補の士気を下げるための工作員の可能性もあるため、注意せよ』とな」
翔は目を見張った。
「国王陛下が、そのようなことを……」
「そうだ。だが、お主と今手合わせをして、ハッキリと分かった。お主の実力には、いささかの嘘も、まやかしもない。あの『絶対的な障壁』、そして騎士団長をあしらった剣技……。これほどの本物が、工作員などであるはずがない」
公爵はフッと自嘲気味に笑った。
「これは、伯父上(国王)による『分断工作』だ。北方の軍事力を束ねる私と、カノーヴァ、そして実力あるお主たちを仲違えさせ、王権の優位を保とうとする、いつもの小賢しい政略よ。危うくその罠に嵌まるところだった。翔殿、実力を疑うような真似をして、本当にすまなかった!」
公爵の誠実な謝罪と説明に、翔は胸を撫で下ろした。
やはり、あの国王は一筋縄ではいかない。代表候補たちを陰で操り、自分たちの影響力を削ごうと裏で手を回していたのだ。しかし、公爵が思慮深く、そして実力を何より重んじる武人であったため、その陰謀は未然に防がれた。
「誤解が解けて何よりです、公爵閣下。アデライード様を無事にお送りできたこと、それだけで私は満足です」
「ははは! 実に謙虚な男だ! 気に入ったぞ、三好翔! まだ夏だというのに、我が北国は少々涼しいが……今夜は、我が公爵家が誇る精一杯の温かいもてなしをさせてもらおう! 腹いっぱい食って、旅の疲れを癒すがいい!」
公爵の豪快な号令とともに、城内は大歓迎の宴の準備へと動き出した。
5.安息の夜と、遠き地からの「温もり」
その夜、ブルグンド公爵邸の食堂には、山盛りのローストビーフや、新鮮な川魚の塩焼き、北国特有の濃厚なチーズを使った料理がこれでもかと並べられた。
カノーヴァ伯爵に渡したウイスキーやガラスペンの噂を聞きつけていた公爵は、翔からお土産として渡された「もう一本のウイスキー」を受け取ると、大喜びでそれを煽り、「美味い! これぞ大人の酒だ!」と上機嫌で宴を盛り上げた。
食事の後、翔と生徒たち四人には、それぞれ広々とした、贅沢な個室が与えられた。
王都を出て以来、常にモンスターの襲撃に怯え、狭い馬車や粗末な宿屋で息を潜めていた彼らにとって、これほど安全で、フカフカのベッドがある部屋は、まさに天国のような場所だった。
翔は自分の部屋のベッドに座り、駿に呼びかける。
『駿。水上家の食事会は終わったか?』
『終わったで、今帰り着いたところや。兄貴はブルグンドに着いたんか? 無事やったら、親御さんらから預かった荷物、今から一気に送るで。部屋は一人部屋か?』
『ああ、駿。今、全員に個室が与えられた。今なら同行者に見られる心配はない。送ってくれ』
『よっしゃ、いくで! 投資家三好駿の、超速デリバリーや!』
その瞬間、翔の左手に、淡い光とともに次々と手持ちができる紙袋が出現した。
中には、各家庭の親たちが我が子を想って詰め込んだ、大量の私服、懐かしいスナック菓子、カップ麺、日本の文房具、そして──温かい手書きの手紙。
翔はそれらの荷物を抱え、こっそりと生徒たちの部屋を回った。
「鏡花。起きてるか?」
「あ、先生! はい、起きてます!」中に通されるとほのかも一緒だった。
部屋に入り、それぞれの親から預かった紙袋を手渡すと、二人の女子生徒は息を呑んだ。
「これ……お母さんたちの荷物……!?」
鏡花が箱を開けると、そこには彼女が日本で一番好きだったチョコレート菓子や、愛用していたパーカー、そして母親からの手紙が入っていた。
『鏡花へ。無事でいると聞いて、お母さんは毎日泣いています。先生の言うことをよく聞いて、絶対に生きて帰ってきなさい。みんなで待っています』
「お母さん……っ」
鏡花は手紙を胸に抱きしめ、ぽろぽろと涙を流した。
「ほのかの分も今持ってくる。ここでいいか?そこそこ量があるが」
「自分の部屋でお願いします。持っていくの手伝います。鏡花、おやすみなさい」
「おやすみ」泣きながら返事をする鏡花が送り出してくれた。
「鏡花。明日はゆっくり起きてこいよ、おやすみ」
鏡花の部屋を後にして二人で俺の部屋に荷物を取りに行く。
「先生、本当にありがとう」
「急にどうした」
「ほっとしたのもあって、いろいろ考えて、言いたくなっただけです」
「そうか。これからは日本に帰れるように頑張らなきゃな」
荷物を持ちほのかの部屋に運ぶ。目の前で一袋ずつ確認していった。
ほのかもまた、父親からの不器用な励ましの手紙と、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめて、声を殺して泣いた。
「みんなで日本に帰ろうな」そう言い残して部屋を出る。
男子たちの部屋でも、同じような光景が広がっていた。
陽斗は父親が送ってくれた、日本の高機能なスポーツインナーやプロテイン、そして「男なら、先生と女子たちを命懸けで守れ」と書かれた手紙を読み、静かに闘志を燃やしていた。
不破は大好きだったゲーム雑誌や、大量のカップ麺を見つけて「うおお……カップヌードルの匂いだ……懐かしすぎる……」と涙ぐんでいた。
「二人とも、本当によく頑張ったな。気の抜けない旅路は、ここで一度終わりだ。明日からは、この安全なブルグンド公爵領で、じっくりと次の準備を進めよう」
翔の温かい言葉に、二人は涙を拭い、力強く頷いた。
窓の外には、北国の静かで美しい星空が広がっていた。
地球の親たちの愛情と、駿の無尽蔵の経済支援、そして翔の圧倒的な強さに守られながら、少年少女たちは、異世界に来て初めて、心の底から深く、安らかな眠りへと落ちていくのだった。
異世界で食べるカップヌードル、絶対に美味しいやつです。
次の話(第22話)は、今夜20:40に更新。領都の市場調査へ向かいます!




